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5章
リゼルと酔っ払い
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ちょうど一日が終わる頃、次の村へ到着……という感じで馬車が進んでいく。一泊し、新しい人を乗せたり、降りたり。
街と街の間がずいぶん離れてるんだなとリゼルに言われたけど、実は近い街は他にもある。ただ、目的地を考えると遠回りになる。僕らが目指すなら最終的には港町がいいと思っていた。
「毎日毎日、一日中馬車に乗って、ケツが腫れてきそうだ……」
「魔法がかかってるから、そんなに揺れないだろ?」
そんな会話を、三度はした。
村で降りるのも夕暮れか夜かになるのであまり身体を動かすことができず、相当フラストレーションが溜まってるらしい。
野山を駆け回りたい……とポツリと洩らした時は、さすがに可哀想になって村で二泊し、朝から森を探索したり、川で遊ばせたりした。
一緒に遊んであげたかったけど、僕は無理……。冬の川とか。
リゼルが魔法を込めてくれた火の石をポケットに入れていてもなと、寒くて凍えそうになっていた。そんな僕を見たリゼルは、それからはおとなしく馬車に乗るようになってくれたので、まあ結果的には良かった。
そしてついに8日目。
「凄い、なんか、魚の匂いがする……!」
馬車の中、はしゃいだ声を出すリゼルに、乗り合わせている用心棒さんがフッと噴き出す。
「こんなところから匂いがわかるのか。子どもは可愛いな」
気分的なものだと思われたんだろうけど、リゼルは事実を口にしてるだけなんですよ……。
ちなみに僕の鼻では匂いはわからない。そして海も見えない。街は大きく、馬車が降りる入り口は海からかなり離れたところにあったはず。ただ……かなり昔のことだから、変わってるかもしれないし、記憶違いもあるかもしれない。
村で余計に一泊したこともあって、トゥボルの街からずっと一緒だった人は誰もいない。それでも、長旅お疲れ様と言い合って別れた。
早朝村を発ったけど、空は夕暮れを越してすっかり暗い。
「本当にお疲れ様だー! 疲れたぁ」
「リゼル、お疲れ様」
「シアンに聞いて、出店楽しみにしてたんだ。この時間でもやってるかな?」
「多分ね。港町の名物でもあるし」
夕飯より少し遅い時刻だけど、街の中は光の魔法がいたるところに付与されていて、とても明るい。
石だと持続時間は短いけれど、マナ石というものを使えば長く保つのでそれを利用しているのだろう。ただ、当然ながら石よりお高い。
魔法を使えない人間はマナ石が産み出せるのでは……という研究が、王都の研究所でされているらしいけど、そもそも魔力の流れをあまり感じ取れないので、無理だと思ってる。それはすでに、錬金術のたぐいだ。
「屋台の周り、キラキラ綺麗だな。オレもこんなふうにできるかな?」
「店ごと燃えそう……」
「加減が難しいんだよな」
確かに火も灯りにはなるけども、店で使うには危険が残る。
「あ、あそこでっかい肉焼いてる! でもせっかくだから魚もいいよなあ。ん!? なんだあの飴、キラキラしてるぞ。中に果物が入ってる!」
馬車に閉じ込められていたストレスを解消するように、好奇心全開でキョロキョロするリゼル。
周りはそんなリゼルを微笑ましそうに見て、たまに、うちに寄ってってーと声をかけてくれる。
結局リゼルが選んだのは、串に刺さった魚が火で焼かれている、なんの変哲もない焼き魚だった。
「ラズ……」
村に残してきた友人を思い出すのか、名前を呼びながら、しんみりと魚にかぶりついている。
2人で川釣りに行った時に、焚き火か何かでこうやって魚を焼いて食べていたのかもしれない。
……量はちっともしんみりしてないけど。何本食べるんだ。
「あまり食べると他のが入らなくなるよ」
「育ち盛りだからいくらでも入るんだ」
お金が手に入ったとはいえ、毎日そんなに食べられたらあっという間にカツカツだ。
でもまあ、今日は見るものすべてが新鮮だろうし、特別かな。
僕も来たのはかなり昔のことだから、リゼルと同じように初々しい気持ちで楽しめる。
