134 / 300
12 CANARY ENSIS
CANARY ENSIS 9
「失礼ね。『完璧なプロ根性』と呼んでほしいのに」
そう言ってむくれるみっこを見て、藤村さんはさらに愉快になったらしい。
「あははは。彼女のわがままにまともにつきあえるのは、星川さんくらいしかいないよな。みっこちゃんはファザコンの気があるし、星川さんはロリコンだから、ちょうど気が合うのかな?」
「あたし、ファザコンじゃないもん」
「失礼ね。私もロリコンなんかじゃないわ」
みっこと星川先生は、いっしょになって反論する。星川先生は笑いながら続けた。
「でも私。みっこちゃんを撮るのは大好きよ。去年は寂しかったけど、あなたがモデルに戻ってきてくれて、本当に嬉しいわ」
「ありがと、センセ」
はにかみながら肩をすくめてみっこは言うと、藤村さんの方に向き直った。
「文哉さんも、少しはあたしがモデルに復帰したことを、喜んでくれたらどうなの? 意地悪なことばっかり言うんだから」
「はははは。もちろん喜んでいるよ。こうやってまた、お姫様といっしょに仕事できて、天にも昇る気持ちだよ」
「もうっ。な~んか白々しいんだから」
プンとすねた振りをして、みっこは伊勢エビのはさみで、藤村さんの鼻をつまんだ。
そうか。
このメンバーって、古くからの仕事仲間だったのね。
みんな冗談を交わしながらも、お互いを尊敬しあい、信頼している感じがする。
そのとき、わたしの隣に座っていたメイクの仲澤さんが、ポツリとつぶやいた。
「わたし、ほんとはすごく、緊張しているの」
「え?」
わたしは彼女を見た。ソバージュヘアの陰から、かがり火に仄かに照らされた不安げな表情が、ちらりとのぞく。
「わたしまだ23歳なのに、こんな大きな仕事を任されて、うまくやれるかどうか… 森田さんって厳しそうだし」
「心配いらないわよ」
テーブル越しにみっこが身を乗り出して、仲澤さんの手をポンポンとたたいた。
「あたし、仲澤さんのセンスって、とってもいいと思うわ。新鮮で、品がよくて、魅力的で。
抜擢されたのもわかるわ。アルディア化粧品の夏キャンのメイクなんて、だれもが望んでできる仕事じゃないんだから、自信を持って、いっしょに頑張ろ!」
みっこが仲澤さんを見つめて微笑むと、彼女もコクンとうなずき、明るい表情になった。
みっこはいつだって、ムードメーカーになるのが上手。
「みっこちゃんはわがままなようで、いつでも回りに気を遣っているんだよ」
みっこに気づかれないよう、藤村さんはそっとわたしにささやいた。
パーティがわりのディナーがお開きになったのは、夜の8時頃。
今日一日、遊び回ったわたしたちは、明日からの撮影に備えて、早めにそれぞれの部屋へ引き上げることになった。
ロビーでおやすみの挨拶をしたあと、みんなそれぞれの部屋に分かれていく。みっこはメイクの仲澤さんと同室することにし、ふたりで階段を上がっていった。
「さつきちゃん、行こうか」
だれもいなくなったロビーで、川島君の声だけが、やたらと響く。
その言葉に、ドキッと心臓がひとつ鳴り、わたしは昼間のことを思い出した。
『あなたたちはいっしょの部屋でいい?』
みっこはそう言って、わたしたちにルームキーをひとつ差し出した。
『え? わたしと川島君が、同じ部屋?』
『ええ』
『あの…』
『いいですよ』
鍵を受け取るのを戸惑っているわたしの横から、川島君がそう言って、手を伸ばした。
あのときからわたしは、この瞬間が来るのを心待ちにしていた反面、怖くて逃げ出したくもあったんだ。
はじめてキスをしたディスコでの夜から、わたしと川島君の関係は、また少しずつ変わりはじめたように感じていた。
川島君は相変わらずやさしく、あったかい微笑みも、以前と少しも変わらない。
喫茶店で向かい合ってのおしゃべりも、わたしが憧れていたような恋人同士そのもので、わたしは満たされていたはず…
…なんだけど、心の…
ううん…
からだのどこかに、もやもやとしたものが、溜まりはじめていた。
つづく
そう言ってむくれるみっこを見て、藤村さんはさらに愉快になったらしい。
「あははは。彼女のわがままにまともにつきあえるのは、星川さんくらいしかいないよな。みっこちゃんはファザコンの気があるし、星川さんはロリコンだから、ちょうど気が合うのかな?」
「あたし、ファザコンじゃないもん」
「失礼ね。私もロリコンなんかじゃないわ」
みっこと星川先生は、いっしょになって反論する。星川先生は笑いながら続けた。
「でも私。みっこちゃんを撮るのは大好きよ。去年は寂しかったけど、あなたがモデルに戻ってきてくれて、本当に嬉しいわ」
「ありがと、センセ」
はにかみながら肩をすくめてみっこは言うと、藤村さんの方に向き直った。
「文哉さんも、少しはあたしがモデルに復帰したことを、喜んでくれたらどうなの? 意地悪なことばっかり言うんだから」
