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08 講義室の王女たち
講義室の王女たち 9
「ごめんなさい。遠慮しておくわ」
最後まで言い終わらないうちに、みっこ彼女の言葉を遮った。中原さんの顔が、みるみる青ざめていく。
「ごっ、ごめんなさい。森田さんってプロのモデルさんだから、素人のわたしなんかがこんなことお願いするの、失礼ですよね。本当にごめんなさい」
何度も頭を下げながら、後悔を滲ませるように、彼女は唇を噛んでうつむいた。
「そうじゃなくて… あたしもう、モデル。やめちゃったから…」
「えっ? そうなんですか? どうして…」
「別に。ただ… もう、モデルはしたくないの」
みっこはそう言って、みんなから視線をそらせてしまった。
あの、入学式の日にはじめてあったときの、思いつめた表情がよみがえる。
夏の海で見せたような、厳しいまなざし。
みっこは、カフェテラスのはるか向こうの、わたしたちには見えない、遠いところに目を向けている。
取りつく島もない。
みっこ…
彼女の心がどんどん閉ざされていくのが、今のわたしにはよくわかる。
中原さんになんの悪気はなかったとしても、森田美湖が過去にモデルをやっていたことは、彼女の心の傷をえぐり、痛みを呼び覚ましてしまったんだろう。
森田美湖はこの西蘭女子大に、過去の自分と訣別するためにやって来た。
だから、わたしにも自分の過去を話したがらなかったし、いろいろ打ち明けてくれた学園祭の夜にも、モデルをやっていたことまでは話してくれなかった。
でもそれって、すごく寂しい。
『弥生さつき』って、そんなにあなたの力になってあげられない友だちなの?
あなたがそうしてくれたように、わたしだって、あなたの傷を癒す手伝いをしてあげたい。
例え、わたしにそんな力はなくても、せめて、あなたの迷宮の出口を探す手伝いくらいは、してあげたい。
だけどわたしは、それさえできない程度の存在なの?
『大学生活で自分を変えたかった』って、みっこが本当に思っているのなら,あなたのことを親友だと思っているわたしに、少しくらいは心を開いてほしい。
ミキちゃんやナオミは、そんなみっこの思いつめた様子に気づくこともなく、彼女の切り抜きの入ったクリアファイルを、興奮した様子でめくっている。
そのとなりで、みっことわたしと中原さんの間には、張りつめた時間が流れていた。
緊張に耐えきれないかのように、中原さんは立ち上がり、か細い声で言った。
「本当にごめんなさい、森田さん。わたしこれで失礼します。今日のことは忘れて下さい。ごめんなさい」
そう言いながら中原さんは急いで、クリアファイルをバッグに戻す。
「みっこ… いいの?」
いてもたってもいられない気持ちで、わたしはみっこにささやいたが、その声が届いた様子もなく、彼女は頬杖ついて黙ったまま、窓の外を眺めている。
中原さんはバッグを肩にかけ、席を立って、視線をそらせているみっこにお辞儀をし、立ち去ろうとする。
「みっこぉ!」
あまりにせつなくて、わたしは思わず声を高めてしまった。
「みっこはなにしに福岡へ来たのよ?
この大学で、自分を変えたいんでしょ?!
なのにそうやって、いつまでも殻に閉じこもってちゃ、変わらないわよ。なんにも!