アラサーで初々しいって言葉を使うのは、さすがに図々しすぎるか。
「ンッ、あっち、炙った肉の塊を削いでる! 美味そう!」
「本当だ。二人分頼もうか」
「もっと食べたい」
「僕は一人分も食べないから、残りは全部食べていいし……」
「足りない」
「わかったよ。三人前ね」
「やった!」
今度はいつもと同じように、僕をジーッと見ながら食べてくれて、なんだかホッとした。
ラズの名前を呼んでたからって、ラズを食べてる気になってたわけじゃないだろうに。僕も大概、独占欲が強すぎる。
美味しく肉を食べて、デザートまでのフルコース。
なんの魔法が使われているのか、街の中は冬だというのにほんのり暖かかった。
人がたくさんいるし、火を使ってる店もあるから、魔法がきいてなくても多少は熱がこもるか……。
「お。薬草屋もあるぞ」
「本当だ。薬にして瓶に詰められてるのもあるね」
台の上にズラーッと瓶に詰められた薬が並び、机の上から垂らされた布には、袋詰めされた薬草が値札付きで飾ってある。
「よく眠れる薬、食欲がなくなる薬……」
「リゼル、食欲がなくなる薬、買ってったら?」
「高いぞ」
「……本当だ。これなら普通にご飯、買ったほうがいいね」
「髪の生える薬。シアン、これはどうだ?」
「縁起でもないこと言わないで! 僕まだフサフサだからね!?」
薄い色だから、そんなイメージはあるかもしれないけれども!
そんな会話をしていたら、店の人にクスクスと笑われた。
「仲のいい兄弟だねえ」
黒いフードを深めに被った魔女みたいな身なりの女性だけれど、あくまでポーズでまだ僕より少し上くらいに見える。
「兄弟じゃない! 恋人だぞ!」
「り、リゼル……」
外聞が悪いからやめてほしい。
プラトニックならこの年齢差でも微笑ましく見えるといいけど……。たとえ実際は、ガッツリやってるとしても。
「なら、いい雰囲気になるお薬とかどうだい?」
「シアンといい雰囲気に……」
「ま、間に合ってます!」
もう少し見たかったけど、リゼルの手を引いて駆け出した。
というか、僕も否定してないし。……したくなかったし、普通に恋人だと思われたかな。
「あーあ。欲しかったなー。オレたち、ゴブサタってヤツなのに。ムードは大事だろ?」
「リゼル、そんなの気にしたためしなくない?」
僕らのソレは大体、ムード関係なしに突然始まる。
そういうのも僕はリゼルらしくて好ましいというか……。
大体、いい雰囲気になる薬って、リゼルに噛まれたら一発で。
いや、あれはまた違う話か。ピンク色な空気しか流れない。
「なら、今夜シアンをその気にさせるにはどうしたらいい?」
「そ、そういうのあまり訊かないでよ。どう答えていいかわからない。リゼルの好きにしてくれたらいいから」
「ふーん。なるほど……」
そもそも、その気にさせるも何も、僕はいつだってその気だよ! 道中だって普通に我慢してたよ! とは言えなかった。
性欲自体は薄いから、肉体的にはつらくないんだ、本当に。
でもリゼルが可愛かったり、僕としたいなーって顔見せられたりすると、キュンキュンして、ギューッとしたくなってたまらなくなるんだ。
でもリゼルのほうは肉体的なつらさもあるみたいで、生殺しなことはできず……。結果、僕も我慢。ということに。
「よし、じゃあ、食欲も満たしたし、次は……宿だな!」
時間も時間だし普通のことなんだけど、話していたことがことなだけに、別の意味にしか聞こえない。
「そうだね……」
寒いのに自然熱くなる頬を押さえながら、僕らは宿を探した。
トゥボルと違ってお店が多いし、宿も結構な数ありそうだ。
どこがいいかな。安くて広くて人気の宿なんていうのは、この時間ではもう埋まってしまってるだろうし……。シトレさんに大工だけでなくオススメの宿も聞いておけば良かった。
「壁が厚いとこがいい」
「り、リゼル」
いっそ清々しい。さすがにここまできて、暴れたいからとかそういう意味ではあるまい。
「おっ、シアン。酒場があるぞ。お酒飲んでみたいな」
「まだダメだよ」
銀色の魔物的にはオトナらしいから、平気なのか? というより、飲んでいいものなのか?
