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膕館啻

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Empty dream

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自分の腕を見て、水の中に入れた。隣にいる二人は結構鍛えているみたいだ。ま、まぁ俺はこれから鍛えればいいし……。
「雄くんは彼女の水着姿を見られたくないとか、そういうのはないの?」
茶化すように高村さんが笑った。
「バッ……! ねーよ! あんな奴見たいなんて変わりもんいねーだろうがよ……つーかあんたもアイツと仲良さそうじゃん」
「あー……確かに雪ちゃんもスタイルいいよね」
「なんだよあんた……」
「えー? ははは、男なんてこんなことばっかりだろう? なぁタケルくん」
「こっちにふらないでくださ……うわっ!」
否定しようと起き上がったら、ボードをひっくり返してしまった。ざぶんと水の中に落ちる。
「おいおい、なにしてんだよ」
「すいません……」
クスクス笑いながら、雄さんが起こしてくれた。
「今なら合法で見れるいい機会だから、楽しんでおきなよ」
「そんなオヤジっぽいこと言わないでください」
「あんたって……めちゃくちゃ遊んでそうだな。こういう奴が一番タチ悪ぃんだよ」
「あれあれ雄くんに嫌われてしまったかな? はは、ご想像にお任せするよ。まぁサラリーマンなんてもんはさぁ……確かにアレかもねー」
「やっぱめんどくせぇ……」
しばらくこんな雑談を続けていると、カエラさん達がこちらに来た。そのタイミングで、交代のようにルリカのところに向かう。そこには座っているルリカの背丈よりも、大きな砂の城ができていた。
「おぉ、思ったより本格的だ」
「でしょう? ちょっと休憩するから、後は頼んだわよ」
「ああ、はい。ルリカは大丈夫か?」
「……水」
「水? あー……あれがやりたいのか」
トンネルのように穴を掘って、そこに水を流すというやつだ。
「分かった。持ってくるよ」
近くにあったバケツに水を汲んだ時、ちょっとしたイタズラを思いついた。
「ルリカ!」
「……わっ」
思ったよりルリカに水はかからなかった。ずっと砂浜にいたから暑いかなと思ったけど、微妙な空気になってしまう。
「ごめん、ごめんって」
「……む」
「あーその……うわっ!」
顔にピシュンと水がかかった。その正体はルリカの手にある水鉄砲だ。いつの間に用意していたのか、それで仕返しとばかりにバシバシ反撃される。
「おいっ! 城が……壊れるから!」
「また作ればいい」
「せっかく作ったのに、愛着がないのか!」
ぜーはーと息を整える。水鉄砲の中がなくなった所で戦いは終わりを告げた。バケツから戦力を継ぎ足そうとする前に、それを奪う。
「ほら、もう素直にトンネル作るぞ」
「むぅ……」
「ひゃあ!」
突然わき腹を突っつかれて、持っていたバケツを落としてしまった。バシャーンと零れた水はなんとか城を避けて……隣に寝ていたりょうさんにかかる。
「……すすすすいません! 今タオルを……あ、ちょ、ちょっと!」
「あらぁーいい反応」
ルリカに突かれたわき腹を押さえる。
「あーもう……また水持ってこなくちゃ」
「ふふ、お疲れさま。タケルちゃん。ついでにこれ、もう一杯、持ってきて?」
なんでという前に、濡れた体をわざとらしく拭く姿を見せられた。
「はい、分かりましたよ……」
自分の体を拭きながら、とぼとぼ歩く。なんだろう今のりょうさんは、怒ったというより……悲しそうに見えた気がした。勘違いかもしれないけど。
「はい! もうちゃんと作るからな!」
ルリカに指示して、少しずつ砂を削っていく。確かこんな感じの作り方で間違いなかったと思うけど……。壊してしまわないように慎重に掘り進める。
腕がすっぽり入るまで深くなった。でもまだルリカの手には届かない。あの人達どれだけ大きいの作ったんだ。
「もう少しよ。頑張ってルリカちゃん」
「この辺のはず……あっ!」
城の横から顔を出して相手の方を見ると、同じように笑った。
「あぁー完成した!」
ちょろろと水を流して池のようになったお城を、ルリカはキラキラした目で見ている。
「少し海入ってみるか?」
「……うみ」
「大丈夫だよ。そんな深いとこまで行かない」
「……うん」
一応浮き輪を用意してから、りょうさんにも声をかける。
「どうですか?」
「んーあたしはいいや。ごめんね、二人で行ってきて」
「……あー、はい。分かりました」
海が苦手だったのかもしれない。やっぱりさっきは悪いことをしてしまっただろうか。
ルリカに手を引っ張られながら水の中へ入る。本当に浅瀬だけだったけど、当人が楽しそうなのでいいや。

