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15 12月を忘れないで
12月を忘れないで 2
「川島君、東京に行って、なんだか変わったね」
なにもしゃべらないまま、じっと海を見つめる川島君に、わたしは遠慮がちに言った。
わたしの気持ちを知る風でもなく、振り返った彼は、訝しげに訊く。
「どんな風に?」
「なんてのかな… 『大人になった』っていうか、夏休み前の川島君より、成長した気がする。いろんな意味で」
「おとな… か」
わたしの言葉を繰り返した川島君は、足元の巻貝のかけらを拾い、『はぁ』とため息をついたあと、貝殻を見つめながらおもむろに口を開いた。
「やっぱりぼくは、ただの、田舎のカメラマン志望のガキだったよ」
「え?」
「東京には凄い人たちがいっぱいいて、ぼくなんかまだまだ、カメラマンのスタートラインにも立っていないひよっこだってのを、痛いくらい実感したよ。
アマチュアカメラマン向け写真雑誌の、毎月やってるようなコンテストの金賞とったくらいで、自慢するのが恥ずかしいくらいだったよ」
「そうなの?」
「星川先生の所で、責任ある仕事を任されて、プレッシャーを感じながら写真撮るのって、技術以上に、精神力もなきゃダメだった」
「仕事なんだもの。責任はついてまわるだろうし、趣味とかで気軽にやるのとは、やっぱり違うんでしょうね」
「いっしょに仕事するモデルもヘアメイクもみんなプロだし、百戦錬磨の代理店のプロデューサーが見てる前で仕事するんだ。緊張で足がガクガクして、ロクに撮れなかったし、指示すらできなかった」
「そう、なんだ」
「ぼくも写真にはまじめに取り組んでいたつもりだったけど、それが仕事となると、真剣さの度合いが、格段に違うんだよ。ぼくの写真なんて所詮、学生の習作程度だよ」
「そういえば星川先生って、モルディブじゃ緊張感もなくて、ニコニコしながら写真撮ってたわね」
「それがあの先生のすごい所なんだよ。そうやって周囲をなごませて、相手の肩の力を抜かせてリラックスさせて、モデルの魅力を引き出すんだ。
あの笑顔の裏に、そういう周到に計算された写真技術があったなんて、いっしょに仕事して、やっと気づいたよ。いや、あの先生のことだ。案外天然なのかもしれないな」
「あは」
「はは…」
「…川島君」
「なに?」
「東京に行ったこと、後悔してるの?」
「そんなことないよ。むしろ、行ってよかったって思ってる。自分の力量を知る、いい機会だったって。じゃなきゃ、『井の中の蛙』で終わる所だった」
川島君はそう言うと、また視線を沖の方に移し、遠い人になってしまう。
わたしはかすかな不安を覚えた。
わたしの知らない街で、わたしの知らない時を、わたしの知らない人たちと過ごして、厳しい世界のなかでもまれ、一足先におとなになってしまった川島君が、なんだかちょっぴり、他人に見える。
ふたり遠く離れていたせいで、きっとわたしのことも、以前より客観的に見れるようになったのかもしれない。
わたしより魅力的な女の子なんて、世の中にはたくさんいることを、東京で思い知ったのかもしれない。
『会えない時間が愛を育てる』なんていうけど、ほんとにわたしたちの愛は、育っているの?
わたしはまだ、学生で、そういう社会の厳しさも知らず、まだまだ子供のままで、川島君に置いていかれてしまってる。
この先、彼がわたしより先に卒業して、社会に出ても、わたしたちは今までみたいに、ちゃんとやっていけるの?
「…」
わたしは黙って、ただ、川島君の肩にもたれかかった。
そうやって寄り添っていないと、なんだか心もからだも離れてしまいそう。
こんな不安に気づいているかどうか知らないけど、川島君はわたしの肩に手をまわし、抱き寄せて、やさしいキスをひとつ、くれた。
つづく
なにもしゃべらないまま、じっと海を見つめる川島君に、わたしは遠慮がちに言った。
わたしの気持ちを知る風でもなく、振り返った彼は、訝しげに訊く。
「どんな風に?」
「なんてのかな… 『大人になった』っていうか、夏休み前の川島君より、成長した気がする。いろんな意味で」
「おとな… か」
わたしの言葉を繰り返した川島君は、足元の巻貝のかけらを拾い、『はぁ』とため息をついたあと、貝殻を見つめながらおもむろに口を開いた。
「やっぱりぼくは、ただの、田舎のカメラマン志望のガキだったよ」
「え?」
「東京には凄い人たちがいっぱいいて、ぼくなんかまだまだ、カメラマンのスタートラインにも立っていないひよっこだってのを、痛いくらい実感したよ。
アマチュアカメラマン向け写真雑誌の、毎月やってるようなコンテストの金賞とったくらいで、自慢するのが恥ずかしいくらいだったよ」
「そうなの?」
「星川先生の所で、責任ある仕事を任されて、プレッシャーを感じながら写真撮るのって、技術以上に、精神力もなきゃダメだった」
「仕事なんだもの。責任はついてまわるだろうし、趣味とかで気軽にやるのとは、やっぱり違うんでしょうね」
「いっしょに仕事するモデルもヘアメイクもみんなプロだし、百戦錬磨の代理店のプロデューサーが見てる前で仕事するんだ。緊張で足がガクガクして、ロクに撮れなかったし、指示すらできなかった」
「そう、なんだ」
「ぼくも写真にはまじめに取り組んでいたつもりだったけど、それが仕事となると、真剣さの度合いが、格段に違うんだよ。ぼくの写真なんて所詮、学生の習作程度だよ」
「そういえば星川先生って、モルディブじゃ緊張感もなくて、ニコニコしながら写真撮ってたわね」
「それがあの先生のすごい所なんだよ。そうやって周囲をなごませて、相手の肩の力を抜かせてリラックスさせて、モデルの魅力を引き出すんだ。
あの笑顔の裏に、そういう周到に計算された写真技術があったなんて、いっしょに仕事して、やっと気づいたよ。いや、あの先生のことだ。案外天然なのかもしれないな」
「あは」
「はは…」
「…川島君」
「なに?」
「東京に行ったこと、後悔してるの?」
「そんなことないよ。むしろ、行ってよかったって思ってる。自分の力量を知る、いい機会だったって。じゃなきゃ、『井の中の蛙』で終わる所だった」
川島君はそう言うと、また視線を沖の方に移し、遠い人になってしまう。
わたしはかすかな不安を覚えた。
わたしの知らない街で、わたしの知らない時を、わたしの知らない人たちと過ごして、厳しい世界のなかでもまれ、一足先におとなになってしまった川島君が、なんだかちょっぴり、他人に見える。
ふたり遠く離れていたせいで、きっとわたしのことも、以前より客観的に見れるようになったのかもしれない。
わたしより魅力的な女の子なんて、世の中にはたくさんいることを、東京で思い知ったのかもしれない。
『会えない時間が愛を育てる』なんていうけど、ほんとにわたしたちの愛は、育っているの?
わたしはまだ、学生で、そういう社会の厳しさも知らず、まだまだ子供のままで、川島君に置いていかれてしまってる。
この先、彼がわたしより先に卒業して、社会に出ても、わたしたちは今までみたいに、ちゃんとやっていけるの?
「…」
わたしは黙って、ただ、川島君の肩にもたれかかった。
そうやって寄り添っていないと、なんだか心もからだも離れてしまいそう。
こんな不安に気づいているかどうか知らないけど、川島君はわたしの肩に手をまわし、抱き寄せて、やさしいキスをひとつ、くれた。
つづく
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