リゼルは人間の食べ物をなんでも食べるし濃い味付けも好きだけど、お酒はまた何か違う気がする。
本人はとても飲みたそうにしてる。今も指を咥えて酒場を振り返ってるし。食に対する執念は凄まじいものがある。
少なくとも外で飲ませるのは無理だから、家を買えたら……二人の時に、飲ませてあげよう。
正直に言えば、酔ったリゼルはちょっぴり見てみたいかなって。
「いつになったらいいんだ? 見た目がオトナになったらか?」
相変わらず、これと決めたことに関してはグイグイくるリゼル。この調子だと毎日聞いてきそうな気がする。
「と、とりあえず……。家を買うためのお金が貯まったらかな」
「お金の問題か。それなら仕方ないな。お酒は飲みすぎると、怒られるものだもんな。村のオジサンたちがよく言ってた」
リゼル僕のこと、飲みすぎると怒るカミさん扱いしてない?
やたら貫禄を出すように深く頷くので、噴き出しそうになるのをこらえるのが大変だった。
「ねーっ、そこのシアンくん、こっち向いてー! 君だよ君ー!」
酒場から少し離れたあたりで突然名前を呼ばれて振り返ると、見知らぬ人が立っていた。
初めて会う人にこう声をかけられることはたまにある。髪の色を見て、そう呼ぶのだ。
「シアン、知り合いか?」
「いや、知らない人だと思う……」
赤い前開きの服を、冬だというのに全開にしている。鍛え抜かれた腹筋が眩しい。腕も足もかなり逞しく、肌は陽に焼けたように浅黒かった。
こんな自己主張の激しそうなタイプ、見たら絶対に忘れない。
「おっ。やっぱりめっちゃ美人さんだ! ねね、よかったら、俺と飲まない?」
ナンパだった。リゼルが妬くからやめてほしい。
つい先日アレソレあったばかりで、僕に近づく男の気配には敏感なんだ。
「おい、オマエ! 隣にいるオレが見えないのか!」
「大丈夫。子連れでも全然気にしないし、連れてきていいから! 美人に酌してほしいー! あ、下もシャクってくれたら嬉しいけど!」
リゼルは男の言語が理解できない、というような顔をしている。僕もわけがわからない。
「下をシャクるってなんだ?」
「あっ、下ネタわからない系~?」
下ネタだったのか。うん。関わりたくない人種だ。
というか、尚更リゼルの前でやめてほしい。
「リゼル、行こ」
「そんなこと言わずに! ねっ!?」
「うっわ! このオッサン酒クサッ!」
近すぎるくらい近づいてきた男に、リゼルが鼻をつまみながら数歩後退った。
僕でも酒臭いと感じるんだから、鼻のいいリゼルはかなりキツイはずだ。匂いだけで酔ってしまわないか不安になる。
それにしても……僕とそう変わらない歳の男をオッサンと呼んでいるのを見ると、色々と複雑な気分だ。
「酒はいい、酒はいいぞー。なあー、付き合えってー」
「ちょっと……」
腕をグイッと掴まれる。強引な行動に眉をひそめると、横からリゼルの鋭い手刀が男の手首に飛んだ。
「イッテェェェ!」
「フン。人のモノに手を出すからだ」
「リゼル、やりすぎだよ」
「そんなに力、入れてない。コイツがオオゲサなだけだ」
そうとは思えない痛がり方をしてるんだけど、本当に平気なんだろうな……。
「ガ、ガキのクセに。お前のチンコじゃ、このニーチャンをヒイヒイ言わせてやることもできねーだろ?」
