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june 4
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「傷つくって、、、 どういう事だ?」
「恋ってのは相手に対する独占欲で、『独り占めしたい』って気持ちは、相手の都合を無視した、自分のわがままだろ?
そんな自分勝手な気持ちを一方的に押しつけるのは、相手を傷つける事になるじゃないか」
「ほ~ん」
「ぼくはいつだって、彼女には幸せでいてほしいんだ。相手の幸せを願う事が『愛』ってもんだろ。ぼくは自分の欲求を押し通す様な恋より、ひとつ上の次元の愛で、彼女を見守っていきたいんだ」
「ま~た、わけわかんね~理屈こねてるな~」
「女ったらしのおまえに、愛を語る資格なんてないよ」
「そっか~。おまえにとっちゃ、セックスって『愛』じゃね~んだ」
「当たりまえだろ。セックスなんていう、肉欲的で本能的な衝動を理性で抑えてこそ、本当の愛は成し遂げられるんだよ」
「あ~、無理。それならオレ、愛なんていらね~わ」
「それはおまえの自由だよ。ぼくにはぼくの恋愛観があるんだから、お互い不干渉って事でいいだろ」
「まあな。オレは女と楽しくデートして、気持ちよくおっぱいに埋もれて、セックスしまくって、そいつの笑顔を四六時中見てられるくらいに側にいてやって、リア充になる道を選ぶよ」
「おまえらしいよ。その生き方」
「でも後悔すんなよ。あさみちゃんが他の男とくっついても」
「だいたい、あさみさんはぼくにとって、天使の様な崇高で大切な存在で、ぼくなんかの手の届く人じゃないんだ。
あさみさんが選ぶ男なら、きっと最高の男だよ。そいつと結ばれるのがあさみさんの幸せなら、ぼくは彼女の恋が上手くいく様、祈るだけだよ」
「なにそれ? 神格化してんの? ありえね~」
「だから、おまえの感覚だけで決めつけんなよ。彼女はほんとに美しくて、清楚で、地上に舞い降りた天使そのものなんだ。ぼくにとっちゃ、 穢しちゃいけない存在なんだよ」
「ふうん… ま、男には人生の中で『女神』がふたりいるって事だな」
「ふたりの女神?」
「おかんと初恋の人さ。このふたりだけは他の女達と違って、男にとって『特別な存在』って事。
わかったよ。おまえは自分の愛を信仰してればいいさ」
『特別な存在』
…そうなのか?
まさるが帰った後、ようやく静かになったひとりの病室で、ぼくはヤツがまき散らした情報を、一生懸命整理していた。あまりにいっぺんにインプットされたものだから、頭の中がオーバーフローしちゃって、わけわかんなくなっている。
「萩野あさみ… さん。か…」
こっそり名前を呼んでみる。
まさるがぼくの断りもなしに勝手に調べて、教えてもらったってのは納得いかないけど、彼女にふさわしい、綺麗な名前だ。
活泉女学院って言えば、名前だけは聞いたことがあるが、隣街の伝統あるミッション系の女子校だ。
まさに、清楚で上品な萩野さんにぴったりの学校じゃないか。まさるのヤツはいい加減なスリーサイズを推測していたけど、身長はぼくの予測とドンピシャだったな。さすが自分。
エレクトーン弾くのが趣味だっていうけど、好きなシンガーの曲とか弾いて楽しんでるんだろうな。
『オフコース』なんて、確か70年代のフォークグループだったと思うけど、曲はほとんど聴いたことがないから、今度You Tubeで検索してみよう。こういう時はiPhoneって便利だな。
だけど、どんなにデータを集めても、そんな『カタログ数値』じゃ、あさみさんの魅力を語る事なんてできない。
まさるの言うとおり、確かにぼくはあさみさんの事を、半ば神格化し、過度に崇めているのかもしれない。
ヤツからすれば、あさみさんもそこらの女子高生と同じ、『ただの女』にしか見えないんだろう。
けど、ぼくにはそれが耐えられない。
この初恋は一生一度のもので、彼女はぼくの中ではずっと美しいままの存在なのだ。
ただ、それがぼくの主観の中だけの存在であるのも、確かだ。
ぼくは彼女の本当の姿を知らないし、彼女もぼくの事を知らない。
まさるの言う様に、あさみさんに告白とかして、彼女に近づいていくのは、ぼくの初恋を貶める事になる危険を孕んでいる。
『萩野あさみ』という『ただの女』に、ぼくが勝手にかぶせた『理想』という金色のメッキが、ぼくの初恋の正体だとしたら…
彼女の事を深く知る事で、そのメッキがボロボロとハゲ落ち、下から彼女の本当の、ドロドロとした醜い姿が現れてくる事が、ぼくはなによりも怖い。
違う!
