170 / 259
level 18
「本当にこんなことをしてていいのでしょうか?」
しおりを挟む
『これからは、わたしには嘘をつかないでちょうだい』
前の山口旅行が、ヨシキさんと行ったものだとバレたとき、母はそう釘を刺した。
だけど、『ヨシキさんと箱根に泊まりがけで行ってくる』だなんて、正直には言えない。
『あなたはもう、充分に自分で判断できる歳なんだから、好きにすればいいわ』
あのときはそう宣告されたものの、いざとなれば、わたしが『いい』と判断したことでも、『ダメ』だと言われるに決まってる。
ギリギリまで、わたしは箱根旅行のことは、母に切り出せなかった。
「あ。今日は泊まってきます。明日の夜、門限までには帰ります」
今朝、家を出るとき、見送ってくれた母に、まるでなにかのついでのように、わたしは玄関先で早口で告げた。
一瞬、ぎくりとしたように、母は目を見開いてわたしを見つめた。
『どこに行くの?』
『だれと泊まるの?』
と、根掘り葉掘り訊かれるのを覚悟して、わたしは言い訳やアリバイの台詞を心のなかで繰り返しつつ、その場から逃げるように、そそくさと玄関の引き戸に手をかけた。
「…そう。気をつけてね。いってらっしゃい」
意外にも、母はなにも詮索してこなかった。
すぐに、いつもの澄ました表情に戻って、部活にでも送り出すようにひとことだけ答え、わたしの背中を見送ってくれた。
なんだかすかされたようで、逆に不安になる。
だけど、勘のいい母のことだ。
今回のお泊まりは彼氏といっしょだって、もう気づいてるだろう。
じゃあどうして、なにも訊かないの?
わたしのこと、怒らないの?
どうしてそうやって、スルーできるの?
あのセリフは、ただの脅しじゃなくて、本気だったの?
カーテンを少しだけ開き、わたしは外の景色をうかがった。
漆黒の闇と、静寂。
じっと見つめてると、心がざわつく。
なんだろう、、、
この、焦燥感。
こうしてひとりでいると、不安で押し潰されそうになる。
気持ちを切り替えようと思い、わたしはテーブルに置いてあった部屋のキーをポケットに入れ、そのままの格好で靴を履き、ドアノブに手をかけた。
夜の湖畔を渡る風は冷たく、冬が間近に迫っているのを感じさせる。
ざわざわと森の梢が風にそよぎ、月の光が湖の水面で砕けていく。
部屋を抜け出したわたしは、芦ノ湖に面したホテルガーデンを、夢遊病者のようにあてなく歩いていた。
肩を抜ける風が肌を刺し、わたしはブルッとからだを震わせ、ガウンの襟元をきつく閉じた。
もうすっかり、酔いは覚めてしまった。
祭りが終わった夜のように、なんだか虚しくて淋しい。
『凛子。あなたが今してることは、本当に正しいこと?』
心の中の自分が、いきなり問いかけてくる。
どうしてわたしは、こんなとこにいるんだろうか?
わたし、本当にこんなことしてていいんだろうか?
