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本編
リアルブラザー
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昨日は生産クエストを無事に終えて、その過程でレベル16まで上がった。
そして今日の俺は、なんだかソワソワと朝から落ち着かない……。大学へは来たものの、講義の内容も左耳から右へと抜けていく。
もちろん、兄貴が現実で顔を見せると言ったからだ。なんつっても久々のナマ兄貴。一ヶ月以上顔を見ていないんだ。見る影もないくらい肥えてたりやつれてたりしたらどうしよう。どんなになってても、絶対見捨てたりしないけどな。それが家族ってもんだ!
だが、猫耳つけてサチの衣裳着て出てきたりしたら…………今後の付き合いは、少し考えさせてもらうかもしれない。
はー。しかし、朝に顔を見せてくれれば、こんなにやきもきしなくて済んだろうに。
まあ、朝は両親ともバタバタしてるし、俺も出掛けだし、慌ただしいから出てきにくいか。そういうトコ、結構気にしぃだしな、兄貴。今となってはもっと別のところに気を遣えと突っ込みたいことこの上ないが。
今日は無事、快晴。雨に降られることもなく、ソワソワとした気分のまま家路を急ぐ。
その途中、後ろからいきなり声をかけられた。
「おにーさんっ! そんなにいっそいで、どっこ行くの?」
「おにーさんて。お前のが歳上だろ」
そこまで派手じゃないがギャルっぽい服装。オタクのくせに上手く擬態していると思う。最近はあまり遊ぶこともなくなった、幼なじみのミキだ。
タイミングが悪いというか、いいというか。
「それよりさー、最近、幸クン見ないじゃない? 何かあったの?」
少し目を逸らし、肩までの髪を細い指先で弄びつつ、そんな思わせぶりな台詞を吐く。
薄桃色にコーティングされた爪の先が、やたらなまめかしく映った。
……なんか、少し変わったか? もしかして、彼氏ができた、とか。
だとしたら、本当に兄貴の引きこもりに関係しているかも。
「兄貴は仕事が忙しいだけだと思うが……。なんか、気になることでもあるのか?」
「ウン。なんか、会社のヒトと少し話があわない、みたいなこと言ってたからさー」
俺、そんな話、聞いてない。両親もそうだろう。家族には話しにくいだけかもしれないが、頭をガツンと殴られたようなショックがあった。
「だから少し、心配してたんだ。元気ないみたいだったし。あのタイプは思いつめるとヤバイでしょ、ゼッタイ!」
兄貴、どんだけ周りに心配かけてんだよ……。
「まあ、そのあたりは大丈夫だ」
俺がなんとか、してやるつもりだから。
「それより、お前、少し変わったな。彼氏でもできたか?」
「そうなの! 聞いて! ラバプラ! これ、アタシの彼氏! いつも一緒!」
ミキはそう言ってスマホを突き付けてきた。2次元のイケメンがニッコリ笑っている。
歪みねぇ……。可愛いのに、どうしてこんななんだ、コイツは。
「いや、現実で」
「なんか言った? 現実の男にはこれっぽっちも興味なんてありませんケド?」
どうやら、まだまだ乙女ゲームとやらに夢中らしい。
腐女子というワードは彼女にとって禁句だ。女オタクがみんな腐ってると思ったら大間違いだと、そのあたりの違いについてチビッてもおかしくない迫力で説教されたことがある。オタクを公言してると、どのカップリングが好きだとかホモが好きなのかとか、そりゃ散々言われるらしい。普段はニッコリ説明する彼女も、幼なじみである俺には容赦なく日頃の鬱憤をぶつけてくる。
「じゃ、もし俺の兄貴がお前に告白したら、どうする?」
「幸クンが? ないない、ありえない! アタシみたいなオタク、あっちが相手にしないっしょ。それにアタシにとって生身の人間はさ、本当、動物とでも恋愛するようなもんなのよ。愛せないの。ダメなの。ダーリンしか」
いや、だから、そんなにスマホをグイグイ押し付けてこられても。彼氏って言うなら、キスできる距離まで近づけてくんなよ。お前のダーリンの唇奪っちまうぞ。
「あー……。んで、兄貴はお前に、その。相談とか……したのか? 人間関係絡みで」
「んーん。世間話程度よ」
「そっか、サンキュ」
ミキは何かしら考え込んで、それから俺の背中をバンバンと叩いた。
「幸クン完璧すぎてさ、付き合いづらいと思うけど、兄弟なんだから仲良くしなよね!」
「い、言われなくても仲良くしてるぞ」
「そーぉ?」
「そうだよ」
ゲームの中でなら、だけどな。
そして今から……現実でも仲良くする予定だ。そう、こんなところで時間を潰してる場合じゃない。
