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その日は昼から雨が降り始めた。段々と風が強くなり、夜は嵐が直撃するとラジオで聞いた。窓を閉め本を読んでいる時にふと、彼らのことが気になった。もしかしたら今日もあの場所に二人でいるかもしれない。もしそうならあの古い窓が割れたり、建物が崩れる可能性もゼロじゃない。急に悪い予感が過ぎり、私はそこへ向かっていた。
自分の体さえも引っ張られそうな強い雨と風。一歩一歩踏みしめながら進み、やっと辿り着いた時、二人はそこにいた。しかしいつもと様子が違う。電気を消して、ロウソクの灯りだけで室内を照らしていた。幻想的に揺らめいている火は意味ありげに置かれ、停電しているというわけではなさそうだ。長いテーブルの上にはたくさんの料理が並び、一番端っこで二人がそれを食べていた。
外の騒音で私が中に入ったことには気づかなかったらしい。扉の側の机に身を隠し、二人の様子を見つめた。少し離れていたけど、耳を集中させれば会話が聞こえる。
ケーキのロウソクを女の子が消すと、男の子は立ち上がり彼女にキスをした。ぎゅっと相手の手を握る姿は力強いもので、強く胸を打たれる。このまま誰にも邪魔されずに大人になれれば、二人は素晴らしい家族になれるだろう。
大きく雷が鳴った。力強い光が部屋に入って思わず目を閉じる。それを開けた時、状況は一変していた。
「……えっ」
女の子が大きく腕を振り上げている。その下で何かが飛び散った。
「おめでとう!」
女の子が叫んだ。しかし彼はもう動かない。彼女は楽しそうに、また男の子に話しかける。何度か話しかけても何も言わない彼に、不安そうな顔で触れた。何度か揺らしても反応が無く、彼女も止まった。
「……っ!」
ただ事ではないと彼女に近づいた。怯えたような表情をしている先にいたのは、血だらけになった男の子だった。私は彼女に外で待っているように指示して、絶対に中を覗くなと念を押した。
彼の瞳孔や脈を確認する。それよりも大きな穴の空いた真ん中を見て、命の火が消えてしまったことを感じ取った。
急いで争った跡を作るために、テーブルの上をひっくり返す。ナイフを懐に入れ、彼の残骸に自分の服を着せた。そのまま女の子と私の家まで走る。この時よく誰にも見つからなかったと、後から思っても幸運だった。
しかし玄関を開ける前に今日も、彼がいた。酷く驚いた顔をした後、急いで家の中に閉じ込め、慎重に戸締りを確認した。
私達は地下室に移動する。四人……いや三人で輪になって、誰が口を開くかという空気の中で彼が動いた。
「その子はもう助からないんですね?」
私は小さく頷く。ふと女の子の方を見ると、魂が抜けたかのように、上の方を見つめていた。
彼は聞きたいことが沢山あるといった顔をしていたが、今は緊急事態だと理解したのか口を噤む。
「……私が名乗り出よう」
「どうして先生が!」
「小さな細工しかできなかった。彼女が触れたことが、どこかから分かってしまうかもしれない。私が名乗り出ればこの子の事を見抜かれはしないだろう。老い先も短いし、この子の将来を潰すことはない」
「……そんなの、そんなの嫌ですよ! 先生を……っ、貴方をまた失うなんて!」
「……ありがとう」
素直に出てきた言葉だった。そこから本音がするすると零れる。
「本当は……また会えて、凄く……っ、嬉しかった」
彼の体温がとてつもなく幸せだった。このまま召されてしまえばいいのにと思えるほど。ただ全てが遅すぎたんだ。
「愛してる……ずっと、愛している」
「先生……っ」
