氷結の夜明けの果て (R16)

ウルフィー-UG6

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プロローグ - 第3巻:ダンジョンの影 Pt.2

第59章:息の冷たさ

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ハイドラを包み込んでいた氷の霧が――
ゆっくりと、消えていった。
まるで、息を吐くように。

第二の頭が口を開く。
その奥には、青白い光が脈打っていた。
規則的に、淡く、だが確かに――

ヴェイルは距離を保ちながら、周囲の様子をうかがっていた。
視線は、頭部の動きに釘付けだった。

「……どっちかが見てない瞬間を狙うしか……」

かすれた声で、自分に言い聞かせるように呟く。

だが――
その思考が行動へ移るよりも早く、
第一の頭が、突然上体を持ち上げた。

ヴェイルは反射的に後退する。
だが、それは予想と違う動きだった。

攻撃ではない。
突進でもない。

第一の頭は――
ゆっくりと、地に転がった“切断された頭部”の方へと向き直った。

「……何を……?」

顎が開く。
濁った唸り声とともに、鋭い牙が露わになる。

吐息がこぼれる。
白く濃い霧が、切断面を包むように漂う。

その瞬間――

バクンッ!!

鈍い音と共に、第一の頭が死んだ頭部に噛みついた。

皮膚が裂ける湿った音が響く。
黒ずんだ液体が床に跳ねる。

ハイドラは、死骸の頭部を咥えたまま持ち上げた。
それを――第二の頭の方へ。

第二の頭もまた、ためらいなく口を開き、

一気に喰らいつく。

「……た、食べてる……!?」

引き裂かれた肉が、
骨ごと噛み砕かれ、
喉奥へと押し込まれていく。

第一の頭は、残りの頭部を足元に落とし、
再び、肉片を――

ズチュ……ズチュゥ……!

むさぼる。
貪る。
まるで餓えた獣。

粘着質な音が、空間を濡らすように響く。

シュルップ、ジュルッ、ブチブチ……

二つの頭が、死んだ“自分の頭”をむさぼり尽くす。

数秒間、それはただの惨劇だった。

そして。

ズゥッ……

二つの頭が同時に身を起こす。

ぐん、と身体を引き伸ばし、
背筋を反らし、

――吠えた。

ヒィィィィイイイィイィィ――ッ!!

鋭く、刺すような絶叫。
耳をつんざく金切り声が、空間を貫く。

アリニアは、崩れた柱の陰で膝を抱えていた。
肩が上下し、呼吸は荒い。

そして――
彼女だけが、気づいた。

「ちびオオカミ、頭を――!」

叫ぶ。
その声には明確な恐怖と焦りが滲んでいた。

ヴェイルはすぐに顔を上げる。
彼の視線が届いたその先――

二つの頭の、てっぺん。

すでに危険なまでに鋭かった鱗が――
さらに、伸びていた。

その曲線には、外側も内側も、
うっすらと氷の膜が張っている。

光を孕んだ、薄い結晶の層。

しかも――

その下にある光は、
鼓動のように脈打ち、どんどん明るさを増していた。

――点ではなく、線に。

それは、何かを“放つ”ための前兆にしか見えなかった。

第二の頭が、ゆっくりとヴェイルの方を向いた。
その青い瞳が、鋭く彼を射抜く。

鱗の下で、青白い光が割れるように拡がっていく。
枝分かれするように、輝きは頭部を這い――
ついには、頭頂部の氷刃へと届いた。

その刃の先端に――
小さな球体が、浮かび上がる。

澄んだ光。
透明な冷気。
だが――

明らかに、“危険”だった。

空気が震えた。
ごく微弱な魔力の波が、空間に広がる。

小さな球体が、突如として棘を生やす。
鋭く、冷たく。
そして、ゆっくりと――回転を始めた。

「動いてッ!!」

アリニアの絶叫が飛ぶ。

ヴェイルは即座に反応した。
地面を蹴り、反転しながら飛び退く。
近くに残っていた、最後の一本の柱の裏へ――

飛び込むと同時に、

――ギィィィアアアアアアァッ!!!

