Campus91

茉莉 佳

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15 12月を忘れないで

12月を忘れないで 5

「だけど、考えるよな」
「なにを?」
「ぼくより重いものが、さつきちゃんのたったひとつの天秤に乗せられたときのこと。そうなったらさつきちゃんは、もうぼくのことなんか、どうでもよくなるんだな」
「そんなこと、ない」
「天秤がひとつってのは、そういうことだろ?
ぼくがたくさんの天秤を持っているのなら、他に大事なものができても、さつきちゃんのことはずっと、天秤に乗せたまま、とっておけるわけだ」
「それって、『他に好きな人ができる』ってこと?」
「そうじゃないよ。例えばの話だよ」
「例えばでも、そういうの、イヤ」
「ごめんよ」
「…ううん。川島君はあやまること、ない。これはわたしのワガママだから」
「いや。ぼくが悪かったよ」
「なにが?」
「ディズニーランドのこととか…
もっと、さつきちゃんの気持ちを考えてあげなきゃ、いけなかったのに」
「その話は、もういい」
「だけど…」
「今は聞きたくないの」
「言い訳とか、説明とか、させてもらえないってこと?」
「今日は、綺麗な海だけが見たいって、言ったじゃない。だから、その話はやめましょ」
「でも…」
「川島君、東京で言ったでしょ。『さつきちゃんは、ぼくを疑ってるのか?』って」
「ああ…」
「『好き』って言ってくれる川島君の言葉を、わたし信じてるから。だから、言い訳も説明も、聞かなくっていいの」
「さつきちゃんは、それで納得してるのかい?」
「走りましょ」
「え?」
「キャンバストップを全開にして、海沿いの国道を、川島君の赤い『フェスティバ』で走りたい」
「…ああ。そうするか」


 クルマに戻った川島君は、イグニションキーをまわしてエンジンをかけると、天井のほろをフルオープンにする。
陽の光であふれた赤い『フェスティバ』は、ゆっくりと動き出した。
国道へ出ると、遮るもののほとんどない海沿いのドライブ・ウェイを、滑るように走っていく。
左手には、午後の日射しを受けて、キラキラと水面を輝かせている海が、ずっと広がっていた。

しばらく走ると、まるで地中海のリゾート地のような、イタリア風の黄土色の瓦が連なった、白いリゾートホテルが見えてきた。
「素敵なホテル」
「寄ってみようか?」
「うん」
川島君はクルマのスピードを落とし、ウインカーを出す。
赤い『フェスティバ』はリゾートホテルの駐車場に、静かに止まった。



 二階の部屋の大きな窓から見える景色は、ホテルの青々とした庭が目の前に広がり、その向こうにはコバルトブルーの海と、真っ白な砂浜。

「素敵な眺めね」
「まるで絵みたいだな」
わたしはバルコニーに出て、海を眺める。川島君はそんなわたしをうしろから抱きしめて、頬を寄せて、同じ景色を見つめながら、言う。わたしは川島君の腕に、自分の手を重ねた。
「風が渡ってくるわ」
庭の熱帯樹が、向こうから順に、さわさわと葉を風にそよがせ、青い芝生のざわめきが、波のようにこちらに近づいてくる。
それから少し経って、わたしのうなじをゆるやかな空気の流れが、ふわりと通り過ぎていった。
風の行方を目で追うかのように、わたしは振り向く。
それは部屋のなかへと入っていき、カーテンを揺らす。
カーテンのそばのベッドには、窓越しの九月の日射しがこぼれていて、真っ白なシーツに、まるで溶けてしまいそうな陽だまりを作っていた。

つづく
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