灰焔の残響の中で (R16)

ウルフィー-UG6

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第1巻 ― 再生の残り火

第8章:目覚めの前夜

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二年が過ぎ、ネリアはまもなく五歳の誕生日を迎えようとしていた。
家族の暮らしは穏やかに続いていた。
オークマウの事故は村に影を落としたままだったが、人々はそれでも日常を取り戻していた。

「さあネリア、起きなさい。
私と市場に行くなら、起きないとだめよ、可愛い子」

ゼフィラはそう囁きながら、ネリアの頬をそっと撫でた。

ネリアは大きく伸びをし、半分閉じたままの瞳で、重たそうに身を起こした。

「起きたら台所に来なさい。
朝ごはんを用意するから、いい?」

ゼフィラはそう付け加えた。

彼女は部屋を出ていき、ネリアはゆっくりと目を覚ました。
毛布を払いのけ、小さな羊毛のミュフランを履く。
台所へ向かうと、温めた乳の匂いがゆっくりと広がり始めていた。

「おはよう、お母さん。
なに食べるの?」

ネリアはあくびを噛み殺しながら言った。

「ミルクに浸せるように、金色の月を焼いてあげたわ」

ゼフィラはそう答えた。

彼女はネリアの前に杯を置き、乳を注ぎ、まだ湯気の立つ金色の月を三つ並べた。
立ちのぼる甘い香りに、ネリアの腹が鳴り、早く食べたい衝動に駆られる。

なんだか不思議。
蜂蜜入りのクロワッサンみたいなのに、作り方は全然違うのに。

ネリアはそう思い、不思議そうに眺めた。

彼女は小さな月を一つ手に取り、乳に浸した。
噛むと、生地が歯の下でさくりと音を立てる。
表面の蜂蜜が舌に触れて溶け、味の重なりにネリアは思わず力を抜いた。

「ありがとうお母さん。
すっごくすっごくおいしい」

口いっぱいに頬張ったまま、ネリアは言った。

「まったく、この小さな食いしん坊。
口に物を入れたまま話さないの。
ほら、口を拭きなさい、乳が垂れてるわ」

ゼフィラはくすくす笑いながら布巾を差し出した。

朝食の残りは終始和やかだった。
ゼフィラはネリアと軽口を叩き合い、ネリアはわざと母を困らせて笑っていた。

「その笑顔、絶対に忘れないで。
今のあなた、とても綺麗よ。
でも外ではあんまり笑いすぎないでね。
村の男の子たちを虜にされたら、困っちゃうもの」

ゼフィラは慈しむような眼差しで、そう囁いた。

杯が空になると、ネリアの手を借りて卓を片付け、二人は外出の支度をした。
空は晴れ、太陽が地平線から控えめに顔を出し、空を淡い青に染めていた。

「少し待ちましょう。
テリシアも一緒に行くから」

ゼフィラはそう説明した。

数分待つあいだ、ネリアは庭を走り回り、目に入ったものを追いかけて遊んでいた。
ゼフィラは腰掛けに座り、小さな本を読んでいた。
やがて小さな鈴の音が鳴り、ネリアは走るのをやめ、門へと駆け寄った。