あさみさんはただの女なんかじゃないし、ドロドロした姿なんて、ない!
彼女は本当に純粋で、清らかな存在なのだ!
でも、あさみさんの事は忘れた方がいいのかもしれない。
結核で入院している様なぼくには、彼女に恋する資格なんてない。
まして、高嶺の花の彼女とつきあうなんて、そんなおこがましい事はできっこない。
彼女にとってぼくはいつも、マスク姿でバス停に突っ立っているだけの、ぶざまな存在。
いや。
その『存在』さえ、彼女は認識していないかもしれない。
だったら、彼女の事はぼくの青春時代の清らかな初恋の宝物として、心の底にしまっておいた方がいい。
これ以上、むやみに彼女に近づいて、理想の恋を現実で壊すのはよそう。
そうは思ってみても、やっぱり心のどこかで『彼女にもっと自分の事を知ってもらいたい、彼女の事をもっと知りたい』と叫ぶなにかがいる。
そんな理想と現実の 間の葛藤で、その夜は全然眠れなかった。
『オフコース』の曲の中に、『眠れない夜』というのがあったが、まさにそんな感じ。
美しく澄んだ、そして切ないボーカルの曲を、You Tubeで何度も何度も聴きながら、寝落ちするまでぼくは、萩野あさみさんの事を考えていた。
つづく
「恋ってのは相手に対する独占欲で、『独り占めしたい』って気持ちは、相手の都合を無視した、自分のわがままだろ?
そんな自分勝手な気持ちを一方的に押しつけるのは、相手を傷つける事になるじゃないか」
「ほ~ん」
「ぼくはいつだって、彼女には幸せでいてほしいんだ。相手の幸せを願う事が『愛』ってもんだろ。ぼくは自分の欲求を押し通す様な恋より、ひとつ上の次元の愛で、彼女を見守っていきたいんだ」
「ま~た、わけわかんね~理屈こねてるな~」
「女ったらしのおまえに、愛を語る資格なんてないよ」
「そっか~。おまえにとっちゃ、セックスって『愛』じゃね~んだ」
「当たりまえだろ。セックスなんていう、肉欲的で本能的な衝動を理性で抑えてこそ、本当の愛は成し遂げられるんだよ」
「あ~、無理。それならオレ、愛なんていらね~わ」
「それはおまえの自由だよ。ぼくにはぼくの恋愛観があるんだから、お互い不干渉って事でいいだろ」
「まあな。オレは女と楽しくデートして、気持ちよくおっぱいに埋もれて、セックスしまくって、そいつの笑顔を四六時中見てられるくらいに側にいてやって、リア充になる道を選ぶよ」
「おまえらしいよ。その生き方」
「でも後悔すんなよ。あさみちゃんが他の男とくっついても」
「だいたい、あさみさんはぼくにとって、天使の様な崇高で大切な存在で、ぼくなんかの手の届く人じゃないんだ。
あさみさんが選ぶ男なら、きっと最高の男だよ。そいつと結ばれるのがあさみさんの幸せなら、ぼくは彼女の恋が上手くいく様、祈るだけだよ」
「なにそれ? 神格化してんの? ありえね~」
「だから、おまえの感覚だけで決めつけんなよ。彼女はほんとに美しくて、清楚で、地上に舞い降りた天使そのものなんだ。ぼくにとっちゃ、 穢しちゃいけない存在なんだよ」
「ふうん… ま、男には人生の中で『女神』がふたりいるって事だな」
「ふたりの女神?」
「おかんと初恋の人さ。このふたりだけは他の女達と違って、男にとって『特別な存在』って事。
わかったよ。おまえは自分の愛を信仰してればいいさ」
『特別な存在』
…そうなのか?
