あいつに惚れるわけがない

茉莉 佳

文字の大きさ
64 / 259
level 8

「はぐらかされる方がよっぽど不愉快なんです」

     level 8

「あの… 話ってなんでしょうか?」

『乗って』と言ったきり、ヨシキさんは『話』をはじめる気配がない。じれてきたわたしは、しばらく走った頃、自分から切り出した。
それでもヨシキさんは、ハンドルを握ったまま、黙って前をじっと見つめているだけだった。
その表情は心なしか、憂いに沈んでいる。
が、気持ちを切り替えるかのように、こちらを向いて明るい微笑みを浮かべた。

「はい。昨日の撮影のプリントとデータ。自分で言うのもなんだけど、昨日のは自信作だよ。美月ちゃん最高だった。改めてありがとう」

そう言ってヨシキさんは、小さな包みを手渡してくれる。

「ありがとうございます。そう言っていただけると嬉しいです。でも、話って…」
「もちろん、これとは違うよ」

そう言ってひと呼吸入れたヨシキさんは、わたしに訊いた。

「美月… いや、もうプライベートだから凛子だな。凛子ちゃん。もう食事すんだ?」
「ええ。さっき軽くすませましたけど。ヨシキさんは?」
「オレはコンビニでおにぎりでも買って、クルマのなかで食べたよ」
「え? そんな適当な食事でいいんですか?」
「ははは。ひとり暮らしだし、仕事に入るとロクに食べられないことなんてザラだし、そういうのは慣れてるから」
「でも…」
「じゃあ、適当に走るか。凛子ちゃん、今日は時間大丈夫?」
「…ええ。門限までに帰れば」

わたしがうなずくと、ヨシキさんは首都高速にクルマを乗り入れた。
昨日ふたりで見たような綺麗なトワイライトが目の前に広がり、灯りはじめた街の光が、フロントガラスから左右に分かれて流れていく。緩やかなカーブにからだを揺さぶられ、タイヤからわずかに伝わってくる振動が、心地いい。
しばらくの間、ヨシキさんは本題の前振りのように、イベントや昨日の撮影のことを話していた。

「今日はごめんな」

頃合いを見計らって、ヨシキさんがようやく話を切り出してきた。

「なにがですか?」
「写真撮りにいけなくて」
「…いえ」
「凛子ちゃんを巻き込みたくなかった」
「え? なににですか?」

ヨシキさんは少し考えて答える。

「人間関係、とかに」
「人間関係?」
「オレの周りっていろいろウザくってさ。凛子ちゃんには迷惑かけたくないし。だから今日はイベントで、声かけなかったんだ。いや、声かけられなかったってのが正しいかな」
「…それは、百合花さんや魔夢さんと関係あるんですか?」
「まあ… ね」
「それとも、美咲さん?」
「それもあるけど…」
「いったいどんな『人間関係』なんですか?」
「聞いたところで、凛子ちゃんが不愉快な思いするだけだよ」
「そうやってはぐらかされる方が、よっぽど不愉快なんですけど」
「…」
「そんなに都合の悪いことなんですか? 言ってくださってもわたし、平気ですから」
「オレは凛子ちゃんとの関係を、なにより大事にしたいんだ。だから言えない」
「そこまで言って教えてくれないなんて、そんなのずるいです。卑怯です」

わたしがなじると、ヨシキさんは口を噤み、じっとハンドルの先を見つめた。
気がつけばクルマは東京湾のすぐ横を走っていて、左右には工場のプラントや大きなタンクなんかが見えている。首都のイルミネーションは遥か右手のうしろに遠ざかりつつあった。

次のランプが近づくと、ヨシキさんはウインカーを出した。
首都高速を降りた『TOYOTA bB』は、倉庫街を抜け、対岸に港の明かりが見える臨海公園の駐車場で、静かに止まった。

つづく
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

妻の遺品を整理していたら

家紋武範
恋愛
妻の遺品整理。 片づけていくとそこには彼女の名前が記入済みの離婚届があった。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

女子小学五年生に告白された高校一年生の俺

think
恋愛
主人公とヒロイン、二人の視点から書いています。 幼稚園から大学まである私立一貫校に通う高校一年の犬飼優人。 司優里という小学五年生の女の子に出会う。 彼女は体調不良だった。 同じ学園の学生と分かったので背負い学園の保健室まで連れていく。 そうしたことで彼女に好かれてしまい 告白をうけてしまう。 友達からということで二人の両親にも認めてもらう。 最初は妹の様に想っていた。 しかし彼女のまっすぐな好意をうけ段々と気持ちが変わっていく自分に気づいていく。