弟を好きになりました

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中学生編

花火よりも

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 掠れた声が段々と透明になる頃には、もう夏になっていた。まだ少年っぽさの残る顔をしているけれど、なんだか急に大人になってしまった気がする。
 一年ぶりの夏祭り、去年買った浴衣を着て夜店を君と回る。
 大人ではないけれどもう子供でもないから、前みたいにはしゃがないし、駆け回る小さな子を温かい目で見ているのがなんだか面白い。
 ついこの前まで君もそうだったんだよと言ってやりたくなる。
 
「律、金魚すくいしようか」
「いいよ。どっちがたくさんすくえるか競争しようか。負けた方が何でも言うこときくの」
「……負けるからやめとく」
「ふふ……」
 
 俺は相変わらず不器用で、祭りのゲーム系はほとんど全敗だ。
 大体ゲームで負けなくたって律の言うことなら何でもきくのに、今更何をおねだりしようっていうのか。
 
「手つなごうか」
 
 そう言って律が手を差し出す。
 
「この年齢で兄弟が手つなぐの、さすがにおかしいだろ」
「いいじゃない。それに、兄弟だけど……ね」
 
 躊躇っている俺の手を引いて、律が歩き出す。周りからくすくすと笑い声が聞こえる気がする。
 身長だってもう10センチくらいしか変わらないんだぞ。背が高くても顔つきがあどけないから、兄弟だってことは判るだろうけど……。
 恥ずかしい。でも嬉しい。本当は背の高くなった君と、こうして手をつないで歩いてみたかった。君が子供の頃からそう思っていた。
 来年は受験だし、夏祭りには来ないかもしれない。そう思うと余計に、今日が特別なものに思えてくる。
 ……律と過ごす日々は、全てが特別な日々だけど。
 
「兄さんの手、少し小さくなった気がする」
「律が大きくなったんだよ」
「そっか……なんか嬉しいな」
 
 わたあめ買って、チョコバナナ買って、毎年花火を見ている場所へ行く。人は多いけど、とても綺麗に見える土手がある。
 
「少しくらい花火が見にくくてもいいから、今年は空いてるところにしない?」
 
 律がそう言って、いつもの場所を素通りした。土手を降りて、川岸。人はまばらにいるだけで、静かな雰囲気だ。
 並んで座ると、律が肩を寄せてきた。
 
「り、律……」
「暗いからわからないよ。悔しいけど、僕の体型なら女の子に見えるから平気でしょ」
 
 ……確かに、そうかも。浴衣はどうみても男物だけど、これだけ暗いとそんなことわからない。
 それに辺りを見回したって、恋人同士イチャイチャしていて俺たちなんて埋もれてしまう。
 
「兄さんは積極的なのにさ、人目は割りと気にするよね」
「律は昔から、人目をあまり気にしないよな。ちゅーとかしてくるし」
「いや……あれはさすがに、忘れて。僕だって別に好奇の視線に晒されたい訳じゃないよ」
「そうだな。今だって気を遣ってくれてるし」
「捕まっちゃったら困るしね」
「実際俺、犯罪者だから仕方ないよ、それは……」
 
 律がますます身体をくっつけて、ぎゅうっと俺の腕を組んできた。中学生の恋人は、さすがに犯罪的な響きだ。しかも弟だし。
 小学生じゃなくなっただけ、まだいい……。

「中学生同士で付き合ってやっちゃってる子だっていっぱいいるのに、難しいね」
「単純だよ。俺が、大人だからさ」
「うん、兄さんは大人で、僕は子供だ。たまにそれが歯痒くて、悔しいよ。早く大人になりたいな……」
 
 そこで、もう僕は大人だよ、って言わない辺り律は充分大人だと思う。
 なんというか本当にいい男に育ってるよなあ。
 ……昔は律が俺より背高くなってムキムキになったらどうしようとか思ってた部分もあった。俺はそれでも律を好きでいるとは思ったけど、今はもう育つとこまで育てって思う。むしろ、もっと格好良くなってしまえと。
 俺はその度にもっともっと律を好きになる。少し低くなった声も、抱き寄せた肩が前より広くなっているのも、みんな愛おしい。
 
「兄さん、わたあめ食べる?」
「ん……」
「チョコバナナ食べる?」
「うん……」
 
 相変わらず律がチョコバナナを食べる度に身体がおかしい感じになってしまう。
 目が合うと、律がかぁっと頬を赤らめた。
 
「バレンタイン、思い出しちゃった……」
 
 律が俺の手を取って、ぺろりと舐める。そんな風に感じるのは俺だけかと思ってたのに、律にそう言われて俺はますます大変なことに。
 花火。花火だ。花火を見るんだ。気を鎮めるんだ。
 
「わたあめの味。でも、キスをしたら、チョコの味だね」
「バナナの味もする……」
「花火、見てる?」
「見てるよ。綺麗だよ」
 
 というか、花火に意識を集中していないと身体がまずい。
 ホントやばいって。周りに人がいるのに。
 
「僕は兄さんしか見てないよ」
「っ……」
 
 そんな気障な台詞どこで覚えてきたっ!
 律が俺の肩に、甘えるように頬を擦り寄せた。
 
「花火と僕と……どっち見たい?」
「俺が花火って答えると思う?」
「僕って答えると思う」
「……うん。帰ろうか」
「へへ……」
 
 立って、手をつないで再び歩く。花火の音が後ろで大きく響いた。
 食べかけのわたあめとチョコバナナ。BGMは花火。こんな綺麗なシチュエーションで、アレなことばかり考えてる俺。
 律も今同じ気分でいるんだろうか。我慢できないほど、俺を欲しがってくれてる?
 聞く余裕もなかったけれど、つないだ手のひらは同じくらい熱かった。 
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