Campus91

茉莉 佳

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10 Invitation

Invitation 5

 リビングルームのローテーブルは、すっかりお茶の準備が整っていて、ベルガモットのさわやかな香りが部屋いっぱいに立ちこめている。
お湯が注がれて、柔らかなもやをくゆらせている、『ロイヤル・アルバート』のピンクのティーカップ。
琥珀色の紅茶をたたえたメリオールは、レースのカーテンをとおした日射しに透けて、茶葉リーフが細やかな泡のドレスをまとって、ダンスを踊っているみたい。わたしの焼いたマドレーヌもお洒落なプレートに並べられると、美味しさが増して見える。
窓辺の椅子に腰をおろすと、並べられた食器を見て、わたしは不思議に思って訊いた。
「あれ? カップが1客しか出てない」
マドレーヌの回りにクッキーを並べながら、みっこは答える。
「ん。実はさつきに立ち会ってもらおうかと思って」
「立ち会う?」
みっこはキッチンの食器棚のいちばん奥から、一客のティーカップを取り出した。
『ウエッジウッド』の上品なパウダーブルーのティーカップ。
「このカップ、去年のあたしの誕生日に、直樹さんが贈ってくれたものなの」
え?
わたしはドキリとした。
まさかみっこは、わたしの『立ち会い』のもとに、このカップを割ってしまうつもりなんじゃ…
しかし、彼女はカップを洗うと、宝物を扱うように、丁寧に拭きあげた。
「あたしってバカよね。あの人から最後にもらったこのカップを見るのがイヤで、何度も、捨ててしまおう。でなきゃ、家の食器棚の奥にでもしまっておこうって思ってたのに、わざわざ福岡こちらにまで、持ってきちゃってる」
紅茶を注ぎながら、みっこはじっと『ウエッジウッド』のティーカップを見つめた。
「もらってから一度も使えなかった。取り出して見る気にさえなれなかった。
だけど今日、はじめてこのカップで、お茶を飲みたいなって思えたの」
「それって、藍沢さんのこと、いい吹っ切れたってこと?」
「まだ、よくわかんない。でもひとつわかるのは、あたしこれからは、今までとは違った気持ちで、あの人のことを考えられそうだってこと。
昨日までは、なんとかして忘れようってムキになってたんだけど、そんな必要はなかったのかもしれない」
「みっこ…」
「今日はなんだかとっても、あの人が愛しいの。だけど不思議なくらい、執着がないの。
こんなに穏やかな気持ちで、あの人のことを考えられたのは、はじめて。
だから今日は、その記念」
そう言って彼女はカップを手に取り、少しうつむきながら口づけて、コクンとひとくち飲んだ。
それを見ていたわたしは、昨夜からのもやもやした霧が、すうっと晴れていくような気がした。
みっこは今、ひとつの想いを乗り越えられたのかもしれない。
「ね。藍沢さんとのこと、もっと話してもいい?」
「え? う、うん。もちろん…」

意外。
みっこの方から『話していい?』だなんて…

「そう言ってくれて、なんか、嬉しいよ」
わたしが言うと、みっこはまぶしそうに目を細めて、微笑みながらうなずいた。

つづく
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