「はははは。もちろん喜んでいるよ。こうやってまた、お姫様といっしょに仕事できて、天にも昇る気持ちだよ」
「もうっ。な~んか白々しいんだから」
プンとすねた振りをして、みっこは伊勢エビのはさみで、藤村さんの鼻をつまんだ。
そうか。
このメンバーって、古くからの仕事仲間だったのね。
みんな冗談を交わしながらも、お互いを尊敬しあい、信頼している感じがする。
そのとき、わたしの隣に座っていたメイクの仲澤さんが、ポツリとつぶやいた。
「わたし、ほんとはすごく、緊張しているの」
「え?」
わたしは彼女を見た。ソバージュヘアの陰から、かがり火に仄かに照らされた不安げな表情が、ちらりとのぞく。
「わたしまだ23歳なのに、こんな大きな仕事を任されて、うまくやれるかどうか… 森田さんって厳しそうだし」
「心配いらないわよ」
テーブル越しにみっこが身を乗り出して、仲澤さんの手をポンポンとたたいた。
「あたし、仲澤さんのセンスって、とってもいいと思うわ。新鮮で、品がよくて、魅力的で。
抜擢されたのもわかるわ。アルディア化粧品の夏キャンのメイクなんて、だれもが望んでできる仕事じゃないんだから、自信を持って、いっしょに頑張ろ!」
みっこが仲澤さんを見つめて微笑むと、彼女もコクンとうなずき、明るい表情になった。
みっこはいつだって、ムードメーカーになるのが上手。
「みっこちゃんはわがままなようで、いつでも回りに気を遣っているんだよ」
みっこに気づかれないよう、藤村さんはそっとわたしにささやいた。
パーティがわりのディナーがお開きになったのは、夜の8時頃。
今日一日、遊び回ったわたしたちは、明日からの撮影に備えて、早めにそれぞれの部屋へ引き上げることになった。
ロビーでおやすみの挨拶をしたあと、みんなそれぞれの部屋に分かれていく。みっこはメイクの仲澤さんと同室することにし、ふたりで階段を上がっていった。
「さつきちゃん、行こうか」
だれもいなくなったロビーで、川島君の声だけが、やたらと響く。
その言葉に、ドキッと心臓がひとつ鳴り、わたしは昼間のことを思い出した。
『あなたたちはいっしょの部屋でいい?』
みっこはそう言って、わたしたちにルームキーをひとつ差し出した。
『え? わたしと川島君が、同じ部屋?』
『ええ』
『あの…』
『いいですよ』
鍵を受け取るのを戸惑っているわたしの横から、川島君がそう言って、手を伸ばした。
あのときからわたしは、この瞬間が来るのを心待ちにしていた反面、怖くて逃げ出したくもあったんだ。
はじめてキスをしたディスコでの夜から、わたしと川島君の関係は、また少しずつ変わりはじめたように感じていた。
川島君は相変わらずやさしく、あったかい微笑みも、以前と少しも変わらない。
喫茶店で向かい合ってのおしゃべりも、わたしが憧れていたような恋人同士そのもので、わたしは満たされていたはず…
…なんだけど、心の…
ううん…
からだのどこかに、もやもやとしたものが、溜まりはじめていた。
つづく
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
カモフラ婚~CEOは溺愛したくてたまらない!~
伊吹美香
恋愛
ウエディングプランナーとして働く菱崎由華
結婚式当日に花嫁に逃げられた建築会社CEOの月城蒼空
幼馴染の二人が偶然再会し、花嫁に逃げられた蒼空のメンツのために、カモフラージュ婚をしてしまう二人。
割り切った結婚かと思いきや、小さいころからずっと由華のことを想っていた蒼空が、このチャンスを逃すはずがない。
思いっきり溺愛する蒼空に、由華は翻弄されまくりでパニック。
二人の結婚生活は一体どうなる?
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
Emerald
藍沢咲良
恋愛
教師という仕事に嫌気が差した結城美咲(ゆうき みさき)は、叔母の住む自然豊かな郊外で時々アルバイトをして生活していた。
叔母の勧めで再び教員業に戻ってみようと人材バンクに登録すると、すぐに話が来る。
自分にとっては完全に新しい場所。
しかし仕事は一度投げ出した教員業。嫌だと言っても他に出来る仕事は無い。
仕方無しに仕事復帰をする美咲。仕事帰りにカフェに寄るとそこには…。
〜main cast〜
結城美咲(Yuki Misaki)
黒瀬 悠(Kurose Haruka)
※作中の地名、団体名は架空のものです。
※この作品はエブリスタ、小説家になろうでも連載されています。
※素敵な表紙をポリン先生に描いて頂きました。
ポリン先生の作品はこちら↓
https://manga.line.me/indies/product/detail?id=8911
https://www.comico.jp/challenge/comic/33031
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。