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膕館啻

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Empty dream

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【硝子の城】

地図には載っていない場所や、従業員専用の通路などを進み、やっと着いた。
案内してくれた彼らでも、この場所には入れないらしい。お礼を言って、もう一度城を見上げた。
随分離れた場所なのか、周りは暗くて何もないところだ。目の前にはまさにという、ガラスでできた建物がそびえ立っている。
「ちょっと不気味なところですね」
中は迷宮とまではいかないけど、あちらこちらに反射する自分の姿が不安を煽った。もしかしたら、もうここから出られないかもしれない。
「それに、少し寒いわ」
中を進むと、扉の前には鎧を着た兵士が立っていた。不気味だったけど、動く様子はない。
そっと扉に近づく。ドアノブに手をかけた瞬間、横から音が鳴った。
「……!」
鎧の中身は入っていないと思ったけど、鋭い武器をこちらに向けている。少しでも動けば肌に当たりそうだ。
「タケルちゃん! 大丈夫?」
どこから見つけたのか、りょうさんも鋭く光る武器を持っていた。そのまま兵士に体当たりするように突っ込む。
兵士が揺れて倒れそうになったけど、持ちこたえた。攻撃の方向を変え、今度はりょうさんめがけて剣を振り下ろす。
「タケルちゃん。ここはあたしに任せて、早くルリカちゃんを見つけてあげて!」
「りょうさん!」
兵士の剣を避けて、背中に鋭い一撃を打ち込む。そのままこちらを見て、ふふっと笑った。
その姿が記憶の中の誰かと重なる。そうだ。前にもこんな風に誰かに助けてもらった。
「あの子達、待っててくれるかしらね」
「あれ本気だったんですか?」
確かにここに来るまでは、結構楽しく話してたみたいだけど。
「こんなに頑張るんだから、どうせなら皆で迎えに来てほしいわね」
「でも一番カッコいいのは、りょうさんですよ」
「も、もうタケルちゃんってば! そんなこと言われたら頑張らないわけにはいかないじゃない」
「絶対無理はしないでくださいよ、危ないと思ったら逃げてください!」
「分かってるわよ。あたしだって、絶対にルリカちゃんとあんたと三人で、もう一回遊びたいんだから」
約束をするようにしっかり視線を合わせて、頷いた。