「テリシアー!
やったー!」

ネリアは腕を広げて叫びながら走った。

テリシアは身を屈め、ネリアを抱き上げ、そのまま立ち上がった。
顔には大きな笑みが浮かんでいた。

「まあまあ、ずいぶん元気ね。
それで?
もう私のこと、タタィシアって呼ばないの?」

彼女は小さく笑いながら言った。

だがそのとき、二人の背後に影が差した。
冷気が走るような緊張が、瞬時に二人を凍りつかせた。

「ねえテリシア。
まさか私の娘を盗もうとしてるんじゃないでしょうね。
私の代わりになりたいってこと?」

ゼフィラは低く唸り、鋭い視線を向けた。

「ち…違います、奥さま。
わ、私は……そんなつもりじゃ……」

テリシアは震えながら答えた。

「ふうん、ならいいわ。
あんたには私の鈍い夫をくれてやる。
でも私の可愛い子には指一本触れないでよ」

ゼフィラはそう言って、吹き出した。

張り詰めていた空気は一気に緩み、ゼフィラは小さな門を開いて皆を外へ促した。

「ほんと、時々あの人怖い。
冗談なのか本気なのか、まったく分からない時があるわ」

テリシアは声を潜めて息を吐いた。

「いじわるママ。
タタィシア、こわかった」

ネリアはゼフィラを振り返って言った。

「違うわよ、私の宝物。
本気だったら、あなたは今その腕の中にいないわ。
少し力を抜きなさい、テリシア。
訓練で気が張りすぎてるんじゃない?」

ゼフィラは柔らかいが、芯のある声でそう言った。

テリシアはネリアの位置を直し、右の腰に乗せ直すと、ひとつ溜め息をついた。

「分かってる。
でも選抜がもうすぐで、不安で。
候補者はみんな強いし、自分に可能性があるなんて思えなくて……失敗するのが、怖いの」

テリシアはそう小さく漏らした。

その曇った表情を見て、ネリアはテリシアの髪に手を伸ばし、ゆっくりと撫で始めた。

「ママがこうするとね、あとですごく楽になるの。
こわい怪物も、こわくなくなる」

無垢な声で、ネリアは言った。

その仕草に二人は思わず笑い、ゼフィラもネリアの頬に手を置き、同じように優しく撫でた。

「人を慰めるには、まだちょっと早いんじゃない?
本当は私たちの役目でしょう?」

ゼフィラはそう言った。

「でもタタィシア、こわかった。
こわいのは、だめ」

ネリアはそう返した。

三人は会話を変えながら、テリシアの試験の話に戻しつつ、市場のある大きな広場へと向かった。
広場は様々な露店で溢れ、衣服の商人から野菜売り、武器や鎧を扱う者まで並んでいた。

ネリアは月に一度、母と市場に来ており、何時間もかけて並ぶ品々を眺めていた。
品揃えは定期的に変わる。
テリシアもこの日はよく同行していたが、ここ数か月は過酷な訓練のため、顔を出すことが少なかった。

それでも、エルドランと庭で訓練をしている時、ネリアはいつも近くにいて、簡易的に調整された稽古に混ざっていた。
三歳の誕生日にもらった剣はまだ使えなかったが、五歳になったら使わせると、エルドランは約束していた。

三人は、いつも笑顔の若い女性が営む小さな屋台の前で足を止めた。
ネリアは彼女が好きだった。
いつも小さな甘味をくれるからだ。

「こんにちは、メルフィナ。
今日は商売どう?」

ゼフィラが声をかけた。

「順調よ。
不正な衛兵がいないだけで、どれだけ楽か。
王都はもう疲れるわ、どんどん酷くなってるもの」

苛立ちを隠さず、メルフィナは答えた。
「それで、あなたは元気? ゼフィラ」

「ええ、おかげさまで。
今日はこの子のためのお出かけよ。
明日が誕生日なの。
とうとう五歳。
本当に、時間が過ぎるのは早すぎるわ」

ゼフィラはそう言って、ネリアの頭を撫でた。

メルフィナはネリアに視線を向け、笑顔をさらに大きくした。
知っている相手とはいえ、じっと見られ、ネリアは落ち着かなくなり、両手をきゅっと握った。

「もうそんなになるのね。
昨日会ったばかりみたいなのに。
うちの息子なんて、もうすぐ二十なのよ。
それなのにまだ家にいて、恋人一人いない。
この調子じゃ、孫の顔を見るのは当分先ね」

メルフィナは笑いながら言った。

「そのうちよ。
家を出たら、今度は帰ってきてほしくなるもの。
私は正直、ネリアにはできるだけ長く、男の子のことを考えずにいてほしいわ」

ゼフィラはそう言って、彼女と一緒に笑った。

「それで、他に必要なものは?
新しい林檎が入ったの。欲しければね。
ケルモラから直で来てるのよ。
仕入れるのに苦労したけど、飛ぶように売れてるわ」

メルフィナはそう言って、真面目な表情に戻った。

ゼフィラは卓に並ぶ品々に目を向け、果物や野菜を手に取り、指先で確かめるように触れた。
しばらく無言で見比べる時間が続き、長さに耐えかねたネリアがこっそり目を回す中、ゼフィラはようやく指でいくつかを示した。

「これを四つ。
それを二つ。
それから新しい林檎を十個ほど」

ゼフィラは手短に言った。

メルフィナは小さな布袋を取り、頼まれた品を次々と入れて手渡した。
そして、まだネリアを抱いているテリシアのほうへ向き直った。
卓の下に手を入れ、回り込むようにして近づく。

「明日はあなたにとって大事な日ね、お嬢ちゃん。
ちょっと目を閉じてくれる?」

そう尋ねた。

ネリアはゼフィラを見た。
ゼフィラは微笑みながら自分の目を閉じ、うなずいて合図を送った。
ネリアは言われた通り目を閉じ、メルフィナの次の言葉を待った。

「もう開けていいわ。
きっと気に入るはず」

数秒後、彼女はそう言った。

ネリアは目を開けた。
メルフィナは目の前に立っていた。
だがその手には、白い小さなドレスがあった。
さまざまな模様のギピュールで飾られていたが、ネリアにはよく分からなかった。