そんな自責の念が、暗闇の底から溢れ出してくる。
もし、あの夏の日に、コスプレイベントに行かなかったら。
ヨシキさんに出会わなかったら、、、
今頃わたしは、大学受験に向けてラストスパートをかけ、相変わらずガリ勉の清廉潔癖な委員長として、クラスをまとめ、友達もいずに恋人もできないまま、もちろん性の悦びを知ることもなく、今までの18年間と同じ生活を続けていたに違いない。
嘘ついて、親を偽って、男の人との情痴に耽り、、、
こんな大胆なこと、しなかったに違いない。
思えば、ずいぶん遠くまで来た気がする。
湖畔を彷徨いながら、わたしは憶い返していった。
この三ヶ月あまりのことを。
『いいじゃん凛子。なにごとも経験よ。やってみれば?』
そう決心して、ノマドさんに個撮を受けるメールを送った、それからの出来事を…
つづく
前の山口旅行が、ヨシキさんと行ったものだとバレたとき、母はそう釘を刺した。
だけど、『ヨシキさんと箱根に泊まりがけで行ってくる』だなんて、正直には言えない。
『あなたはもう、充分に自分で判断できる歳なんだから、好きにすればいいわ』
あのときはそう宣告されたものの、いざとなれば、わたしが『いい』と判断したことでも、『ダメ』だと言われるに決まってる。
ギリギリまで、わたしは箱根旅行のことは、母に切り出せなかった。
「あ。今日は泊まってきます。明日の夜、門限までには帰ります」
今朝、家を出るとき、見送ってくれた母に、まるでなにかのついでのように、わたしは玄関先で早口で告げた。
一瞬、ぎくりとしたように、母は目を見開いてわたしを見つめた。
『どこに行くの?』
『だれと泊まるの?』
と、根掘り葉掘り訊かれるのを覚悟して、わたしは言い訳やアリバイの台詞を心のなかで繰り返しつつ、その場から逃げるように、そそくさと玄関の引き戸に手をかけた。
「…そう。気をつけてね。いってらっしゃい」
意外にも、母はなにも詮索してこなかった。
すぐに、いつもの澄ました表情に戻って、部活にでも送り出すようにひとことだけ答え、わたしの背中を見送ってくれた。
なんだかすかされたようで、逆に不安になる。
だけど、勘のいい母のことだ。
今回のお泊まりは彼氏といっしょだって、もう気づいてるだろう。
じゃあどうして、なにも訊かないの?
わたしのこと、怒らないの?
どうしてそうやって、スルーできるの?
あのセリフは、ただの脅しじゃなくて、本気だったの?
カーテンを少しだけ開き、わたしは外の景色をうかがった。
漆黒の闇と、静寂。
じっと見つめてると、心がざわつく。
なんだろう、、、
この、焦燥感。
こうしてひとりでいると、不安で押し潰されそうになる。
気持ちを切り替えようと思い、わたしはテーブルに置いてあった部屋のキーをポケットに入れ、そのままの格好で靴を履き、ドアノブに手をかけた。
夜の湖畔を渡る風は冷たく、冬が間近に迫っているのを感じさせる。
ざわざわと森の梢が風にそよぎ、月の光が湖の水面で砕けていく。
部屋を抜け出したわたしは、芦ノ湖に面したホテルガーデンを、夢遊病者のようにあてなく歩いていた。
肩を抜ける風が肌を刺し、わたしはブルッとからだを震わせ、ガウンの襟元をきつく閉じた。
もうすっかり、酔いは覚めてしまった。
祭りが終わった夜のように、なんだか虚しくて淋しい。
『凛子。あなたが今してることは、本当に正しいこと?』
心の中の自分が、いきなり問いかけてくる。
どうしてわたしは、こんなとこにいるんだろうか?
わたし、本当にこんなことしてていいんだろうか?
そんな自責の念が、暗闇の底から溢れ出してくる。
もし、あの夏の日に、コスプレイベントに行かなかったら。
ヨシキさんに出会わなかったら、、、
今頃わたしは、大学受験に向けてラストスパートをかけ、相変わらずガリ勉の清廉潔癖な委員長として、クラスをまとめ、友達もいずに恋人もできないまま、もちろん性の悦びを知ることもなく、今までの18年間と同じ生活を続けていたに違いない。
嘘ついて、親を偽って、男の人との情痴に耽り、、、
こんな大胆なこと、しなかったに違いない。
思えば、ずいぶん遠くまで来た気がする。
湖畔を彷徨いながら、わたしは憶い返していった。
この三ヶ月あまりのことを。
『いいじゃん凛子。なにごとも経験よ。やってみれば?』
そう決心して、ノマドさんに個撮を受けるメールを送った、それからの出来事を…
つづく
0
あなたにおすすめの小説
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
診察室の午後<菜の花の丘編>その1
スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。
そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。
「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。
時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。
多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。
この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。
※医学描写はすべて架空です。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。
カレンと晴人はその後、どうなる?
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる