Campus91

茉莉 佳

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01 PERKY JEAN

PERKY JEAN 5

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「みっこは彼氏、いないの?」
唐突に、そんなことを訊いてしまう。
自分でもちょっとびっくり。
ずっと、気になってたことだからかもしれない。
『意外』といった顔をして、彼女はわたしを見た。
「そんなの、いないわよ」
「うそぉ。あなたみたいに綺麗な女の子だったら、恋人いないって方が不思議よ」
「綺麗だから性格もいいって、限らないんじゃない?」
「あ。それは言えてるかも。みっこって、言いたいことをズバズバ言いすぎるもんね」
「そ… そうかな? ごめん。気にさわったなら気をつける」
なぜか少しあわてた口調で、みっこは謝った。
別に、気をつけてもらったりしなくていいんだけど…
そのよそよそしい謝り方のほうが、わたしには気にさわる。
少し躊躇ためらったあと、みっこは逆に訊いてきた。
「さつきの方こそ、恋人、いるの?」
「え、わたし? わたしは… そりゃほしいなって思うことはあるけど…
わたしって読書くらいしか趣味ないし、ファッションとかおしゃれとか疎いし、自分に自信がなくて…」
「あら? さつきって可愛いわよ。女の子らしいし料理も上手だし、胸も大っきいし」
「えっ? そっ、そんなことないよ」
「でも、恋したことは、あるんでしょ?」
「ん~。そりゃあるにはあるけど…
まだ、恋に恋してるってのかなぁ。高校の頃に好きな人はいたけど、見てるだけで話もほとんどできなかったし、告白しようと思っても、なんだか怖くて。
それに、好きとか嫌いの前に、男の人ってよくわかんないのよ」
「ふうん・・・ そんなものなの?」
「いいじゃない。そんなものよ!」
「そっか。さつきって、男の子のこと、わからないんだ」
「もうっ。その話題は忘れて! だいたいわたしは、みっこのこと聞いてるのよ」
「あたしは…」
最後のひとくちの紅茶を飲みほすと、みっこは遠い水平線に視線を移しながら言った。
「あたしはまだ、心から好きになれる男の人に、出会ったこと、ない…」
「恋したこと、ないの?」
彼女は黙っている。
今までの明るさは影をひそめ、はじめて会ったときに見せた厳しい横顔と、追いつめられたような眼差し。
しばらく虚空を見つめ、みっこはポツリと答えた。
「…あるわ」
「え。あるの? どんな人?」
「…」
「その人とはどうなったの?」
「この話はもう、やめよ?」
「ご、ごめん」
「ううん。いいの」
そう言うとみっこはいきなり立ち上がって、なぎさへかけ出した。一瞬よぎった心のかげりを、かき消そうとするように。
「そのうち話すわ。今はなにも考えないで、海で遊びましょ」
波打ち際を走りながら、みっこは振り向いて手を振る。少し強くなった波が、彼女のからだで砕け、ビーズの様な水玉が空に跳ねた。



「さつき。今日の晩ごはん、どうしよっか?」
たっぷり遊んだ後、ビーチボールの空気を抜きながら、みっこは聞いた。
「そうねえ。どこかでなにか食べて帰る?」
「高級フレンチのフルコースなんてどう?」
「ええーっ? なんなのそれ!」
「逆ナンパしよっか」
「逆ナンパァ?」
突然のことにどうリアクションしていいかわからず、びっくりしているわたしの手をとり、みっこはスタスタ歩きだした。

 彼女の向かった先は、例のふたり組の毒々しい紫色のクルマの前。
『ナンパ不発』といった冴えない顔で、サングラスとニキビはクルマのドアにもたれていたが、わたしたちを見てびっくりした様子。
「あれぇ?」
「はぁい」
みっこは愛想よく応えて、軽く手をあげた。
ええっ!
どうしたのみっこ?
さっきは『ゴミ箱』扱いしていた人たちなのに。
「どうした。なんか用か?」
「ひどいあいさつね。せっかくあなたたちのクルマに乗っけてもらおうと思ったのに」
「お、オレ達の?」「俺達の?」
驚くふたりの声がハモった。わたしだっていっしょにハモりそうになったわよ。
「もう先約があるなら、いいんだけどね」
「そっ、そんな事ないサ。あってもおまえなら最優先だゼ」
「さっきは冷たかったのにな、へへへ。いったいどうしたん?」
「気が変わったの。じゃあ、あたしたち着替えてくるから、ちょっと待っててね」
ニヤニヤうなずくふたりに愛想笑いを振りまきながら、みっこは更衣室に向かう。
いったいどうなってるの?
『くだらない男に関わるな』って言ってた彼女が、こんな人達を『逆ナンパ』するなんて。
まさか、ほんとに高級フランス料理のためとか…
「み、みっこ。待ってよ!」
わたしは彼女のあとを追った。すっかりみっこのペース。

つづく
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