Campus91

茉莉 佳

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08 講義室の王女たち

講義室の王女たち 4

“コツコツ”

 研究室の重いチークの扉をノックする音が、人気ひとけのないひんやりとした廊下に響き渡った。
「どうぞ」
扉の向こうから、低い威厳のある声が返ってくる。からだを硬くしながら、わたしはドアノブをまわした。

壁一面の本棚。
分厚い本やレポートが雑多に積み上げられた、大きな古い木製の両袖机。
そこはいかにも『文学者の研究室』という感じで、足を踏み入れただけで、気持ちが引き締まって、緊張してくる。
部屋には先客の若い男性講師がいて、西田教授と話している最中だった。
『ちょっとそこに掛けていてくれないか』とわたしをちらりと見た教授は、隅の椅子を指し、講師に質問を投げかけていた。

「…つまり君は、マスコミが現代の女子大生像を、故意に歪曲していると言いたいんだね」
「いえ。正確に言うとマスコミは、一部の遊んでいる学生をスポイルしているんです。大衆はマスコミに恣意的しいてきにセンセーショナルな取り上げられ方をした、特別な女子学生を見て、歪曲された女子大生像にあおられているんです」
「はたして『特別』と言えるかな? 今の学生が昔に較べて勉強しなくなったのは、事実だよ」
「ぼくが思うには…」
若い講師は、そこで一息ついて話を続けた。
「結局、今の日本には、国を貫く一本の思想がないんです。と言うより、自国の文化を捨ててまで、国も企業も営利の追求に走りすぎたんです。まあ、その点では、『経済至上主義』という思想があるとは言えますが」
「それはわかるよ。だけど、その経済至上主義と女子大生の学力低下が、どう関係するのかね?」
余裕のある微笑みを浮かべた西田教授は、うなずきながら質問した。
「『文化』とは本来、精神的なもので、技術や物質による『文明』と分けて考える必要があるのですが、そこが混乱してしまった。それは企業の過剰な経済活動によって、『文化』が物質的なものとして、消費物に換価されてしまったからです。
今のバブル経済の中で、大衆は、あらゆる文化の価値、芸術品や文化活動でさえも、金銭的な価値に置き換ることを、企業とマスコミによって、繰り返し刷り込まれてしまった。
消費社会の中で、教養や美意識といった、金に換えられない、だが非生産的な価値観は、置き去りにされてしまったのです。
いい例を挙げるなら、あれほど千利休の映画が立て続けに作られたにもかかわらず、茶道の美意識や日本人の美学といったものは顧みられることがなく、茶碗や茶道具の値段ばかりが話題になったに過ぎなかった」
「なるほど」
「営利を追求する企業をスポンサーに持つマスコミは、雑誌やテレビ、映画などのメディアを通して、大衆の欲望を煽り、消費を拡大することで、自ら増殖していかねばならない宿命を背負っています。
今のバブル社会に対して批判的になるのは、その増殖を妨げるという自己矛盾に陥ってしまう。
そうし自浄力をなくし、社会への批判力を失ったマスコミは、『言論の公器』から、ただの『企業の太鼓持ち』に成り下がってしまった。流行の旅番組やグルメ特集にしても、読者や視聴者の奢侈的消費心しゃしてきしょうひしんを煽るだけでしかない」
「つまり君は、マスコミが金儲けの『手段』として、女子大生像を歪曲したと言いたいのだね?」
「そうです。今の女子大生には社会の矛盾が凝縮されています。
現代の社会構造は、女子学生の教養や文化的貢献を必ずしも求めていません。ただ、流行に敏感で消費力の増した女子大生の経済力を、新たな『市場』として開拓しているだけです。
そして、マスコミに感化されて判断力を失った彼女らは、カタログ数値でしか、物や人の価値を判断できない。『三高(高収入、高学歴、高身長)』なんていうのはその典型ではありませんか。
それが結果的に若者の保守回帰を促し、社会の変革を妨げているんです。今の日本はその面で、すでに閉塞状態にあります」
「やれやれ。『消費は美徳』かね。しかし最高学府の大学で、教育が思うようにできないとは、日本の未来は明るくないねぇ。弥生君、君はどう思うかね?」
「は、はい?」

つづく
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