部屋の中で少女は静かに涙を流していた。彼の遺体を棺に入れて、森の奥へ埋葬しようと決めた。しかしその前に、彼の家族が帰ってこないことに気づくだろう。あの場所がバレてしまったら、彼女のことまでバレてしまう。この事件が公になれば、小さい集落の中だ。他の地へ行ったとなればすぐに分かるだろう。ならばやはり私が名乗り出ている間に彼女を逃がせられれば……。しかし彼は首を縦に振らなかった。
「今の警察は酷いですよ……話を聞かずに決めつけて、毎日毎日拷問を繰り返す。そんな場所に貴方を連れて行きたくはありません……」
「しかしこれ以外には……」
「……先生」
彼の目が細められ、泣きそうな顔で微笑んだ。
「僕に全て任せてください。……もう貴方を苦しめたくない。僕が上手くやります」
彼はもう一度事件を起こすと言った。これ以上他の誰かを巻き込みたくはなかったが、死ぬのは私だと言う。なぜかそのとき酷く安堵したのを覚えている。痛めつけられて殺されるより、逃げ回って心休まらない日々を送るより、彼に最期を看取ってもらえるならばそれがベストな気がした。私たちはもう明るい場所へは帰ることができないのだから。
匿名で公衆電話から通報した。激しい嵐に負けない音量のパトカーが町へ繰り出す。私は少女の服装を変えてから、汽車へ送り出した。再度家に戻ってきて、彼は準備していた薬類などを床に並べていた。
なるべく安楽死を選ぶといった彼にお礼を言うのは変な気分だったが、束の間の時間に幸せを感じていた。彼と少しの酒を交えて話をする。あの頃に言えなかった想いや、あれから何があったか夜通し話していた。
彼の遺体のことだけが心配だったが、それも彼が大丈夫というのでそれを信じることにした。
「先生……僕達はもう離れないですよね」
「うん……こうしているとなんだか神話とか、御伽話のようだね。数年越しにこうして同じ気持ちで再会して、最期は一番大事な人に見守られるなんて……素敵すぎて自分のこととは思えないよ」
少し茶化して言ってみると、彼は頭をすり寄せて来た。
「ずっと……今までも、これからも愛しています」
私も彼の方に腕を回す。
「僕も先生の所に行くので……待っていてください」
心地良い倦怠感に包まれていく……少し強い酒を入れたような感じで、頭がふわりと重くなる。
そして深い眠りの中に落ちていった。
自分の体さえも引っ張られそうな強い雨と風。一歩一歩踏みしめながら進み、やっと辿り着いた時、二人はそこにいた。しかしいつもと様子が違う。電気を消して、ロウソクの灯りだけで室内を照らしていた。幻想的に揺らめいている火は意味ありげに置かれ、停電しているというわけではなさそうだ。長いテーブルの上にはたくさんの料理が並び、一番端っこで二人がそれを食べていた。
外の騒音で私が中に入ったことには気づかなかったらしい。扉の側の机に身を隠し、二人の様子を見つめた。少し離れていたけど、耳を集中させれば会話が聞こえる。
ケーキのロウソクを女の子が消すと、男の子は立ち上がり彼女にキスをした。ぎゅっと相手の手を握る姿は力強いもので、強く胸を打たれる。このまま誰にも邪魔されずに大人になれれば、二人は素晴らしい家族になれるだろう。
大きく雷が鳴った。力強い光が部屋に入って思わず目を閉じる。それを開けた時、状況は一変していた。
「……えっ」
女の子が大きく腕を振り上げている。その下で何かが飛び散った。
「おめでとう!」
女の子が叫んだ。しかし彼はもう動かない。彼女は楽しそうに、また男の子に話しかける。何度か話しかけても何も言わない彼に、不安そうな顔で触れた。何度か揺らしても反応が無く、彼女も止まった。
「……っ!」
ただ事ではないと彼女に近づいた。怯えたような表情をしている先にいたのは、血だらけになった男の子だった。私は彼女に外で待っているように指示して、絶対に中を覗くなと念を押した。
彼の瞳孔や脈を確認する。それよりも大きな穴の空いた真ん中を見て、命の火が消えてしまったことを感じ取った。