ハイドラが咆哮を上げた。

それきり――
音が消える。

世界が、息を止めたような沈黙。

重く、異様な静けさが、空間を支配する。

ヴェイルは柱の陰から、恐る恐る様子をうかがった。

……ズンッ!

地面が、震える。

まるで、波のように。

第二の頭部から、白い光が滲み出す。
ゆっくりと空間を満たすように広がっていく。

それは穏やかで、美しい――
だが、紛れもない“殺意”だった。

再び、静寂。

その次の瞬間。

――ドンッ!!!

爆発音。
凄まじい衝撃が部屋中に響き渡る。

一発。

そして――

もう一発。

さらに、もう一発。

ハイドラの頭部から放たれた球体が、
次々と炸裂していく。

四方八方へ撃ち放たれた冷気の弾丸が、
空間を無差別に破壊していた。

一発ごとに、岩が砕け、壁が裂け、
空間そのものが、軋みを上げる。

爆風が押し寄せ、
轟音が耳を貫く。

十発以上の爆撃が、次々と部屋を襲った。
それはもはや、攻撃ではなかった。

――殲滅。

ハイドラは殺そうとしているのではない。

跡形もなく――砕こうとしていた。

しばらくして、ようやく静けさが戻る。

残ったのは、氷の破片が石の床を転がる乾いた音だけ。

……カラン、カラン……

再び、静寂。

アリニアが柱の陰から身体を起こす。
肩で荒く息をしながら、砕けた石の上に手をつく。

その手が震えていた。

「……っは、は……」

呼吸が整わない。
足元の柱は半壊していた。
表面は無数の穴と割れ目に覆われている。

さっきの攻撃が、どれほどの破壊力だったか――
見るだけで理解できた。

「……ちびオオカミ……無事……?」

柱にすがるようにしながら、アリニアが声を上げる。

その声には、震えと――
隠しきれない不安が滲んでいた。

地面には、霧のヴェールが漂っていた。
凍気と爆風が混ざり合い、薄く重く――
どこか、粘りつくように。

「……無事だ。」

ヴェイルの声が、霧の向こうから届く。
彼は柱の陰から姿を現し、頭を軽く振りながら辺りを見渡していた。

だが――安心する暇などなかった。

ヒュウウウウウ……ッ!!

突風が吹き荒れる。
それは自然の風ではない。
何かの“息吹”のように、空気をかき乱した。

霧が舞い上がる。
竜巻のように渦を巻き、床を覆っていた冷気と塵が一気に巻き上げられる。

露わになった氷の大地には、無数のクレーター。
空間には、なおも“戦い”の匂いが残っていた。

終わってなど、いない。

第一の頭が、ヴェイルを捉える。

次の瞬間、跳んだ。

ズンッ!!

凄まじい音と共に、空中へ飛び上がる。
顎の鱗が、灯火に照らされて光る。

首を低く構え、空気を裂く速度で迫ってくる。

ゴッ!!

氷刃が、柱に命中する。

ドガアァン!!

柱は瞬時に砕け散る。
破片が飛び散り、空間が粉塵に包まれる。

ヴェイルは反射的に身を引こうとした――
だが、石片が彼の身体に直撃する。

「くっ……!」

バランスを崩し、凍りついた地に背を打ちつけた。
肺が潰れたように、息が詰まる。

その間にも――
第二の頭が、口を開いていた。

魔力の奔流を抱えた、小さな水球がそこにあった。
渦を巻き、脈打つそれは――
明らかに殺意の塊だった。

「……だめ!」

アリニアが、柱の陰から飛び出す。

ヴェイルを援護するために。

「――っ!」

だが、二歩も走らないうちに、第一の頭が地面を這いながら回転する。

その動きは獣じみており、そして、狙いは明確だった。

「――アリニア!!」

彼女は咄嗟に跳ね退る。

だが――足が。
爆撃によって生まれたクレーターへと、落ちた。

「――あっ!」

足を取られ、体勢を崩す。
手を突こうとするも、痛めた腕が――

支えられなかった。

ゴンッ!!

