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level 12
「新しい自分を発見したみたいで気分があがります」
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そんな人がいきなりわたしの目の前に現れて、話しかけてくるなんて。
このスタジオに、なにか用事があって来たのかな?
思いもかけないできごとに、わたしはすっかり混乱してしまったが、とりあえず、差し出された手を握り返すことはできた。とても細くて、折れてしまいそうなその指は、美しい彫刻が命を持ったみたいにすべらかで、手入れが行き届いていた。
「はっ、はじめまして。島津凛子です。森田さんのことはテレビで拝見していて、綺麗だなって思っていて、お会いできて光栄です」
「ありがと。あなたみたいな若い人にそう言ってもらえて、嬉しいわ」
ニッコリ微笑んで、彼女は応える。
なんて素敵な微笑み。
とっても親しみのある笑顔なのに、凛とした気品を漂わせていて、どこか威圧感さえ感じる。
これが一流のモデルさんの放つオーラなのか。
惹かれる。
「ヨシキくんの言うとおり、綺麗な人ね」
「え?」
「あなたの話… あ。『凛子ちゃん』って呼んでいい?」
「あ、はい」
「凛子ちゃんの話は、ヨシキくんから聞いてるわ。『容姿端麗な島津のお姫さま』ってね」
張りのある声で少しおどけながら、森田さんは軽く肩をすくめる。
そんな仕草が、おとなの女性と思えないくらい、可愛らしかった。
「今日はヨシキくんとコンポジ撮影でしょ。あたしにも見学させてね」
「コンポジ撮影?」
「ああ。モデルの宣伝用写真の撮影のこと」
「あ、いえ。わたしはまだ、モデルになると決めたわけではないですけど…」
「ふうん…」
訝しげにわたしを見つめた森田さんは、かすかに首を傾げた。
「ま、いいわ。それより凛子ちゃん、今すっぴんでしょ? 軽くメイクしといた方が、写真映えするわよ」
「それが… わたしまだ、メイクは上手くできなくて」
「いいわ。あたしがやってあげる。さ、こっちに来て」
「えっ? そんな… いいんですか?」
「遠慮なんかいらないわよ」
あまりのおこがましさに腰が引けそうになったわたしの肩をポンと叩くと、森田さんは優しく微笑みかけてくれた。
そのままわたしをドレッサーの前に座らせると、化粧液をコットンに含ませる。
「あら。シミひとつない綺麗な肌ね。
10代の健康な肌は最大の武器だから、あまりベタベタ塗らないで、眉毛をちょっと整えて、軽くシャドウとルージュ引くだけでいいわね。
髪もつやつやのストレートで、こんなにキューティクルができて、羨ましいわ」
化粧水で軽く顔を押さえたあと、ふんわりとファンデーションで肌理を整え、手際よくアイシャドゥや口紅を塗っていく。
目を閉じて、わたしはされるままになっていた。
お化粧の甘い香りと、ルージュの艶やかな感触。
経験したことのない、おとなな世界を垣間見ているようで、気分が昂揚してくる。
スタジオの方でも、ストロボの発光テストをしているらしく、時折パッと白く輝く光が漏れてきて、“ピピピピ”と、電子音が聞こえてくる。
『これから撮影なんだ』
実感が込み上げてきて、緊張も高まる。
「うん。とってもよくなったわ」
森田さんの言葉に、わたしは恐る恐る、鏡をのぞきこんだ。
…きれい。
見慣れたはずの自分の顔が、よそゆき顔に変わっていて、まるで雑誌のモデルみたい。
ほのかにチークを入れたせいか、血色がよく、表情がいきいきして見えて、それがきりりと引き締まった紅い口紅と、よく似合う。
眉毛を整えたおかげで、野暮ったさが消えて、洗練されたような気がする。
ほんのちょっとしたメイクで、女の子ってこんなに変われるのか。
新しい自分を発見したみたいで、気分があがる。
「あの… ありがとうございます」
「いいのよ。そろそろスタジオの方に行きましょ。もう準備できたみたいよ」
ニッコリと素敵な微笑みを浮かべ、森田さんはわたしをうながした。
つづく
このスタジオに、なにか用事があって来たのかな?