急いで争った跡を作るために、テーブルの上をひっくり返す。ナイフを懐に入れ、彼の残骸に自分の服を着せた。そのまま女の子と私の家まで走る。この時よく誰にも見つからなかったと、後から思っても幸運だった。
しかし玄関を開ける前に今日も、彼がいた。酷く驚いた顔をした後、急いで家の中に閉じ込め、慎重に戸締りを確認した。
私達は地下室に移動する。四人……いや三人で輪になって、誰が口を開くかという空気の中で彼が動いた。
「その子はもう助からないんですね?」
私は小さく頷く。ふと女の子の方を見ると、魂が抜けたかのように、上の方を見つめていた。
彼は聞きたいことが沢山あるといった顔をしていたが、今は緊急事態だと理解したのか口を噤む。
「……私が名乗り出よう」
「どうして先生が!」
「小さな細工しかできなかった。彼女が触れたことが、どこかから分かってしまうかもしれない。私が名乗り出ればこの子の事を見抜かれはしないだろう。老い先も短いし、この子の将来を潰すことはない」
「……そんなの、そんなの嫌ですよ! 先生を……っ、貴方をまた失うなんて!」
「……ありがとう」
素直に出てきた言葉だった。そこから本音がするすると零れる。
「本当は……また会えて、凄く……っ、嬉しかった」
彼の体温がとてつもなく幸せだった。このまま召されてしまえばいいのにと思えるほど。ただ全てが遅すぎたんだ。
「愛してる……ずっと、愛している」
「先生……っ」
部屋の中で少女は静かに涙を流していた。彼の遺体を棺に入れて、森の奥へ埋葬しようと決めた。しかしその前に、彼の家族が帰ってこないことに気づくだろう。あの場所がバレてしまったら、彼女のことまでバレてしまう。この事件が公になれば、小さい集落の中だ。他の地へ行ったとなればすぐに分かるだろう。ならばやはり私が名乗り出ている間に彼女を逃がせられれば……。しかし彼は首を縦に振らなかった。
「今の警察は酷いですよ……話を聞かずに決めつけて、毎日毎日拷問を繰り返す。そんな場所に貴方を連れて行きたくはありません……」
「しかしこれ以外には……」
「……先生」
彼の目が細められ、泣きそうな顔で微笑んだ。
「僕に全て任せてください。……もう貴方を苦しめたくない。僕が上手くやります」
彼はもう一度事件を起こすと言った。これ以上他の誰かを巻き込みたくはなかったが、死ぬのは私だと言う。なぜかそのとき酷く安堵したのを覚えている。痛めつけられて殺されるより、逃げ回って心休まらない日々を送るより、彼に最期を看取ってもらえるならばそれがベストな気がした。私たちはもう明るい場所へは帰ることができないのだから。
匿名で公衆電話から通報した。激しい嵐に負けない音量のパトカーが町へ繰り出す。私は少女の服装を変えてから、汽車へ送り出した。再度家に戻ってきて、彼は準備していた薬類などを床に並べていた。
なるべく安楽死を選ぶといった彼にお礼を言うのは変な気分だったが、束の間の時間に幸せを感じていた。彼と少しの酒を交えて話をする。あの頃に言えなかった想いや、あれから何があったか夜通し話していた。
彼の遺体のことだけが心配だったが、それも彼が大丈夫というのでそれを信じることにした。
「先生……僕達はもう離れないですよね」
「うん……こうしているとなんだか神話とか、御伽話のようだね。数年越しにこうして同じ気持ちで再会して、最期は一番大事な人に見守られるなんて……素敵すぎて自分のこととは思えないよ」
少し茶化して言ってみると、彼は頭をすり寄せて来た。
「ずっと……今までも、これからも愛しています」
私も彼の方に腕を回す。
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