扉を開けて、更に奥に進む。ずっと薄暗く、何もない道が続いている。家具や照明の類もなかった。
「……ルリカ……いるのか?」
自分の声が反響する。間違えようにも、道は一本しかない。なのに何も聞こえないと、心配になってくる。ルリカは声が出せず、体も動かせない状態なのだろうか。
「――少年」
突然肩に手を置かれ、びくっと体がはねた。今まで何の気配も感じなかったのに……。背筋がぞっと冷たくなる。
「こんにちは、きちんと挨拶したのは初めてだね」
男は燭台を持って現れた。ロウソクの火で照らされた男は、造り物のような顔をしている。なんというか生気を感じられない。
「私はアーネスト。ここの製作者、支配人とも呼ばれているよ」
「ルリカを連れて行ったのは貴方ですか? ルリカはどこに!」
「ああ、焦らないで。まだ儀式までは時間があるんだ。……それに、ちょっと困ったことになってね」
「困ったこと?」
「フフ……君にも確認してもらおうか。とりあえず、それを見にいこう」
ただの壁の一部が開いた。その中に入った後も、色んな場所に触れている。この建物内に入るのすら大変なのに、これを間違えたらどうなるのだろう。ここまで厳重にする必要はあるのか。ああでも、この光景も前に見た気がする。
いくつものセキュリティーによって守られていた場所。その先に大事な誰かがいたはずだ。
辿り着いた扉に、指を這わせた。サインのような模様を書くと、重い扉がゆっくり開く。
「腐らないようにしているから、ちょっと寒いかもしれないよ」
何がとは怖くて聞けなかった。廊下にはこつこつと足音だけが響いている。確かに入った時よりも温度が下がっていた。
ガラスの扉を開けると、真ん中に一人の少女が座っていた。
「これ、は……」
「美しいだろう? これが私の作る――アリスだよ」
「アリス?」
金色の流れるようなブロンド、白く透き通る肌、真っ赤な唇。その瞳は閉じていて、眠っているように見える。
「これ人形……人間?」
「まぁ本物の人間を使っているから、そう見えてしまっても仕方ないよ」
「人間ってまさか……」
「フフ……アリスに一番近い彼女を土台としてね。その灯火が消えようとしていた時、ここへ導かれるかのように訪れた幸運な少女の足。彼女と繋がれし……その刻を止めた勇士の腕を持つ少年。他にもアリス候補と思われる少女から選んだよ。あとは色々なモノを映し出してきた、重い人生を歩んだ彼。まだあどけなく、何も知らない汚れなき少女の吸い込まれるような深い青色……どちらも同じ色だけど、中身が全然違うんだ。その全く異なる二つの瞳を揃えさえすれば、すぐに完成するんだけどね」
青色の瞳を持った少女。それってやっぱり……。
頭の中でこちらをじっと見る瞳を思い出す。まだ取られてなくて良かった。でもそれも、時間の問題かもしれない。俺はこの人と戦わなければいけない。ルリカを守るということは、敵になるということだ。
何かで操られているかのように、恍惚と人形を撫でる男は恐ろしかった。体がガタガタと震えだす。こんな人に勝てるのか? 怖い、この人は危険だ……。
「ああ、やっぱり寒かったんだね。私は寒さを感じないから、気づくのが遅れてしまった」
「……っ」
ふわりとコートが肩にかけられた。突然のことだったけど、その暖かさに震えは止まる。
「これで大丈夫かな。ああ、懐かしいな……こんなことをするのも。今ではもう、私がお世話をするような人はいないからね」
「あの機械は……何でも叶えられると聞きました。貴方はあれを使わないんですか」
人を繋ぎ合わせて作る人形よりも、あれに全てを任せてしまった方が楽だろう。
「ああ……あれか。あの機械はね、自分の中の理想を叶えるんだよ。つまり、自分の頭で想像できるものしか映せないんだ。でも私は少女……私のアリスには会っていない。だから私自身にも理想のアリスがどんな姿なのかは分からない。あれを使ったところで、何も映さないさ。だから私は自分でアリスを作ることにした。一からね。最初のパーツは君が連れて来てくれたアリスだ」
「……え?」
「あの子は大人になってから変わってしまったけれど、子供に戻ったことでアリスに近くなった。それは君のおかげだ。君が奇跡の繋がりを証明してくれたから、私はそれを信じることにした。でもね、私にとっての奇跡は一人では足りなかった。完璧な少女となることは不可能だったんだ。フフ……でも、ここまできた。もうすぐ真の少女が誕生するよ。目を揃えたら最後に、私の心臓を……これであの子に魂を与えられる」
「……真の、少女」
「もうお分かりだと思うけど、帽子屋さんとルリカの瞳が欲しいんだ。でも逃げられちゃってね……今おいかけっこしている最中だよ。ああ、楽しみだなぁ。二つ揃ったらきっと、とっても綺麗だ」
「それが完成したら……貴方は何をするんですか」
「面白いね、そんなこと考えたことも……いや考える必要もなかったよ。完成するだけで価値がある。私がずっと追い求めていたものが手に入る。目の前に現れる……そうだね、強いて言うなら僕はきっと歓喜するだろう。泣くかもしれない。笑うのかな? 分からないけど、心が満たされるのは確かだろう。それからお話でもするのかな。自分がどうなるのか、私も楽しみだよ」
この人の纏う空気は熱くなったり、急激に冷めたり、安定しない。ちぐはぐのように見える。
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