思いもかけないできごとに、わたしはすっかり混乱してしまったが、とりあえず、差し出された手を握り返すことはできた。とても細くて、折れてしまいそうなその指は、美しい彫刻が命を持ったみたいにすべらかで、手入れが行き届いていた。
「はっ、はじめまして。島津凛子です。森田さんのことはテレビで拝見していて、綺麗だなって思っていて、お会いできて光栄です」
「ありがと。あなたみたいな若い人にそう言ってもらえて、嬉しいわ」
ニッコリ微笑んで、彼女は応える。
なんて素敵な微笑み。
とっても親しみのある笑顔なのに、凛とした気品を漂わせていて、どこか威圧感さえ感じる。
これが一流のモデルさんの放つオーラなのか。
惹かれる。
「ヨシキくんの言うとおり、綺麗な人ね」
「え?」
「あなたの話… あ。『凛子ちゃん』って呼んでいい?」
「あ、はい」
「凛子ちゃんの話は、ヨシキくんから聞いてるわ。『容姿端麗な島津のお姫さま』ってね」
張りのある声で少しおどけながら、森田さんは軽く肩をすくめる。
そんな仕草が、おとなの女性と思えないくらい、可愛らしかった。
「今日はヨシキくんとコンポジ撮影でしょ。あたしにも見学させてね」
「コンポジ撮影?」
「ああ。モデルの宣伝用写真の撮影のこと」
「あ、いえ。わたしはまだ、モデルになると決めたわけではないですけど…」
「ふうん…」
訝しげにわたしを見つめた森田さんは、かすかに首を傾げた。
「ま、いいわ。それより凛子ちゃん、今すっぴんでしょ? 軽くメイクしといた方が、写真映えするわよ」
「それが… わたしまだ、メイクは上手くできなくて」
「いいわ。あたしがやってあげる。さ、こっちに来て」
「えっ? そんな… いいんですか?」
「遠慮なんかいらないわよ」
あまりのおこがましさに腰が引けそうになったわたしの肩をポンと叩くと、森田さんは優しく微笑みかけてくれた。
そのままわたしをドレッサーの前に座らせると、化粧液をコットンに含ませる。
「あら。シミひとつない綺麗な肌ね。
10代の健康な肌は最大の武器だから、あまりベタベタ塗らないで、眉毛をちょっと整えて、軽くシャドウとルージュ引くだけでいいわね。
髪もつやつやのストレートで、こんなにキューティクルができて、羨ましいわ」
化粧水で軽く顔を押さえたあと、ふんわりとファンデーションで肌理を整え、手際よくアイシャドゥや口紅を塗っていく。
目を閉じて、わたしはされるままになっていた。
お化粧の甘い香りと、ルージュの艶やかな感触。
経験したことのない、おとなな世界を垣間見ているようで、気分が昂揚してくる。
スタジオの方でも、ストロボの発光テストをしているらしく、時折パッと白く輝く光が漏れてきて、“ピピピピ”と、電子音が聞こえてくる。
『これから撮影なんだ』
実感が込み上げてきて、緊張も高まる。
「うん。とってもよくなったわ」
森田さんの言葉に、わたしは恐る恐る、鏡をのぞきこんだ。
…きれい。
見慣れたはずの自分の顔が、よそゆき顔に変わっていて、まるで雑誌のモデルみたい。
ほのかにチークを入れたせいか、血色がよく、表情がいきいきして見えて、それがきりりと引き締まった紅い口紅と、よく似合う。
眉毛を整えたおかげで、野暮ったさが消えて、洗練されたような気がする。
ほんのちょっとしたメイクで、女の子ってこんなに変われるのか。
新しい自分を発見したみたいで、気分があがる。
「あの… ありがとうございます」
「いいのよ。そろそろスタジオの方に行きましょ。もう準備できたみたいよ」
ニッコリと素敵な微笑みを浮かべ、森田さんはわたしをうながした。
つづく
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