「子どもになんて台詞を……」
「ヒイヒイ言わせてるぞ!!」
「リゼルも何言ってんの!!」
そもそもなんで僕がヒイヒイ言わされる側で決め打たれてるんだ。
歳だって身長だって僕のがかなり上なのに。
男はリゼルの答えを聞いて、涙目になったままニヤニヤといやらしい笑みを浮かべた。
「……へええー。なるほどなぁ。じゃあさ、そこのガキ、相手をトロトロに気持ちよくさせる、エローイテクニック、知りたくねえか?」
「知りたい!!」
「リゼル!!」
「ご、ゴメン、思わず……。誰がオマエなんかに教わるか!」
好奇心丸出しの顔で言っても、説得力がなさすぎる。
男はどういうつもりか、楽しそうにリゼルに耳打ちした。
リゼルはしっかり話を聞いたあと。
「酒クサイ!」
そう言って男を殴り飛ばした。
……聞いてから殴るんだ。
「だからやりすぎだって。冬だし、気を失ったまま放置するのもまずいよ」
「この街ほんのり暖かいから平気だろ。ジゴージトクだ。行くぞ、シアン」
リゼルが僕の手を引いて歩き出す。そして苦虫を噛み潰したような顔で呟いた。
「オレさあ、やっぱり、酒は当分いいかな……」
酒は飲んでも飲まれるな。これが反面教師というやつか。
お酒への興味が薄れたらしいリゼルを見て、地面で伸びている男にほんの少しだけ感謝した。
街と街の間がずいぶん離れてるんだなとリゼルに言われたけど、実は近い街は他にもある。ただ、目的地を考えると遠回りになる。僕らが目指すなら最終的には港町がいいと思っていた。
「毎日毎日、一日中馬車に乗って、ケツが腫れてきそうだ……」
「魔法がかかってるから、そんなに揺れないだろ?」
そんな会話を、三度はした。
村で降りるのも夕暮れか夜かになるのであまり身体を動かすことができず、相当フラストレーションが溜まってるらしい。
野山を駆け回りたい……とポツリと洩らした時は、さすがに可哀想になって村で二泊し、朝から森を探索したり、川で遊ばせたりした。
一緒に遊んであげたかったけど、僕は無理……。冬の川とか。
リゼルが魔法を込めてくれた火の石をポケットに入れていてもなと、寒くて凍えそうになっていた。そんな僕を見たリゼルは、それからはおとなしく馬車に乗るようになってくれたので、まあ結果的には良かった。
そしてついに8日目。
「凄い、なんか、魚の匂いがする……!」
馬車の中、はしゃいだ声を出すリゼルに、乗り合わせている用心棒さんがフッと噴き出す。
「こんなところから匂いがわかるのか。子どもは可愛いな」
気分的なものだと思われたんだろうけど、リゼルは事実を口にしてるだけなんですよ……。
ちなみに僕の鼻では匂いはわからない。そして海も見えない。街は大きく、馬車が降りる入り口は海からかなり離れたところにあったはず。ただ……かなり昔のことだから、変わってるかもしれないし、記憶違いもあるかもしれない。
村で余計に一泊したこともあって、トゥボルの街からずっと一緒だった人は誰もいない。それでも、長旅お疲れ様と言い合って別れた。
早朝村を発ったけど、空は夕暮れを越してすっかり暗い。
「本当にお疲れ様だー! 疲れたぁ」
「リゼル、お疲れ様」
「シアンに聞いて、出店楽しみにしてたんだ。この時間でもやってるかな?」
