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09 Moulin Rouge
Moulin Rouge 13
「藍沢さんよ。俺、今すっごくムカついてるんだ。あんたを殴り倒してしまいたいくらいにな」
最初に口を開いたのは、芳賀さんだった。
「俺はみっこのことを愛している。でもあいつは俺のことなんか、なんとも思ってやしない。
俺がどんなに熱烈に告っても、ただの友だち以上の返事はもらえなかった。
俺にとってあいつは、手に入れられない高嶺の花なんだ。だから今日、あいつからここに誘われたときは、本当に嬉しかった。あんたが現れるまではな」
「芳賀さん…」
ゆっくりと席を立って、ブルゾンの袖に手を通す芳賀さんを見上げ、藍沢氏はポツリとつぶやく。
そんな彼を、怒りと嫉妬の入り交じったような視線で見下ろし、芳賀さんは言った。
「大事にしてやれないんなら、これ以上あいつに近づくんじゃねぇぜ」
「…」
「でも口惜しいが、あいつはまだ、おまえが好きらしい。俺の愛の言葉より、あんたのクソ意地の悪い言葉の方が、あいつには効くもんな」
「…」
「俺の人生の中で、最悪のキスだったぜ」
芳賀さんの言葉を、藍沢氏は黙って聞いている。
「芳賀さん、どこに行くんですか?」
ブルゾンのファスナーを閉め、背中を向けて歩き出した芳賀さんに、わたしは訊いた。
「悪りぃ。俺、かなり落ち込んじまった。今夜はもう帰って寝るわ。じゃあな」
振り向きもせず、右手を軽く上げて、芳賀さんは踊りの群衆の向こうに消えていった。
「芳賀さんの気持ちもわかるな」
肩を落として去っていく芳賀さんを目で追いながら、川島君がつぶやいた。
「彼って結局、好きな人からアテ馬にされただけだろ? それは傷つくよ。森田さんも罪なことしたな」
「そうね…」
その言葉に同意しながら、わたしは別のことを考えていた。
じゃあ、みっこはどうして今夜、『ダブルデート』なんて言い出したんだろ?
ここは『思い出の場所』だって、藍沢氏は言っていた。
今夜、その思い出の「Moulin Rouge」に来ることに、みっことってなにか大切な意味があったの?
そう言えば…
みっこは、ディスコへ行く日にちを決めたとき、
『じゃあ… 12月7日とかどう? ちょうど金曜日だし、遅くまで騒げるわ』と言っていた。
それは「金曜日の夜は騒げるから12月7日がいい」わけじゃなく、「12月7日がたまたま金曜日だった」ってニュアンス。
12月7日のみっこの誕生日。
そして、「Moulin Rouge」。
それにどんな意味があるの?
その時、みっこにぶっ叩かれて以来、すっかり元気をなくしていた藍沢氏が、「ふう」と大きくため息をついた。
「悪かったね。こんな恥ずかしいところを見せてしまって」
「い… いえ」
「七つも年下の子なのに、彼女に対すると、つい、ムキになってしまう。まったくおとなげないな」
「ついムキになるほど、好きなんですね」
慰めとも質問ともつかないことを言いながら、川島君が藍沢氏にグラスを勧めた。
「別れて1年経ったけど、ぼくたちはまだ相手のことを、より、傷つけたがっているんです」
グラスを煽って、藍沢氏はつぶやく。
「芳賀さんの言うとおり、わたし、みっこはまだ藍沢さんのこと、好きなんだと思います。だったらどうしてお互い、傷つけようとするんですか?」
「好きだからこそ、相手のことを傷つけたいんですよ」
「そんなのおかしいです。『好き』って気持ちは、相手を大切にするってことじゃないですか?」
「人の気持ちは、そんな教科書どおりじゃないですよ」
お気に入りの『マンハッタン』を揺らしながら、藍沢氏は続けた。
「ぼくたちはね。ちょうど一年前の今日、まさにみっこの誕生日に、ここで別れたんですよ」
やっぱりそうなんだ。
みっこは今夜、一年前に別れた藍沢氏のことを想って、ディスコに来た。
だけど、『気が滅入るのがわかってて、どうして来ちゃったんだろ』というみっこの言葉から、その『想い』が「未練」や「後悔」に近いものだっていうのは、なんとなく想像できる。
「どうして別れることになったんですか? よりによって、みっこの誕生日になんて」
なんだかやるせなくて、口調もきつくなってしまう。