ある程度遊んでから、休憩の為にロッジに入った。また飲んでいる大人群の横を抜けて、個室に向かう。中は大きな窓から海が見える豪華なホテルのようで、ルリカも満足そうにソファーに座った。
「なんだこれ」
テーブルの上に小瓶が置いてあった。中にはハート型のラムネみたいなものが入っている。旅館とかにもある、ちょっとしたお茶菓子みたいなものだろうかと、少ない旅行の知識を引っ張り出す。
コンコンと音がした。顔を上げると、窓のところに真っ黒なモノ。明らかに怪しいそれを見て、ルリカを背中に隠した。
パクパクと口を開けて何か言っているけど、聞こえない。そういえばこの服装どこかで……。仕方なく窓を開けると、腕をガシッと掴まれた。
「あ……暑くて、もうダメ……」
「そりゃこんな黒くて重い服着てたら誰だって……」
気を利かせて冷えた飲み物を渡すと、一気に飲み干した。
「あぁー生き返ったー! いや悪かったねぇ、こんな場所で待機してたら意識が朦朧と……フフフフ」
「もしかしてサーカスの人……ですか?」
「如何にも。よく分かったねぇ、私はあの場にはいなかったのに……フフ。それにしても会えて良かったよ。ずっと君達を探していたんだ」
「俺たちを……ですか?」
「おや、何だいこれは? 美味しそうだ。ちょぴり頂いても……あら、親切なお嬢さんどうも」
なぜルリカは不審に思っていないんだ。いつの間にか俺の前に立っていた。ラムネに飛びついた男は、次から次へと口に入れていく。そんなに美味しいのだろうか。こちらがじっと見ているのに気がつくと、指を立てた。
「さふぇほ……ゴクンッ。さてと、そろそろ話をしようか。と、言っても別に伝えたいことはないんだよ。私は君達に会いたかった、一目見ておきたかっただけだ。あとは、少し話を聞かせてもらいたい」
「別に会おうと思えば、いつでも会えたんじゃないですか」
「ハハハ、いやいや。勝手をするとあの子がうるさくてねぇ……。時間もあんまりなさそうだし、一つ質問をさせてもらおうかな」
小瓶を置くと、足を組み直して座った。
「君たちは何歳から大人ってものになると思う? 成人の儀を行う歳かな? それとも自立した歳?」
「えっ……」
「君は自分を子供だと思う? 大人だと思う?」
「まだ……子供じゃないですかね」
唐突の質問だけど、何故だかきちんと答えなきゃいけない気がした。前は早く大人になりたかったのに、最近では子供のままでいたいという思いが強くなってきた気がする。年齢が上がると共に分かってきたことも増えて、それが分かった今、やっぱり子供の方が楽に思える。
「大人の定義って難しいよねぇ……」
自分より年上なのに若く見える人が、ふとした瞬間に大人らしく見えることもあった。
「しかし私に言わせれば、君達は間違いなく子供だ。今ここにいる純粋な子供というのは、君達しかいない」
「でもどこかに同世代の奴らがいるって聞きましたよ」
「……ああ、あれは残念ながら例外だよ。あの子達はお客様じゃないからね……まぁこの話、あまり私の口からは言えないんだ、すまない。それでここで注意というか、お願いがあるんだ」
「なんですか?」
男は帽子を脱いで、長い髪をかきあげた。見えなかった目が見えると、思っていたより若そうに見える。
「君たちが大人だと思っていても、もしくは本人がそう思っていたとしても……みんな結局、子供の部分が抜けることはないんだ。ここはそんな彼等の為の、言うならば大人の為の遊園地なんだよ」
「大人の……」
「我々も確かに、夢を見せる為に今まで演者としてやってきた。でも魔法は解けるんだよ。日常の中の非日常だから意味があると、そう信じてやってきた……しかしここにいると、わざわざ辛い思いをしてまで生きる必要があるのかと、考え始めてしまうよ。そうだな、何が言いたいのかというと……この先みんなは君達と変わらないほど無邪気に……そう変わってしまうかもしれない。だからそれに頼ることはできなくなる」
「……っ」
「この世界は恐ろしいよ……気が狂いそうなぐらい素敵なところだから。私はこちらの立場で良かったと、少しホッとしている。でもどちらが正解かなんてのは答えがないんだよ。君たちがそれでいいなら、そのままでいればいい。でも本当のことを知りたいのなら……ここから出なくちゃ、いけない」
額を押さえて、自嘲するかのように笑った。
「こんなこと言ったらあの子はどうするのかな。まぁいっか、私なんてどうなっても……もう絵の中には入ってはいないのだろうし。おじさんの気まぐれな忠告だとでも思っておいてくれ」
「あなたは、どうなるんですか」
「私はいつだって舞台の上の物事しか見られない。どうなろうとそれを見守るだけだ。……でもね、少しだけ自分も入ってしまいたいと思ったんだよ。君達さえ望めば、また会おう」
「あの……あなた達のサーカスも、俺はもう一回見たいです」
「ふふ、ありがとう。その時には特等席を用意しておくね」
颯爽とマントを翻して帰っていった。倒れないといいけど……。

窓を閉めてベッドに座る。小さく息を吐いた。
分からないことも多かったけど、今まで聞いた話の中では一番確信に近づけた気がした。あの様子だと、多少無茶してここまで来てくれたんじゃないだろうか。あの子という人のことを気にしていたけど、本来してはいけない話だったんだろう。
この場所はただの遊園地じゃない――そう言っていた。詳しいことは分からないけど、気をつけるに越したことはないだろう。ここをあまり信用しすぎてはダメなんだ。
ざわざわする自分の心の中と対峙するように、波は静かに揺れていた。
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