「多分ね。港町の名物でもあるし」
夕飯より少し遅い時刻だけど、街の中は光の魔法がいたるところに付与されていて、とても明るい。
石だと持続時間は短いけれど、マナ石というものを使えば長く保つのでそれを利用しているのだろう。ただ、当然ながら石よりお高い。
魔法を使えない人間はマナ石が産み出せるのでは……という研究が、王都の研究所でされているらしいけど、そもそも魔力の流れをあまり感じ取れないので、無理だと思ってる。それはすでに、錬金術のたぐいだ。
「屋台の周り、キラキラ綺麗だな。オレもこんなふうにできるかな?」
「店ごと燃えそう……」
「加減が難しいんだよな」
確かに火も灯りにはなるけども、店で使うには危険が残る。
「あ、あそこでっかい肉焼いてる! でもせっかくだから魚もいいよなあ。ん!? なんだあの飴、キラキラしてるぞ。中に果物が入ってる!」
馬車に閉じ込められていたストレスを解消するように、好奇心全開でキョロキョロするリゼル。
周りはそんなリゼルを微笑ましそうに見て、たまに、うちに寄ってってーと声をかけてくれる。
結局リゼルが選んだのは、串に刺さった魚が火で焼かれている、なんの変哲もない焼き魚だった。
「ラズ……」
村に残してきた友人を思い出すのか、名前を呼びながら、しんみりと魚にかぶりついている。
2人で川釣りに行った時に、焚き火か何かでこうやって魚を焼いて食べていたのかもしれない。
……量はちっともしんみりしてないけど。何本食べるんだ。
「あまり食べると他のが入らなくなるよ」
「育ち盛りだからいくらでも入るんだ」
お金が手に入ったとはいえ、毎日そんなに食べられたらあっという間にカツカツだ。
でもまあ、今日は見るものすべてが新鮮だろうし、特別かな。
僕も来たのはかなり昔のことだから、リゼルと同じように初々しい気持ちで楽しめる。
アラサーで初々しいって言葉を使うのは、さすがに図々しすぎるか。
「ンッ、あっち、炙った肉の塊を削いでる! 美味そう!」
「本当だ。二人分頼もうか」
「もっと食べたい」
「僕は一人分も食べないから、残りは全部食べていいし……」
「足りない」
「わかったよ。三人前ね」
「やった!」
今度はいつもと同じように、僕をジーッと見ながら食べてくれて、なんだかホッとした。
ラズの名前を呼んでたからって、ラズを食べてる気になってたわけじゃないだろうに。僕も大概、独占欲が強すぎる。
美味しく肉を食べて、デザートまでのフルコース。
なんの魔法が使われているのか、街の中は冬だというのにほんのり暖かかった。
人がたくさんいるし、火を使ってる店もあるから、魔法がきいてなくても多少は熱がこもるか……。
「お。薬草屋もあるぞ」
「本当だ。薬にして瓶に詰められてるのもあるね」
台の上にズラーッと瓶に詰められた薬が並び、机の上から垂らされた布には、袋詰めされた薬草が値札付きで飾ってある。
「よく眠れる薬、食欲がなくなる薬……」
「リゼル、食欲がなくなる薬、買ってったら?」
「高いぞ」
「……本当だ。これなら普通にご飯、買ったほうがいいね」
「髪の生える薬。シアン、これはどうだ?」
「縁起でもないこと言わないで! 僕まだフサフサだからね!?」
薄い色だから、そんなイメージはあるかもしれないけれども!