「まさか、明日が誕生日だって忘れたと思った?
これはね、あなたが――」

メルフィナが言いかけたところで、ゼフィラが突然彼女を後ろへ引いた。
言葉は途中で遮られた。
母の行動に驚き、ネリアは目を見開いて二人を見つめた。
ゼフィラは低い声でメルフィナに話しかけた。
ネリアには聞こえないほど低く。

「なるほど。
ごめんなさいゼフィラ、知らなかったわ。
もう話してあるものだと思ってた」

メルフィナはそう答えた。

「大丈夫よ。
知らなくて当然だもの。
まだ何も言ってないの。
驚きは取っておくわ。
一生に一度のことだもの、自分で知ったほうがいい」

ゼフィラはそう説明した。

それを聞き、ネリアの頭の中には疑問が次々と浮かんだ。
何の話をしているのか、まったく分からなかった。
だがメルフィナは再び近づき、小さなドレスを差し出した。
ネリアはそれを受け取り、胸にぎゅっと抱きしめた。

「ほら、なんて言うの?
礼儀を忘れちゃだめよ」

ゼフィラが言った。

「……ありがとう、ございます」

ネリアはそう答えた。

メルフィナは微笑み、もう片方の手で甘味を差し出した。
それを見て、ネリアの顔がぱっと明るくなる。
彼女はゆっくりとそれを受け取り、母を見上げた。

「ええ、食べていいわ。
まだ食事までは時間があるもの」

ゼフィラは優しい声でそう言った。
「本当に、変な癖をつけないで。
ドレスだけでも十分すぎるわ、メルフィナ」

「やめてよゼフィラ。
大したものじゃないわ。
それに、この顔を見て。
この機会を逃せるわけないでしょう?
あなたには本当に素敵な娘がいる。
私は王都にいることが多いから、ここじゃ手に入らないものにも手が届くのよ」

メルフィナは笑いながら言った。

二人がそんな話をしていると、テリシアがわざとらしく咳払いをして注意を引いた。

「話の腰を折るつもりはないけど、そろそろ時間なの。
エルドランと訓練に合流しないと、ゼフィラ」

少し気まずそうに、テリシアは言った。

「うん、私も、私も。
パパと訓練したい」

ネリアはそれを聞いて、弾んだ声を上げた。

ゼフィラは小さく溜め息をついた。
テリシアの都合と、ネリアのはしゃぎようを前に、選択肢がないと悟ったのだ。
三人はメルフィナに別れを告げ、家の方向へと歩き出した。

「こんなに時間がかかるとは思わなかったわ。
ごめんなさい、テリシア。
でも心配しないで。
もしエルドランが遅れを責めたら、私が直接相手をする。
弟子の前で叩きのめされたら嫌でしょうから、何も言わないはずよ」

道すがら、ゼフィラはそう言った。

「謝らなくていい。
それに、この子のためだもの。
明日は特別な日。
ちゃんと準備しないとね」

テリシアは答えた。

残りの道は静かだった。
ネリアは、またテリシアと父と訓練できることを思い、胸を弾ませていた。
門の前に着くと、エルドランはすでに剣を手に待っていた。

「ずいぶんいい時間だな、奥さまたち。
少し気が緩んでるんじゃないか?
腹を満たす暇もなかったぞ。
これはもう、女房を替えるしかないな。
寂しいよ、ゼフィラ」

エルドランは半分笑いながら言った。

だが剣を腰掛けに立てかけると、テリシアに近づき、ネリアを腕に抱き上げ、そのまま高く持ち上げた。
ネリアは声を上げて笑い、エルドランは彼女を引き寄せた。

「ほら見ろ、誰が来た。
俺の愛しい娘だ。
村一番の娘だぞ」

甘ったるい声で、彼はそう続けた。

その様子に、テリシアとゼフィラは揃って目を回し、腰掛けに座って彼の時間が終わるのを待った。
しばらくネリアとじゃれ合ったあと、エルドランは彼女を地面に下ろし、テリシアへと意識を向けた。

ゼフィラは家の中へ入り、テリシアとネリアは訓練の構えを取った。
一日はあっという間に過ぎていく。
ネリアの頭にあったのは、ただ一つ。
すべてが素晴らしく思えるこの時間を、精一杯味わうことだけだった。
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