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プロローグ 〜魔王の娘とモンスター育成〜
無能冒険者、敵だと勘違いされる
しおりを挟む翌朝、客間をノックするも返事はない。
もう一度強くノックをしても返事はない。
まだ意識が戻っていないのかもしれない。だとしたら、さらに治療が必要か。
「おい、入るぞ」
扉をゆっくりと開けると、そこにはベッドの中で大きな鳥に添い寝されながら眠る赤髪の少女の姿があった。
それはまるでおとぎ話に出てくる眠り姫のようだった。顔は小さく、足は長い。艶やかな髪は燃えるように赤く、輝いているように見えた。
そして近づけば見えてくる長いまつ毛、艶やかな唇、白い肌は陶磁器のようになめらかでシミ一つなかった。
そこに存在している彼女はまるで一つの芸術品のようで、俺はまじまじと見入ってしまっていた。
そして、鳥が羽をじれったそうに動かしたのをみて、我に返る。
何をしに来たんだ俺は……。
そっと手を伸ばして、俺は彼女の頬をぺしぺしと叩く。
「おーい、起きているか?」
すると瞼をもぞもぞと動かし、ゆっくりと瞳に光を当てていく。
濡れたルビーの赤がそこには存在していた。
「なにわたくしはまだ寝――ってここは、うわぁぁ! なんですの? この鳥は!」
目覚めた彼女を迎えたのは俺の姿、ではなく一晩寝どこを共にしていた鳥であった。
首を伸ばし、のぞき込むようにしていたその鳥はその大声に驚き、ベッドから飛び降りる。
「ようやく起きたか、そいつは俺が飼っている極楽鳥だ、その羽には傷を癒す効果がある」
極楽鳥はこちらへと体をこすりつけてくるので、そのまま撫でまわしてお礼をする。
その様子を見て、赤髪の少女はコホンと咳払いをする。
「普通羽だけで使うものじゃなくて!?」
「傷ついている人を見ると、勝手にそばによる性格なんだよ。それより、痛むところはないか?」
そう聞くと、彼女は首を振る。どうやら完治したらしかった。
敵はいなくなった。傷も治った。良いことである。だけれども、その眼差しは敵意に満ちていた。
「えぇ、わたくしを助けてもお礼は言いませんわよ」
「そうか、俺はそれでもいいよ」
「いいんですか……。それより、ここはどこでありまして? 牢獄、にしては気が利きすぎてますわね」
「俺の家だよ。街はずれだけどモンスターが追ってくることもない。安心していいぞ。それよりも腹減っているだろう? 何か持ってくるよ」
そう言って、彼女に背を向けた瞬間だった。俺の首筋の毛がピリッとする。
それは彼女の敵意が殺意に切り替わったことを示していた。
布団の中から出そうとしない手には、おそらく武器が握られていたのだろう。
赤髪の少女が俺のことを敵と見ているのは会話の節々と警戒心からわかっていた。
だから、俺はあえて隙を見せることにしたのである。
「あら、そこまでしてくださるのね」
「袖振り合うも他生の縁ってな」
後ろを見ずとも、空気の震え方、音、戦闘に必要な情報はたくさん落ちている。
だから、少女が俺の首を掻こうと抜いた短剣の軌道も、手に取るように分かった。
故にそれを避けるのも容易い。
「見えているぞ」
さらりと剣を避け、俺は短剣の持ち手の部分を彼女の掌ごと抑えつける。これでもう振るうことはできないだろう。
この一瞬のやり取りでわかった。
彼女は近接戦闘に関しては素人である。
「騙そうとしたってそうはいきませんわ! 貴方、勇者の仲間でしょう!?」
「勇者の? そんなわけないだろう」
「この家の勇者臭さはいったいどう説明するつもりですの!」
剣を振るおうとする彼女の力が強くなる。そして、俺を振り払おうとして蹴りをくらわそうとしているのが体の重心の動きで察せられた。
だから、俺は反対に彼女を扉へと押し付けた。
「や、やはりわたくしを騙して売ろうとしているのですわね」
「奴隷売買するつもりなんて俺にはねぇよ」
そう言っても信用されることはない。
売り言葉に買い言葉のように、俺は彼女を制圧してしまっているのだ。
だからと言って解放して暴れさせるわけにもいかない。
さて、どうしたものか……。
そう考えているうちに、少女の赤い瞳は青い魔法陣を浮かび上がらせる。
魔法でも放つつもりか!? 仕方ない、また気を失ってもらうか。
結論に至った俺が手刀を繰り出そうとした時だった。
こんこんとドアがノックされる。
「兄さん? 大丈夫ですか? 何か大きな音がしましたけれども」
「大丈夫だ、ラビーニャ。ちょっと混乱しているみたいでな」
「そうですか。私もお手伝いいたしましょうか?」
妹のその声に、少女は耳を澄ませているようだった。
もし、こいつがラビーニャに向かって魔法でも撃ったら嫌なことになる。
すぐに眠って――
「……いえ、もう、落ち着きましたわよ」
赤髪の少女は静かな声でそう言った。