まさるが帰った後、ようやく静かになったひとりの病室で、ぼくはヤツがまき散らした情報を、一生懸命整理していた。あまりにいっぺんにインプットされたものだから、頭の中がオーバーフローしちゃって、わけわかんなくなっている。
「萩野あさみ… さん。か…」
こっそり名前を呼んでみる。
まさるがぼくの断りもなしに勝手に調べて、教えてもらったってのは納得いかないけど、彼女にふさわしい、綺麗な名前だ。
活泉女学院って言えば、名前だけは聞いたことがあるが、隣街の伝統あるミッション系の女子校だ。
まさに、清楚で上品な萩野さんにぴったりの学校じゃないか。まさるのヤツはいい加減なスリーサイズを推測していたけど、身長はぼくの予測とドンピシャだったな。さすが自分。
エレクトーン弾くのが趣味だっていうけど、好きなシンガーの曲とか弾いて楽しんでるんだろうな。
『オフコース』なんて、確か70年代のフォークグループだったと思うけど、曲はほとんど聴いたことがないから、今度You Tubeで検索してみよう。こういう時はiPhoneって便利だな。
だけど、どんなにデータを集めても、そんな『カタログ数値』じゃ、あさみさんの魅力を語る事なんてできない。
まさるの言うとおり、確かにぼくはあさみさんの事を、半ば神格化し、過度に崇めているのかもしれない。
ヤツからすれば、あさみさんもそこらの女子高生と同じ、『ただの女』にしか見えないんだろう。
けど、ぼくにはそれが耐えられない。
この初恋は一生一度のもので、彼女はぼくの中ではずっと美しいままの存在なのだ。
ただ、それがぼくの主観の中だけの存在であるのも、確かだ。
ぼくは彼女の本当の姿を知らないし、彼女もぼくの事を知らない。
まさるの言う様に、あさみさんに告白とかして、彼女に近づいていくのは、ぼくの初恋を貶める事になる危険を孕んでいる。
『萩野あさみ』という『ただの女』に、ぼくが勝手にかぶせた『理想』という金色のメッキが、ぼくの初恋の正体だとしたら…
彼女の事を深く知る事で、そのメッキがボロボロとハゲ落ち、下から彼女の本当の、ドロドロとした醜い姿が現れてくる事が、ぼくはなによりも怖い。
違う!
あさみさんはただの女なんかじゃないし、ドロドロした姿なんて、ない!
彼女は本当に純粋で、清らかな存在なのだ!
でも、あさみさんの事は忘れた方がいいのかもしれない。
結核で入院している様なぼくには、彼女に恋する資格なんてない。
まして、高嶺の花の彼女とつきあうなんて、そんなおこがましい事はできっこない。
彼女にとってぼくはいつも、マスク姿でバス停に突っ立っているだけの、ぶざまな存在。
いや。
その『存在』さえ、彼女は認識していないかもしれない。
だったら、彼女の事はぼくの青春時代の清らかな初恋の宝物として、心の底にしまっておいた方がいい。
これ以上、むやみに彼女に近づいて、理想の恋を現実で壊すのはよそう。
そうは思ってみても、やっぱり心のどこかで『彼女にもっと自分の事を知ってもらいたい、彼女の事をもっと知りたい』と叫ぶなにかがいる。
そんな理想と現実の 間の葛藤で、その夜は全然眠れなかった。
『オフコース』の曲の中に、『眠れない夜』というのがあったが、まさにそんな感じ。
美しく澄んだ、そして切ないボーカルの曲を、You Tubeで何度も何度も聴きながら、寝落ちするまでぼくは、萩野あさみさんの事を考えていた。
つづく
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