みっこはそれでもいいの?」
言葉に出した瞬間、後悔がよぎる。
それは、彼女の気持ちに土足で踏み込む行為。
そんなことはわかっている。
だけど、わたしは言わずにはいられなかった。
追い討ちをかけるように、わたしは声を張り上げた。
「みっこ!」
「…由貴さん」
おもむろに顔をこちらに向けたみっこは、ため息のようなかすかな声で、中原さんを呼び止めた。背中を向けたままぴくんと肩を震わせた彼女は、その場に立ちすくんだ。
「あたし……」
いったんそこで言葉を区切ったみっこは、心に決めたように、次の言葉をつないだ。
「あたし、なにをすればいい?」
そう言って中原さんを見つめ、ぎこちなく微笑む。
『信じられない』といった表情で中原さんは振り返り、みっこを見つめている。
わたしだって信じられない。
みっこがそんな風に言うなんて。
つづく
最後まで言い終わらないうちに、みっこ彼女の言葉を遮った。中原さんの顔が、みるみる青ざめていく。
「ごっ、ごめんなさい。森田さんってプロのモデルさんだから、素人のわたしなんかがこんなことお願いするの、失礼ですよね。本当にごめんなさい」
何度も頭を下げながら、後悔を滲ませるように、彼女は唇を噛んでうつむいた。
「そうじゃなくて… あたしもう、モデル。やめちゃったから…」
「えっ? そうなんですか? どうして…」
「別に。ただ… もう、モデルはしたくないの」
みっこはそう言って、みんなから視線をそらせてしまった。
あの、入学式の日にはじめてあったときの、思いつめた表情がよみがえる。
夏の海で見せたような、厳しいまなざし。
みっこは、カフェテラスのはるか向こうの、わたしたちには見えない、遠いところに目を向けている。
取りつく島もない。
みっこ…
彼女の心がどんどん閉ざされていくのが、今のわたしにはよくわかる。
中原さんになんの悪気はなかったとしても、森田美湖が過去にモデルをやっていたことは、彼女の心の傷をえぐり、痛みを呼び覚ましてしまったんだろう。
森田美湖はこの西蘭女子大に、過去の自分と訣別するためにやって来た。
だから、わたしにも自分の過去を話したがらなかったし、いろいろ打ち明けてくれた学園祭の夜にも、モデルをやっていたことまでは話してくれなかった。
でもそれって、すごく寂しい。
『弥生さつき』って、そんなにあなたの力になってあげられない友だちなの?
あなたがそうしてくれたように、わたしだって、あなたの傷を癒す手伝いをしてあげたい。
例え、わたしにそんな力はなくても、せめて、あなたの迷宮の出口を探す手伝いくらいは、してあげたい。
だけどわたしは、それさえできない程度の存在なの?
『大学生活で自分を変えたかった』って、みっこが本当に思っているのなら,あなたのことを親友だと思っているわたしに、少しくらいは心を開いてほしい。
ミキちゃんやナオミは、そんなみっこの思いつめた様子に気づくこともなく、彼女の切り抜きの入ったクリアファイルを、興奮した様子でめくっている。
そのとなりで、みっことわたしと中原さんの間には、張りつめた時間が流れていた。
緊張に耐えきれないかのように、中原さんは立ち上がり、か細い声で言った。
「本当にごめんなさい、森田さん。わたしこれで失礼します。今日のことは忘れて下さい。ごめんなさい」
そう言いながら中原さんは急いで、クリアファイルをバッグに戻す。
「みっこ… いいの?」
いてもたってもいられない気持ちで、わたしはみっこにささやいたが、その声が届いた様子もなく、彼女は頬杖ついて黙ったまま、窓の外を眺めている。
中原さんはバッグを肩にかけ、席を立って、視線をそらせているみっこにお辞儀をし、立ち去ろうとする。
「みっこぉ!」
あまりにせつなくて、わたしは思わず声を高めてしまった。
「みっこはなにしに福岡へ来たのよ?
この大学で、自分を変えたいんでしょ?!
なのにそうやって、いつまでも殻に閉じこもってちゃ、変わらないわよ。なんにも!
みっこはそれでもいいの?」
言葉に出した瞬間、後悔がよぎる。
それは、彼女の気持ちに土足で踏み込む行為。
そんなことはわかっている。
だけど、わたしは言わずにはいられなかった。
追い討ちをかけるように、わたしは声を張り上げた。
「みっこ!」
「…由貴さん」
おもむろに顔をこちらに向けたみっこは、ため息のようなかすかな声で、中原さんを呼び止めた。背中を向けたままぴくんと肩を震わせた彼女は、その場に立ちすくんだ。
「あたし……」
いったんそこで言葉を区切ったみっこは、心に決めたように、次の言葉をつないだ。
「あたし、なにをすればいい?」
そう言って中原さんを見つめ、ぎこちなく微笑む。
『信じられない』といった表情で中原さんは振り返り、みっこを見つめている。
わたしだって信じられない。
みっこがそんな風に言うなんて。
つづく
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