そんな会話をしていたら、店の人にクスクスと笑われた。
「仲のいい兄弟だねえ」
黒いフードを深めに被った魔女みたいな身なりの女性だけれど、あくまでポーズでまだ僕より少し上くらいに見える。
「兄弟じゃない! 恋人だぞ!」
「り、リゼル……」
外聞が悪いからやめてほしい。
プラトニックならこの年齢差でも微笑ましく見えるといいけど……。たとえ実際は、ガッツリやってるとしても。
「なら、いい雰囲気になるお薬とかどうだい?」
「シアンといい雰囲気に……」
「ま、間に合ってます!」
もう少し見たかったけど、リゼルの手を引いて駆け出した。
というか、僕も否定してないし。……したくなかったし、普通に恋人だと思われたかな。
「あーあ。欲しかったなー。オレたち、ゴブサタってヤツなのに。ムードは大事だろ?」
「リゼル、そんなの気にしたためしなくない?」
僕らのソレは大体、ムード関係なしに突然始まる。
そういうのも僕はリゼルらしくて好ましいというか……。
大体、いい雰囲気になる薬って、リゼルに噛まれたら一発で。
いや、あれはまた違う話か。ピンク色な空気しか流れない。
「なら、今夜シアンをその気にさせるにはどうしたらいい?」
「そ、そういうのあまり訊かないでよ。どう答えていいかわからない。リゼルの好きにしてくれたらいいから」
「ふーん。なるほど……」
そもそも、その気にさせるも何も、僕はいつだってその気だよ! 道中だって普通に我慢してたよ! とは言えなかった。
性欲自体は薄いから、肉体的にはつらくないんだ、本当に。
でもリゼルが可愛かったり、僕としたいなーって顔見せられたりすると、キュンキュンして、ギューッとしたくなってたまらなくなるんだ。
でもリゼルのほうは肉体的なつらさもあるみたいで、生殺しなことはできず……。結果、僕も我慢。ということに。
「よし、じゃあ、食欲も満たしたし、次は……宿だな!」
時間も時間だし普通のことなんだけど、話していたことがことなだけに、別の意味にしか聞こえない。
「そうだね……」
寒いのに自然熱くなる頬を押さえながら、僕らは宿を探した。
トゥボルと違ってお店が多いし、宿も結構な数ありそうだ。
どこがいいかな。安くて広くて人気の宿なんていうのは、この時間ではもう埋まってしまってるだろうし……。シトレさんに大工だけでなくオススメの宿も聞いておけば良かった。
「壁が厚いとこがいい」
「り、リゼル」
いっそ清々しい。さすがにここまできて、暴れたいからとかそういう意味ではあるまい。
「おっ、シアン。酒場があるぞ。お酒飲んでみたいな」
「まだダメだよ」
銀色の魔物的にはオトナらしいから、平気なのか? というより、飲んでいいものなのか?
リゼルは人間の食べ物をなんでも食べるし濃い味付けも好きだけど、お酒はまた何か違う気がする。
本人はとても飲みたそうにしてる。今も指を咥えて酒場を振り返ってるし。食に対する執念は凄まじいものがある。
少なくとも外で飲ませるのは無理だから、家を買えたら……二人の時に、飲ませてあげよう。
正直に言えば、酔ったリゼルはちょっぴり見てみたいかなって。
「いつになったらいいんだ? 見た目がオトナになったらか?」
相変わらず、これと決めたことに関してはグイグイくるリゼル。この調子だと毎日聞いてきそうな気がする。
「と、とりあえず……。家を買うためのお金が貯まったらかな」
「お金の問題か。それなら仕方ないな。お酒は飲みすぎると、怒られるものだもんな。村のオジサンたちがよく言ってた」
リゼル僕のこと、飲みすぎると怒るカミさん扱いしてない?