その瞳に映し出された魔法陣も薄れていく。体に入っていた力もかなり弱まっていた。
彼女は壁に押し付けられたまま、こう続ける。
「勇者の残滓が感じられる理由に見当がつきましたもの」
彼女から敵対心が消えたことは確かだったが、反対に俺の警戒心は強くなっている。
少しだけ力を緩めるも、剣を持った手だけは抑え続ける。
「俺が勇者の仲間なわけないだろう。あんな奴なんかこっちからパーティーを組むのすらお断りだぜ?」
「でもお誘いはあったのではなくて?」
「ないさ、俺はギルドでも評判の無能冒険者なんでね」
「あなたほどの冒険者が? ソロでハイウェアウルフの群れを狩るなんてなかなかいませんわよ?」
「買いかぶりすぎだ。ただ対処法を知っていたから倒せた、それだけだよ」
俺に戦闘系のスキルや技能はない。スキル<畜産>は家畜を育てることに特化したものだ。
だから、自身の技量を高めるしかなかったのだ。しかし、それにも限界はある。
その結果のFランク冒険者なのだ。
それよりも、彼女は先ほどからずっと興味深いことを言っていた。
「そもそも、勇者に追われているのか?」
「追われているわね。あいつらは何も事情を知らずにお父様を……」
「あいつら、勇者であることを盾に好き放題しているらしいからな。その容姿だし大変だな。かくいう俺の妹も――」
赤髪赤目を持つ目の前の彼女はぱっと見目立つ。それに加えて整った容姿も持っているのだ。勇者と出会って目を付けられないわけはない。
「容姿!? それってわたくしのこと、かわ――初めてであったのに口説こうとするなんてますます信用できませんわね!」
「どこに口説く要素があった。だいたい、俺はお前を突き出したりはしないよ」
いつの間にか、耳まで赤くした彼女からは敵意がなくなっていた。
それを感じ、そしてそんなことを言ってくる少女に俺は呆れ、短剣から手を放す。
少女の腕はぶらりと垂れ下がった。
力が入っていないことは明らかである。
ようやく敵としてのカテゴライズから外してくれたようだった。
「妹君も勇者に絡まれたのですわね……」
「だからお断りだよ」
肩をなでおろした彼女はベッドへと座りなおす。
そしてケホンケホンと咳払いをして見せた後、こちらへと視線を投げかけた。
「さて、本当に私を殺すつもりはなくて?」
「しないしない、なんの得があるんだ俺に」
それに俺に少女を殺す趣味はない。死なれるのも嫌なくらいなのに。
「でもギルドのお尋ね者よ。きっと明日には手配書が各地にばらまかれるわ」
「そんなところまで話は行っているのか……。俺もギルド出禁になったばかりなんだよ。だから突き出す場所がない」
「わたくしを突き出したら戻れるかもしれませんわよ?」
「なるほど、その考えはなかったな」
「その考えがない時点で本当に突き出すつもりはないみたいですね」
そう言った彼女の腹が音を立てる。その元気な要求に俺は思わず吹き出してしまった。
それが恥ずかしくなったのか、彼女はまた耳まで顔を真っ赤にする。赤目に赤髪に、赤い頬。彼女には赤が似合っていた。
俺は扉の外に置いていた、お盆を部屋へと持ってくる。
そこにはパンと、少し冷めてしまったスープが乗っていた。
それをテーブルの上に置くも、彼女は手を付けようとしなかった。
「ほら、食うだろ?」
「……毒とか入ってない?」
少し潤んだ瞳で彼女は、俺のほうを見てくる。
まだ完全に敵意は消えてないらしかった。もしくは敵意は消えても、完全に警戒は解けない心があるのかもしれない。
だとすれば……。
「まだ怪しんでいるのか、ほら」
俺はスプーンでスープを一口すくう。
うん、少し冷めてしまってはいるものの、いつもの味だった。
毒と言われるほどまずいわけでもない。
その様子を彼女に見せつけると、彼女は口をパクパクとさせる。
「……か、かんせ、キ」
謎の呪文を発する彼女はまたも顔が赤くなっている。
少し、この部屋は暑いのかもしれない。
「食わないのか?」
「あぁもう、食べますわよ!」
彼女がパンをもぐもぐしている姿はまるで小動物のようだった。
そんな様子を見ていると、すこし心が和やかになる。
そして、一つ気づいたことがあった。
まだ、お互い名乗っていないのだ。
「ところで、名前を聞いていいか? 俺はウォレン・タボロウ。元冒険者の無職だ」
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「名前を聞いて追い出すにはもう遅いですわよ。聞いて後悔しないことね」
「しないさ。お前は善人っぽいしな」
赤髪赤目の少女はニヤリと笑って見せた。
「ふふっ、それは見当違いですわよ。わたくしの名はセーラ・ジ・ギルゾーマ・セラニウム。魔王クィクトの一人娘。世紀の大悪人ですわ」
「……は?」
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