……情報はもらえたからよしとするか。
「しかしね、お前、浮気しすぎだろ。前の彼氏はどうしたんだよ。もう忘れたのか?」
「ふっ……。馬鹿ね。言うでしょ、女の恋は上書き保存って……」
それは相手が画面の中にいても適用されるもんなのか? いや、むしろだからこそなのか……言い得て妙。上書きどころかフォルダごと抹消されそうだな。
女の恐さを噛み締めつつ、俺はミキと別れた。
少し話し込んでいたとはいえ、1時間も経ってない。それでもここ数日からしたら、遅めの帰宅だ。
俺が帰ってくるのを待つ間、兄貴もソワソワしていたんだろうか。そう思うと胸が騒いだ。
両親が帰ってくるまでにはまだ少しあるし、部屋から出てきやすいんじゃないかと思う。
ああ……なんだか無駄に緊張する。
空気の変化がわかりそうなほど全神経を集中しながら家へ上がる。一階のダイニングからちらりと二階を見て、それからわざとらしく冷蔵庫を開けてミネラルウォーターを出した。もちろん、そのまま待機だ。
LINE見たり、ミニゲームのアプリ起動させたりして、暇を潰す。
間がもたないからなるべく早く来てくれよー……。何時間もここで粘ってるのもおかしいし、俺だって退屈だ。
一応、ファミチキとか買ってきたからそれも食べる。
三口目にさしかかったあたりで、ドアの開く音が上から聞こえてきた。
……きたっ。兄貴だ。階段を降りる足音でわかるのは、やっぱ家族だなー。ここ最近、それも忘れるかと思うくらい、聞いてなかったけど。
足音が、少しずつ近づいてくる。そして……ダイニングのドアの前で、止まった。
向こうも、俺が足音でわかってるって気づいてるはずだ。
入るのを躊躇ってるだろうし、こっちから声をかけてやろう。
んん……。喉をしめらせて、と。あー、なんか変な声出そう。掠れそう。裏返ったりするなよ。カッコ悪いから。
「兄貴……?」
思ったより、普通の声が出た。しかも自然で、不思議そうな声。主演男優賞とれんじゃねって演技力だぜ。
「和彰。その、昨日の電話……。出られなくてごめんな。少し、手が離せなくて」
ボス待ちでですか!
「いや。でも、その後も折り返してくれなかったじゃん。メールもくれんかったし」
あえて普通に切り返す。ここ一ヶ月引きこもってることに関しては触れない。
「時間があいてしまったから、妙に気まずくなって……」
「キョーダイでそんな、気まずい、とかさ。なあ、ポテチ買ってきたんだけど、ちょっと食わない? あ、夕飯は?」
つか、ドア越しに話すつもりかよ。ちゃんと顔見せろよ。その整ったツラを。
まさか本当に、ブクブク太ったり、やつれたりしてんじゃないだろうな。
「両方、いらない。じゃあ部屋に戻るな。早く戻らないと」
おい、またボスかよ!
俺が知っていることは内緒だから、文句も言えない。
じれったさから頭に血がのぼった俺は、前に立ちはだかる壁をどけた。それはきっと、物理的な物より厚さがあったと思う。
開けられた扉の前、兄貴は目を見開いて俺を見ていた。
「顔見るの、なんか久しぶり」
ヒゲ、生えてないな。剃ってるのか? 引きこもりとは思えない清潔感だ。家族がいない時間を狙って風呂には入ってるのか……。
「そうだな」
もっと慌てるかと思ったのに、兄貴は観念したようにそう言って溜息をついた。
「心配とか、迷惑、とか……。かけていると思う。わかってる。でも、あと少しだけ」
やっぱり少し、やつれたかもしれない。痩せた。顔色もよくない。
「ちゃんと寝てるか?」
「……ああ」
嘘つけ。
「食べてる?」
「そこそこには」
これは本当かな。
まあ、兄貴が何をやってるかはわかってるし、そこまで心配するほどでもなさそうか。こうして顔をあわせてくれただけで、一歩前進だ。実質、無理矢理あわさせたけどな……。
兄貴と遊ぶなんて久しぶりだし、もう少しネトゲで関係を繋いでいくのも悪くはないかもしれない。何かあればゲーム内で相談にも乗ってやれるし。
節度をわきまえるならネットゲームなんて趣味の範囲だ。
おかしな話、完璧な兄貴がネトゲにはまってるってことで、前より親近感を覚えていたりする。
そう……ハッキリ言えば、俺ももう少し遊びたい。ネカマやってる兄貴と。
ここ最近、腹筋が筋肉痛になる勢いで笑えてたしな。
「兄貴なら大丈夫だって、家族みんな思ってるから。今は好きなこと、やってろよ。元気そうで安心した」
「和彰……」
その申し訳なさそうな顔が、ゲーム内のサチとかぶって……俺は気づけば泣いている女の子を慰めるように、兄貴の頭を撫でていた。
びっくりした顔で俺を見る兄貴に、我に返る。
うわぁあぁあ! 何やってんだ、俺ッ! 年上っつか、兄貴相手に!
