あいつに惚れるわけがない

茉莉 佳

文字の大きさ
230 / 259
level 25

「どこへ向かって突っ走っているかわかりません」

     level 25

 もう1時間くらい、わたしは知らない街角を彷徨っていた。
財布も定期も携帯も持ってきてないから、ほんとうに家まで歩いて帰るしかない。
すれ違う人が振り返って、怪訝そうにわたしを眺めていく。

そりゃそうだ。
日の暮れた冬空の下、ブレザーにミニスカートだけの制服姿は、見るからに寒々しいだろう。

冷たい風が体温を奪う。
指先がかじかんで痺れる。
トボトボと歩きながら両手を口元に当て、少しでも暖かくなるよう、わたしは息を吹きかけてみる。
真っ白な吐息が、寒空に消えていく。
舗道の端に残った雪がシャーベット状になり、ローファーの底から滲みてきて足先を濡らし、からだを芯から凍えさせて、つま先の感覚がなくなっていく。

あてもなく歩きながら、わたしの頭の中にはこの半年間のことが、何度も何度もリフレインしていた。
その都度、自分に問うてみる。
梅雨明けの蒸し暑い日。
あのときのわたしは、確かに自分を変えたくて、『コスプレ』という、知らない世界に飛び込んだ。
だけど、わたしがなりたかったのは、本当に今の自分なんだろうか?

寒さで頭が冷えてくると、さっきまでの血気にはやった気持ちも醒めてくる。
この数ヶ月、確かにわたしは自分を見失っていた。
みんなが言うように、言葉遣いも乱れてきたし、コスプレに染まっていけばいくほど、どんどん汚れて堕ちていくのを、自分でも感じていた。

別に、コスプレが悪いわけじゃない。
だけど、『素敵レイヤー』『大物レイヤー』と周囲から称賛され、カメコからどんなに個撮の依頼が来たって、気持ちが報われることはなかった。
報われないと思ってみても、自分じゃもう、どうすることもできなかった。
とにかく突っ走るしかなかった。
エンジンはフル回転してるのに、ハンドルの壊れたクルマのように、どこへ向かって突っ走っているかわからない。

いったいどこから…
どこからどうやり直せば、わたしは自分らしい道に戻れるんだろ。
寒空に向かって、わたしは大きくため息つき、自嘲するかのように、ひとことつぶやいた。

「『狂夜ビッチ化』、かぁ、、、
うまいこと言うわよね」



 そのあとは、どこをどう歩いたか、覚えていない。
気がつくとわたしは、瀟洒しょうしゃな洋館の前に立っていた。

ここは、、、
森田美湖さんの家。
灯りがついてる。
みっこさん、家にいるんだ。


「凛子ちゃん? どうしたの、その寒そうな格好は? さ、入ってよ」

思い切って呼び鈴を鳴らすとみっこさんが出てきて、わたしの格好を見て驚き、家の中に招き入れてくれた。
リビングにわたしを通すと、暖炉の前に座るように勧めてくれ、紅茶をれるために、キッチンへ立った。
煉瓦作りのマントルピースには、たくさんの新しい薪がくべられていて、オレンジ色の炎が燃え盛っている。

…あったかい。
ほっとするぬくもり。
凍りついた全身の細胞がさらさらと解けていき、生き返った気がする。

「そういえば、『冬になったらいっしょに、暖炉の前でなごもう』って、言ったことあったわね。凛子ちゃんがはじめて、ここにレッスンに来た日だったかな」

コクンコクンと、わたしが紅茶を飲むのをじっと見つめながら、みっこさんは懐かしむように言った。

「…そうでした。
『暖炉ってすごく癒し効果があるから、揺れる炎を見ながらココアとか飲んでると、仕事の疲れなんて忘れちゃう』って、みっこさんおっしゃっていました」
「そうだったわね」
「あの…」

紅茶を飲んで、からだが温まってくると、気持ちも正気に戻ってくる。
カップをソーサーに戻しながら、わたしは頭を下げて謝った。

つづく
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

妻の遺品を整理していたら

家紋武範
恋愛
妻の遺品整理。 片づけていくとそこには彼女の名前が記入済みの離婚届があった。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

**俺、東大院生の実験対象にされてた。**同居している美人家庭教師のやばい秘密

まさき
恋愛
 俺は今、東大院生の実験対象になっている。  ある雨の夜、アパートの前にずぶ濡れの美女が立っていた。  「家庭教師です。住まわせてください」  突然すぎる申し出に困惑しながらも、なぜか断れなかった。  桐島咲楽、東大大学院生。成績は天才、料理は壊滅的、距離感はおかしい。毎日転ぶ、焦がす、なぜか距離が近い。そのくせ授業は鬼のように丁寧で、俺のことを誰よりもよく見ていた。  偏差値42だった俺の成績は、気づけば上がっていた。でも、それより気になることがある。  咲楽さんが、研究ノートに何かを書いている。「被験者」という文字が、見えた気がした。  距離が近いのは、データのためか。褒めてくれるのは、実験のためか。でも、あの顔は。あの声は。  「データじゃなくて、私がそう思っています」  嘘をついているような顔じゃなかった。  偏差値42の俺に、東大院生の美女が押しかけてきた。ドタバタな毎日の中で、俺の心臓が休まる暇がない。これはドキドキなのか、心配なのか。それとも、もう恋なのか。  不器用な天才と、鈍感な高校生の、やばい同居生活。