やたら貫禄を出すように深く頷くので、噴き出しそうになるのをこらえるのが大変だった。
「ねーっ、そこのシアンくん、こっち向いてー! 君だよ君ー!」
酒場から少し離れたあたりで突然名前を呼ばれて振り返ると、見知らぬ人が立っていた。
初めて会う人にこう声をかけられることはたまにある。髪の色を見て、そう呼ぶのだ。
「シアン、知り合いか?」
「いや、知らない人だと思う……」
赤い前開きの服を、冬だというのに全開にしている。鍛え抜かれた腹筋が眩しい。腕も足もかなり逞しく、肌は陽に焼けたように浅黒かった。
こんな自己主張の激しそうなタイプ、見たら絶対に忘れない。
「おっ。やっぱりめっちゃ美人さんだ! ねね、よかったら、俺と飲まない?」
ナンパだった。リゼルが妬くからやめてほしい。
つい先日アレソレあったばかりで、僕に近づく男の気配には敏感なんだ。
「おい、オマエ! 隣にいるオレが見えないのか!」
「大丈夫。子連れでも全然気にしないし、連れてきていいから! 美人に酌してほしいー! あ、下もシャクってくれたら嬉しいけど!」
リゼルは男の言語が理解できない、というような顔をしている。僕もわけがわからない。
「下をシャクるってなんだ?」
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下ネタだったのか。うん。関わりたくない人種だ。
というか、尚更リゼルの前でやめてほしい。
「リゼル、行こ」
「そんなこと言わずに! ねっ!?」
「うっわ! このオッサン酒クサッ!」
近すぎるくらい近づいてきた男に、リゼルが鼻をつまみながら数歩後退った。
僕でも酒臭いと感じるんだから、鼻のいいリゼルはかなりキツイはずだ。匂いだけで酔ってしまわないか不安になる。
それにしても……僕とそう変わらない歳の男をオッサンと呼んでいるのを見ると、色々と複雑な気分だ。
「酒はいい、酒はいいぞー。なあー、付き合えってー」
「ちょっと……」
腕をグイッと掴まれる。強引な行動に眉をひそめると、横からリゼルの鋭い手刀が男の手首に飛んだ。
「イッテェェェ!」
「フン。人のモノに手を出すからだ」
「リゼル、やりすぎだよ」
「そんなに力、入れてない。コイツがオオゲサなだけだ」
そうとは思えない痛がり方をしてるんだけど、本当に平気なんだろうな……。
「ガ、ガキのクセに。お前のチンコじゃ、このニーチャンをヒイヒイ言わせてやることもできねーだろ?」
「子どもになんて台詞を……」
「ヒイヒイ言わせてるぞ!!」
「リゼルも何言ってんの!!」
そもそもなんで僕がヒイヒイ言わされる側で決め打たれてるんだ。
歳だって身長だって僕のがかなり上なのに。
男はリゼルの答えを聞いて、涙目になったままニヤニヤといやらしい笑みを浮かべた。
「……へええー。なるほどなぁ。じゃあさ、そこのガキ、相手をトロトロに気持ちよくさせる、エローイテクニック、知りたくねえか?」
「知りたい!!」
「リゼル!!」
「ご、ゴメン、思わず……。誰がオマエなんかに教わるか!」
好奇心丸出しの顔で言っても、説得力がなさすぎる。
男はどういうつもりか、楽しそうにリゼルに耳打ちした。
リゼルはしっかり話を聞いたあと。
「酒クサイ!」
そう言って男を殴り飛ばした。
……聞いてから殴るんだ。
「だからやりすぎだって。冬だし、気を失ったまま放置するのもまずいよ」
「この街ほんのり暖かいから平気だろ。ジゴージトクだ。行くぞ、シアン」
リゼルが僕の手を引いて歩き出す。そして苦虫を噛み潰したような顔で呟いた。
「オレさあ、やっぱり、酒は当分いいかな……」
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翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
僕たち、結婚することになりました
リリーブルー
BL
俺は、なぜか知らないが、会社の後輩(♂)と結婚することになった!
後輩はモテモテな25歳。
俺は37歳。
笑えるBL。ラブコメディ💛
fujossyの結婚テーマコンテスト応募作です。
怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人
こじらせた処女
BL
幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。
しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。
「風邪をひくことは悪いこと」
社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。
とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。
それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?
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