「わ、悪い、ついっ!」
「いや……。何か……今更だが」
兄貴が言いにくそうに、自分の唇に指を添えて口ごもる。
な、なんだ。なんか今は何を言われてもテンパりそうだ。
「大きくなったな、和彰」
マジで今更だよ!!
「あー……。兄貴と同じくらいかもな。身長」
「そうか? 和彰のが少し高くないか?」
多分それ、今アンタが少し猫背になってるからだぜ。あんなに綺麗な姿勢だったのに。
「それじゃあ、もう部屋に……戻るな」
「ん……」
そわそわと部屋のほうを気にする兄貴がなんだか可哀相になってきたので、解放してやることにした。素直に頷いた俺に、兄貴は安堵混じりの溜息をついて背を向ける。
あーあ。行っちまう。俺は寂しいってのに兄貴の背中は嬉しそう。そんなにあの世界が気になんのかよ。
アンタが気にしなきゃならないのは、ゲームじゃなくて現実だろう? そこは、アンタの居場所じゃない。戻ってこいよ、早く。
いなくなって初めてその大切さがわかるなんていうけどさ、こうなってみて、すげー実感してるよ、それ。なんでもっと、ちゃんと話してなかったんだろう。遊んでなかったんだろうって。
……まあ、兄貴は電脳世界になら常駐していて、いつでも話せて遊べるワケだが。
「はぁ……」
戻ってチキンの残りと開けてないポテチ、たいらげるか。
そんなにあの世界が気になるのかよと心の中で毒づいたすぐ後でなんだが、今度は俺がログインしたくてたまらんくなってきた……。気になる部分は厳密には違うとはいえ、これも一種の依存だろーか。はあ。
そして今日の俺は、なんだかソワソワと朝から落ち着かない……。大学へは来たものの、講義の内容も左耳から右へと抜けていく。
もちろん、兄貴が現実で顔を見せると言ったからだ。なんつっても久々のナマ兄貴。一ヶ月以上顔を見ていないんだ。見る影もないくらい肥えてたりやつれてたりしたらどうしよう。どんなになってても、絶対見捨てたりしないけどな。それが家族ってもんだ!
だが、猫耳つけてサチの衣裳着て出てきたりしたら…………今後の付き合いは、少し考えさせてもらうかもしれない。
はー。しかし、朝に顔を見せてくれれば、こんなにやきもきしなくて済んだろうに。
まあ、朝は両親ともバタバタしてるし、俺も出掛けだし、慌ただしいから出てきにくいか。そういうトコ、結構気にしぃだしな、兄貴。今となってはもっと別のところに気を遣えと突っ込みたいことこの上ないが。
今日は無事、快晴。雨に降られることもなく、ソワソワとした気分のまま家路を急ぐ。
その途中、後ろからいきなり声をかけられた。
「おにーさんっ! そんなにいっそいで、どっこ行くの?」
「おにーさんて。お前のが歳上だろ」
そこまで派手じゃないがギャルっぽい服装。オタクのくせに上手く擬態していると思う。最近はあまり遊ぶこともなくなった、幼なじみのミキだ。
タイミングが悪いというか、いいというか。
「それよりさー、最近、幸クン見ないじゃない? 何かあったの?」
少し目を逸らし、肩までの髪を細い指先で弄びつつ、そんな思わせぶりな台詞を吐く。
薄桃色にコーティングされた爪の先が、やたらなまめかしく映った。
……なんか、少し変わったか? もしかして、彼氏ができた、とか。
だとしたら、本当に兄貴の引きこもりに関係しているかも。
「兄貴は仕事が忙しいだけだと思うが……。なんか、気になることでもあるのか?」
「ウン。なんか、会社のヒトと少し話があわない、みたいなこと言ってたからさー」
俺、そんな話、聞いてない。両親もそうだろう。家族には話しにくいだけかもしれないが、頭をガツンと殴られたようなショックがあった。
「だから少し、心配してたんだ。元気ないみたいだったし。あのタイプは思いつめるとヤバイでしょ、ゼッタイ!」
兄貴、どんだけ周りに心配かけてんだよ……。
「まあ、そのあたりは大丈夫だ」
俺がなんとか、してやるつもりだから。
「それより、お前、少し変わったな。彼氏でもできたか?」