テーブルに肘をつき、両手を組んで額に当てた藍沢氏は、一年前を思い出すように軽く目を閉じ、おもむろに話しはじめた。
つづく
最初に口を開いたのは、芳賀さんだった。
「俺はみっこのことを愛している。でもあいつは俺のことなんか、なんとも思ってやしない。
俺がどんなに熱烈に告っても、ただの友だち以上の返事はもらえなかった。
俺にとってあいつは、手に入れられない高嶺の花なんだ。だから今日、あいつからここに誘われたときは、本当に嬉しかった。あんたが現れるまではな」
「芳賀さん…」
ゆっくりと席を立って、ブルゾンの袖に手を通す芳賀さんを見上げ、藍沢氏はポツリとつぶやく。
そんな彼を、怒りと嫉妬の入り交じったような視線で見下ろし、芳賀さんは言った。
「大事にしてやれないんなら、これ以上あいつに近づくんじゃねぇぜ」
「…」
「でも口惜しいが、あいつはまだ、おまえが好きらしい。俺の愛の言葉より、あんたのクソ意地の悪い言葉の方が、あいつには効くもんな」
「…」
「俺の人生の中で、最悪のキスだったぜ」
芳賀さんの言葉を、藍沢氏は黙って聞いている。
「芳賀さん、どこに行くんですか?」
ブルゾンのファスナーを閉め、背中を向けて歩き出した芳賀さんに、わたしは訊いた。
「悪りぃ。俺、かなり落ち込んじまった。今夜はもう帰って寝るわ。じゃあな」
振り向きもせず、右手を軽く上げて、芳賀さんは踊りの群衆の向こうに消えていった。
「芳賀さんの気持ちもわかるな」
肩を落として去っていく芳賀さんを目で追いながら、川島君がつぶやいた。
「彼って結局、好きな人からアテ馬にされただけだろ? それは傷つくよ。森田さんも罪なことしたな」
「そうね…」
その言葉に同意しながら、わたしは別のことを考えていた。
じゃあ、みっこはどうして今夜、『ダブルデート』なんて言い出したんだろ?
ここは『思い出の場所』だって、藍沢氏は言っていた。
今夜、その思い出の「Moulin Rouge」に来ることに、みっことってなにか大切な意味があったの?
そう言えば…
みっこは、ディスコへ行く日にちを決めたとき、
『じゃあ… 12月7日とかどう? ちょうど金曜日だし、遅くまで騒げるわ』と言っていた。
それは「金曜日の夜は騒げるから12月7日がいい」わけじゃなく、「12月7日がたまたま金曜日だった」ってニュアンス。
12月7日のみっこの誕生日。
そして、「Moulin Rouge」。
それにどんな意味があるの?
その時、みっこにぶっ叩かれて以来、すっかり元気をなくしていた藍沢氏が、「ふう」と大きくため息をついた。
「悪かったね。こんな恥ずかしいところを見せてしまって」
「い… いえ」
「七つも年下の子なのに、彼女に対すると、つい、ムキになってしまう。まったくおとなげないな」
「ついムキになるほど、好きなんですね」
慰めとも質問ともつかないことを言いながら、川島君が藍沢氏にグラスを勧めた。
「別れて1年経ったけど、ぼくたちはまだ相手のことを、より、傷つけたがっているんです」
グラスを煽って、藍沢氏はつぶやく。
「芳賀さんの言うとおり、わたし、みっこはまだ藍沢さんのこと、好きなんだと思います。だったらどうしてお互い、傷つけようとするんですか?」
「好きだからこそ、相手のことを傷つけたいんですよ」
「そんなのおかしいです。『好き』って気持ちは、相手を大切にするってことじゃないですか?」
「人の気持ちは、そんな教科書どおりじゃないですよ」
お気に入りの『マンハッタン』を揺らしながら、藍沢氏は続けた。
「ぼくたちはね。ちょうど一年前の今日、まさにみっこの誕生日に、ここで別れたんですよ」
やっぱりそうなんだ。
みっこは今夜、一年前に別れた藍沢氏のことを想って、ディスコに来た。
だけど、『気が滅入るのがわかってて、どうして来ちゃったんだろ』というみっこの言葉から、その『想い』が「未練」や「後悔」に近いものだっていうのは、なんとなく想像できる。
「どうして別れることになったんですか? よりによって、みっこの誕生日になんて」
なんだかやるせなくて、口調もきつくなってしまう。
テーブルに肘をつき、両手を組んで額に当てた藍沢氏は、一年前を思い出すように軽く目を閉じ、おもむろに話しはじめた。
つづく
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