あいつに惚れるわけがない

茉莉 佳

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「本当にこんなことをしてていいのでしょうか?」

『これからは、わたしには嘘をつかないでちょうだい』

前の山口旅行が、ヨシキさんと行ったものだとバレたとき、母はそう釘を刺した。
だけど、『ヨシキさんと箱根に泊まりがけで行ってくる』だなんて、正直には言えない。

『あなたはもう、充分に自分で判断できる歳なんだから、好きにすればいいわ』

あのときはそう宣告されたものの、いざとなれば、わたしが『いい』と判断したことでも、『ダメ』だと言われるに決まってる。
ギリギリまで、わたしは箱根旅行のことは、母に切り出せなかった。

「あ。今日は泊まってきます。明日の夜、門限までには帰ります」

今朝、家を出るとき、見送ってくれた母に、まるでなにかのついでのように、わたしは玄関先で早口で告げた。
一瞬、ぎくりとしたように、母は目を見開いてわたしを見つめた。

『どこに行くの?』
『だれと泊まるの?』

と、根掘り葉掘り訊かれるのを覚悟して、わたしは言い訳やアリバイの台詞を心のなかで繰り返しつつ、その場から逃げるように、そそくさと玄関の引き戸に手をかけた。

「…そう。気をつけてね。いってらっしゃい」

意外にも、母はなにも詮索してこなかった。
すぐに、いつもの澄ました表情に戻って、部活にでも送り出すようにひとことだけ答え、わたしの背中を見送ってくれた。
なんだかすかされたようで、逆に不安になる。
だけど、勘のいい母のことだ。
今回のお泊まりは彼氏といっしょだって、もう気づいてるだろう。

じゃあどうして、なにも訊かないの?
わたしのこと、怒らないの?
どうしてそうやって、スルーできるの?
あのセリフは、ただの脅しじゃなくて、本気だったの?

カーテンを少しだけ開き、わたしは外の景色をうかがった。
漆黒の闇と、静寂。
じっと見つめてると、心がざわつく。

なんだろう、、、
この、焦燥感。

こうしてひとりでいると、不安で押し潰されそうになる。
気持ちを切り替えようと思い、わたしはテーブルに置いてあった部屋のキーをポケットに入れ、そのままの格好で靴を履き、ドアノブに手をかけた。


 夜の湖畔を渡る風は冷たく、冬が間近に迫っているのを感じさせる。
ざわざわと森のこずえが風にそよぎ、月の光が湖の水面みなもで砕けていく。

部屋を抜け出したわたしは、芦ノ湖に面したホテルガーデンを、夢遊病者のようにあてなく歩いていた。
肩を抜ける風が肌を刺し、わたしはブルッとからだを震わせ、ガウンの襟元をきつく閉じた。
もうすっかり、酔いは覚めてしまった。
祭りが終わった夜のように、なんだか虚しくて淋しい。

『凛子。あなたが今してることは、本当に正しいこと?』

心の中の自分が、いきなり問いかけてくる。

どうしてわたしは、こんなとこにいるんだろうか?
わたし、本当にこんなことしてていいんだろうか?

そんな自責の念が、暗闇の底から溢れ出してくる。

もし、あの夏の日に、コスプレイベントに行かなかったら。
ヨシキさんに出会わなかったら、、、

今頃わたしは、大学受験に向けてラストスパートをかけ、相変わらずガリ勉の清廉潔癖な委員長として、クラスをまとめ、友達もいずに恋人もできないまま、もちろん性の悦びを知ることもなく、今までの18年間と同じ生活を続けていたに違いない。

嘘ついて、親を偽って、男の人との情痴に耽り、、、
こんな大胆なこと、しなかったに違いない。
思えば、ずいぶん遠くまで来た気がする。

湖畔を彷徨さまよいながら、わたしはおもい返していった。
この三ヶ月あまりのことを。

『いいじゃん凛子。なにごとも経験よ。やってみれば?』

そう決心して、ノマドさんに個撮を受けるメールを送った、それからの出来事を…

つづく
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