「そうなの! 聞いて! ラバプラ! これ、アタシの彼氏! いつも一緒!」
ミキはそう言ってスマホを突き付けてきた。2次元のイケメンがニッコリ笑っている。
歪みねぇ……。可愛いのに、どうしてこんななんだ、コイツは。
「いや、現実で」
「なんか言った? 現実の男にはこれっぽっちも興味なんてありませんケド?」
どうやら、まだまだ乙女ゲームとやらに夢中らしい。
腐女子というワードは彼女にとって禁句だ。女オタクがみんな腐ってると思ったら大間違いだと、そのあたりの違いについてチビッてもおかしくない迫力で説教されたことがある。オタクを公言してると、どのカップリングが好きだとかホモが好きなのかとか、そりゃ散々言われるらしい。普段はニッコリ説明する彼女も、幼なじみである俺には容赦なく日頃の鬱憤をぶつけてくる。
「じゃ、もし俺の兄貴がお前に告白したら、どうする?」
「幸クンが? ないない、ありえない! アタシみたいなオタク、あっちが相手にしないっしょ。それにアタシにとって生身の人間はさ、本当、動物とでも恋愛するようなもんなのよ。愛せないの。ダメなの。ダーリンしか」
いや、だから、そんなにスマホをグイグイ押し付けてこられても。彼氏って言うなら、キスできる距離まで近づけてくんなよ。お前のダーリンの唇奪っちまうぞ。
「あー……。んで、兄貴はお前に、その。相談とか……したのか? 人間関係絡みで」
「んーん。世間話程度よ」
「そっか、サンキュ」
ミキは何かしら考え込んで、それから俺の背中をバンバンと叩いた。
「幸クン完璧すぎてさ、付き合いづらいと思うけど、兄弟なんだから仲良くしなよね!」
「い、言われなくても仲良くしてるぞ」
「そーぉ?」
「そうだよ」
ゲームの中でなら、だけどな。
そして今から……現実でも仲良くする予定だ。そう、こんなところで時間を潰してる場合じゃない。
……情報はもらえたからよしとするか。
「しかしね、お前、浮気しすぎだろ。前の彼氏はどうしたんだよ。もう忘れたのか?」
「ふっ……。馬鹿ね。言うでしょ、女の恋は上書き保存って……」
それは相手が画面の中にいても適用されるもんなのか? いや、むしろだからこそなのか……言い得て妙。上書きどころかフォルダごと抹消されそうだな。
女の恐さを噛み締めつつ、俺はミキと別れた。
少し話し込んでいたとはいえ、1時間も経ってない。それでもここ数日からしたら、遅めの帰宅だ。
俺が帰ってくるのを待つ間、兄貴もソワソワしていたんだろうか。そう思うと胸が騒いだ。
両親が帰ってくるまでにはまだ少しあるし、部屋から出てきやすいんじゃないかと思う。
ああ……なんだか無駄に緊張する。
空気の変化がわかりそうなほど全神経を集中しながら家へ上がる。一階のダイニングからちらりと二階を見て、それからわざとらしく冷蔵庫を開けてミネラルウォーターを出した。もちろん、そのまま待機だ。
LINE見たり、ミニゲームのアプリ起動させたりして、暇を潰す。
間がもたないからなるべく早く来てくれよー……。何時間もここで粘ってるのもおかしいし、俺だって退屈だ。
一応、ファミチキとか買ってきたからそれも食べる。
三口目にさしかかったあたりで、ドアの開く音が上から聞こえてきた。
……きたっ。兄貴だ。階段を降りる足音でわかるのは、やっぱ家族だなー。ここ最近、それも忘れるかと思うくらい、聞いてなかったけど。
足音が、少しずつ近づいてくる。そして……ダイニングのドアの前で、止まった。
向こうも、俺が足音でわかってるって気づいてるはずだ。
入るのを躊躇ってるだろうし、こっちから声をかけてやろう。
んん……。喉をしめらせて、と。あー、なんか変な声出そう。掠れそう。裏返ったりするなよ。カッコ悪いから。
「兄貴……?」
思ったより、普通の声が出た。しかも自然で、不思議そうな声。主演男優賞とれんじゃねって演技力だぜ。
「和彰。その、昨日の電話……。出られなくてごめんな。少し、手が離せなくて」
ボス待ちでですか!
