ENDLESS SUMMER

茉莉 佳

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1日目 朝


          1日目

“ドーーーン”

 蒸し暑い夏の夜の出来事だった。
腹にパンチを喰らった様な衝撃が走り、ものすごい重低音が渦を巻き、部屋の家具や窓ガラスがビリビリと震え、俺の寝ているベッドを揺らした。

「な、なんだ、、?」

不意をつかれて、俺は飛び起きた。
半分眠ったままの朦朧とした意識のなかで、本能的に窓の外を見る。
俺の部屋は九州一の大都市の中心近くにある、マンションの12階だ。
いつもなら、深夜でも都会のイリュミネーションが、宝石の様に窓の外を埋め尽くしている、はずなのに…
まるで墨を流した様に、外は漆黒の闇だった。

「停電… か? どこかに雷でも落ちたのかな?」

そう考えながら、寝ぼけ眼《まなこ》をこすった俺は、目を凝らして外の景色をよく見た。
暗闇の中に、ポツポツと水滴が見える。
雨が降りだしたみたいだ。
そのうち、大きな黒い雨粒が激しくサッシを叩きはじめ、どちらが空でどちらが地上かさえもわからないほどになった。

「かなり激しいな。まあ、どうせゲリラ雨だろう。夏にはよくある事だ。出勤の時に降ってると面倒だから、朝までに止むといいがな…」

“ザーザー”という、ノイズの様な雨音に包まれながら、俺はベッドに戻って横たわり、真っ暗な部屋の天井を見上げながら、漠然と考えていた、、、 気がする。
が、それも長くは続かず、すぐに意識が遠のき、俺は深い眠りへと引きずり込まれていった。




 夜中の雷や停電が嘘の様に、翌日は朝から快晴で蒸し暑く、猛暑を誇示するかの様に、真っ青な空には大きな入道雲が湧き上がっていた。
街の景色は特に変わった所もなく、大雨や雷の爪痕らしきものは残っていない。
いつもの朝と同じ様に、窓の外にはゴチャゴチャとビルが建ち並び、大通りにはクルマがひしめき、遠くに見える博多湾には小島、能古島がポカンと浮かんでいて、その間を連絡船が白い軌跡を残しながら行き交っている。

いつもとなにも変わらない。
まったく同じ光景だ。

そして、いつもと同じ単調な一日が、今日もはじまった。

 ベッドから起き上がった俺は、キッチンに向かって朝の支度にかかる。
キッチン。といっても、このワンルームマンションでは、ベッドから数歩の距離しかないが。

ケトルでお湯を沸かしながら、食パンにトマトソースを塗ってチーズとベーコンを載せ、それをオーブンで焼く間にテレビをつける。
昨夜の出来事をどこかの局でやってるかなと思ったけど、どの局もそんなニュースはやってなかった。

あの落雷(?)と停電は、夢だったのか?
それともなにかの勘違い?

チャンネルをいろいろ変えて、情報を探してみる。
しかしどの局もいつもの様に、くだらない政党間の駆け引きと、どうでもいい様な芸能人のゴシップ、出口の見えない不況や、泥仕合みたいな隣国との外交のニュースを、さも一大事と言わんばかりに、キャスターがヒステリックに喚いてるだけだった。
まあ、朝のテレビなんて、どうせ出勤までのペースメーカーみたいなものだ。

ニュースを軽く聞き流しながら、ピザトーストをインスタントコーヒーといっしょに腹のなかに流し込み、ワイシャツに袖を通してネクタイを首にかけ、ズボンプレッサーから出したばかりの、ホカホカのスーツのパンツに脚を突っ込むという、いつもの朝のルーチンを、俺は機械的にこなした。
鏡に向かって歯を磨きながら、先週の事を思い出し、つい、にやけてしまう。

大学を卒業して、ひとり暮らしをしながらこの街で働きはじめて、もう7年。
それなりに仕事は頑張っているし、趣味でやってるテニスも、最近は所属しているテニスクラブ内のランキングで、トップテンに入るくらいには上達した。
そして…

クラブ内で知り合った女の子。
仁科ありさ。

スレンダーなボディーで、長い手足をいっぱいに伸ばしてコートを駆け回る姿に、俺は一目で惚れてしまった。
長い髪をポニーテールに結び、ぱっちりと冴えた大きな瞳で、ネット越しに俺を見つめるありさ。
ラケットを振り抜く度に、ボリュームのある胸がプルプル揺れる姿が、なんとも魅力的だった。
もちろん、そんなエロい見た目だけでなく、コートを出れば意外と純情で恥ずかしがりやで、でも、だれにでも明るく接していて、都会の女性っぽくない素朴な性格は、男たちのハートを鷲掴みにしていた。
そんなライバルの多い激しい競争を勝ち抜いて、俺はありさとつきあえる様になった。

そして…
先週のデートでプロポーズして、OKもらえたんだ!

幸せってのは、お金じゃ買えない。
愛する人と、いつまでもいっしょにいる事こそが、自分にとっての幸せだ。
俺の胸元で頬を染めてうなずくありさを思い出すと、つい顔がやに下がってくる。
ユニットバスの小さな鏡には、頬の端が緩んだ、だらしない俺が写っていた。

「今から仕事だ。気を引き締めなきゃな!」

鏡に向かってそうひとりごとを言うと口をすすぎ、頬をパシパシと叩く。
このワンルームマンションでひとりで暮らす暑い夏も、今年が最後。
来年の春にはきっと、広々とした綺麗な新居で、ありさと甘い生活を送っている事だろう。

つづく
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