背中から地面に叩きつけられる。
肺が震え、痛みが脊髄を走る。

「ッ……く、う……」

歯を食いしばる。
涙が勝手に込み上げてくる。
視界が滲む。

呼吸が浅くなっていく。
だが――

ふと、何かが目に映った。

視線を上げる。
背中をずるずると引きずるようにして、なんとか起き上がる。
そして――

見上げた。

そこに、あった。

天井近くの壁画。
ハイドラを象った巨大な彫刻。

だが、その“何か”が、彼女の意識を捉えた。

一つは、力で全てを破壊する頭。
もう一つは、魔法で遠距離から仕留める頭。

それは今、目の前にある現実と一致していた。

だが――

「……なんで、“三つ”あるの……?」

アリニアの心に、疑念が生まれる。

彫刻の中のハイドラには、三つの頭があった。

今、実際に存在しているのは――二つ。

では――

「三つ目は、何を示してるの……?」

そのとき、視線がふと彫刻の足元に落ちた。

食われている男の足下――
そこに、小さな“点”が刻まれていた。

蒼く、淡く、そして――小さい。
見落としてもおかしくない、それほど微細な光の粒。

アリニアは目を細める。

「……あれは……何……?」

その意味を探ろうとした瞬間――

――全てが、動き出した。

そのときだった。

アリニアの体を、いきなり二本の腕が抱き上げた。
片腕は太腿の下へ、もう一方は腰の裏へ。

「――っ!?」

驚く間もなく、身体が宙を浮く。
次の瞬間、地面を蹴る音。

ヴェイルだった。
彼はアリニアを抱えたまま、猛然と走り出す。

その直後――

第二の頭が放った水球が、
さっきまでアリニアがいた場所へ着弾した。

彼女は、気づいていなかった。
彫刻に気を取られ、敵の攻撃を完全に見落としていた。

――ドォンッ!!

爆発するような衝撃。
蒸気と霧が空間を揺らす。

ヴェイルは柱の陰まで彼女を運び、そっと地面へ下ろす。
その顔には、安堵と焦燥が入り混じっていた。

「……気を抜くなって、言っただろ!」

声が、わずかに怒気を帯びていた。

すぐに、彼は振り返る。
視線の先には、第一の頭が再び動き出していた。

「何度も呼んだ……聞こえなかったのか! アリニア!!」

呼吸が荒い。
だが、彼は返答を待たず、戦場へと戻っていった。

アリニアはその背中を見つめていた。
肩越しに、彼の怒りと焦りが伝わってくる。

「……ごめん……」

呟くように漏らす。
その声は、彼には届かなかった。

彼女は、立ち上がろうとする。
だが、全身に痛みが走った。
さっきの転倒が、傷のすべてを再び目覚めさせた。

「っ……くぅ……」

それでも、両腕を突いて、ゆっくりと起き上がる。

顔を上げる。
再び、あの壁画へと視線を向ける。

「……もう少し……もう少しで……」

彼女は、ふらつく足を引きずりながら後退した。
壁画全体を見渡せるように、扉の近くまで下がる。

「あと少し……耐えて、ちびオオカミ!」

彼女の声が、空間に響く。
ヴェイルは、手を上げて返答する。
それだけで、言葉は必要なかった。

アリニアは再び壁画へと目を凝らす。

「……どこかに、あるはず……この彫刻……」

視線が細かく彫られた模様を追う。
一つひとつ、逃さずに。

「頭の水晶……あれは囮なのかもしれない……」

そう呟く。

「身体の中にある、あの光……意味があるはず……」

彼女の眼差しは、希望と絶望の狭間にあった。
真実を掴み取ろうとする意志だけが、揺るぎなく残っていた。

――そして、戦いは続いていた。
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