「いや。でも、その後も折り返してくれなかったじゃん。メールもくれんかったし」
あえて普通に切り返す。ここ一ヶ月引きこもってることに関しては触れない。
「時間があいてしまったから、妙に気まずくなって……」
「キョーダイでそんな、気まずい、とかさ。なあ、ポテチ買ってきたんだけど、ちょっと食わない? あ、夕飯は?」
つか、ドア越しに話すつもりかよ。ちゃんと顔見せろよ。その整ったツラを。
まさか本当に、ブクブク太ったり、やつれたりしてんじゃないだろうな。
「両方、いらない。じゃあ部屋に戻るな。早く戻らないと」
おい、またボスかよ!
俺が知っていることは内緒だから、文句も言えない。
じれったさから頭に血がのぼった俺は、前に立ちはだかる壁をどけた。それはきっと、物理的な物より厚さがあったと思う。
開けられた扉の前、兄貴は目を見開いて俺を見ていた。
「顔見るの、なんか久しぶり」
ヒゲ、生えてないな。剃ってるのか? 引きこもりとは思えない清潔感だ。家族がいない時間を狙って風呂には入ってるのか……。
「そうだな」
もっと慌てるかと思ったのに、兄貴は観念したようにそう言って溜息をついた。
「心配とか、迷惑、とか……。かけていると思う。わかってる。でも、あと少しだけ」
やっぱり少し、やつれたかもしれない。痩せた。顔色もよくない。
「ちゃんと寝てるか?」
「……ああ」
嘘つけ。
「食べてる?」
「そこそこには」
これは本当かな。
まあ、兄貴が何をやってるかはわかってるし、そこまで心配するほどでもなさそうか。こうして顔をあわせてくれただけで、一歩前進だ。実質、無理矢理あわさせたけどな……。
兄貴と遊ぶなんて久しぶりだし、もう少しネトゲで関係を繋いでいくのも悪くはないかもしれない。何かあればゲーム内で相談にも乗ってやれるし。
節度をわきまえるならネットゲームなんて趣味の範囲だ。
おかしな話、完璧な兄貴がネトゲにはまってるってことで、前より親近感を覚えていたりする。
そう……ハッキリ言えば、俺ももう少し遊びたい。ネカマやってる兄貴と。
ここ最近、腹筋が筋肉痛になる勢いで笑えてたしな。
「兄貴なら大丈夫だって、家族みんな思ってるから。今は好きなこと、やってろよ。元気そうで安心した」
「和彰……」
その申し訳なさそうな顔が、ゲーム内のサチとかぶって……俺は気づけば泣いている女の子を慰めるように、兄貴の頭を撫でていた。
びっくりした顔で俺を見る兄貴に、我に返る。
うわぁあぁあ! 何やってんだ、俺ッ! 年上っつか、兄貴相手に!
「わ、悪い、ついっ!」
「いや……。何か……今更だが」
兄貴が言いにくそうに、自分の唇に指を添えて口ごもる。
な、なんだ。なんか今は何を言われてもテンパりそうだ。
「大きくなったな、和彰」
マジで今更だよ!!
「あー……。兄貴と同じくらいかもな。身長」
「そうか? 和彰のが少し高くないか?」
多分それ、今アンタが少し猫背になってるからだぜ。あんなに綺麗な姿勢だったのに。
「それじゃあ、もう部屋に……戻るな」
「ん……」
そわそわと部屋のほうを気にする兄貴がなんだか可哀相になってきたので、解放してやることにした。素直に頷いた俺に、兄貴は安堵混じりの溜息をついて背を向ける。
あーあ。行っちまう。俺は寂しいってのに兄貴の背中は嬉しそう。そんなにあの世界が気になんのかよ。
アンタが気にしなきゃならないのは、ゲームじゃなくて現実だろう? そこは、アンタの居場所じゃない。戻ってこいよ、早く。
いなくなって初めてその大切さがわかるなんていうけどさ、こうなってみて、すげー実感してるよ、それ。なんでもっと、ちゃんと話してなかったんだろう。遊んでなかったんだろうって。
……まあ、兄貴は電脳世界になら常駐していて、いつでも話せて遊べるワケだが。
「はぁ……」
戻ってチキンの残りと開けてないポテチ、たいらげるか。
そんなにあの世界が気になるのかよと心の中で毒づいたすぐ後でなんだが、今度は俺がログインしたくてたまらんくなってきた……。気になる部分は厳密には違うとはいえ、これも一種の依存だろーか。はあ。
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