純製造型錬金術師と黄金の鷹

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3.山中にて

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 大量の枯れ木を集め終わり、ジークが火を熾した時には、辺りは暗くなっていた。

「あったかい……」

 私は小さな火に手のひらをかざした。
 ここに転移した時は適温だったのに、少し寒さを感じる。
 羽織っている薄手のマントを体に巻き付けると多少ましになった。

「うーん、困ったな……」

 空中を探るような仕草をしたジークが小さく呟く。
 何をしているんだろう?

「何が?」
「アイテムボックスの中は食料が乏しい。水はあるけれど……。今夜は申し訳ないがパン1個ずつだな。明日、何か狩りをしてみよう」
「アイテムボックス!」

 私のアイテムボックス、どうやって開くんだろう?
 と思った瞬間、目の前に半透明の何かが浮かんだ。

「! 開いた」

 イベントをこなした後、倉庫整理せずにログアウトしたから、アイテムボックスには雑多なものが詰め込まれたままだ。素材、イベントアイテム、装備類、特に意味のないドロップアイテムも入っていた。
 容量限界が近いその中に、今とても必要としているものを見つけて、私は声を上げた。

「あっ……あった!」
「え?」
「食料なら割と充実して……うあ、スプーンがない」

 せっかくイベントで交換した、兎のシチューがほかほか湯気を立てているというのに、スプーンがないとか。
 お皿に口を付けて飲めと?
 王族に?
 ありえなーい!

「ないのなら 作ってしまえ ホトトギス。ダテに純製造やってないっての」
「ナナミ?」

 私はアイテムボックスから細工道具を取り出し、焚火用の枯れ木を掴んだ。
 ざっと大きく削った後、先の丸みを出し、サンドペーパーでなめらかに仕上げる。
 ゲームの世界だからか、はたまた夢だからか、あっという間にそれはスプーンの形になった。
 DEX99なめんな。

「はい、スプーンどうぞ! で、これ兎のシチューです、熱いから気を付けて」

 瞬時に作り出されたスプーンを物珍しそうにひっくり返しつつ眺めていたジークは、少し慌てたように皿を受け取り、そこに視線を落とした。
 あれ、嫌いだったかな。シチュー。
 美味しそうだけどな。

「冷めないうちにどうぞ? ってあれか、王族なら毒見が必要? なら私が一口先に――」

 私は自分のスプーンを、ジークの皿に差し入れようとした。
 ……純然たる親切で、ですよ。ジークの分まで食べようと思った訳じゃない。断じて違う。
 だってさ。いくら私が「女神の渡し人」だと認識していたって、初対面は初対面だし。一般人の私と、王侯貴族では、警戒するべき事は違うだろう。毒見を求められたって、これは食べられないと突き返されたって、それは仕方のない事だと思う。

「いや、毒見は必要ないよ。鑑定スキルもあるし」
「あ、そっか、鑑定スキル。なるほど。どうぞ遠慮なく鑑定してから食べてください」
「ありがたくいただこう」

 スキルを使ったのかどうか、私には分からなかったが、ジークはためらいなくシチューを口に運び始めた。
 その姿は――至って普通だった。
 優雅という訳でもなく、粗野という訳でもなく、王侯貴族っぽさは特に感じない。容姿はとてつもなく整ってるけど。

「美味しい……!」

 一口シチューを口に運んで、私は唸った。
 気温が低めなこともあり、温かなシチューは最高に美味しく感じる。
 うう、イベントで交換しておいてよかった。付き合ってくれたルカさん、改めてありがとう。夢の中でも役に立つなんて凄いわ。

 温かなシチューと、柔らかなパンと、ワイン(ジークが持ってた)での夕食を終えたところで、ジークが姿勢を正した。

「とりあえず、この状況を説明しておこう。……本当は極秘事項ではあるんだろうけど、隠しておいても仕方がない。私がここにいるのは、王宮で謀反が発生したからだ」


***

 王族であるジークフリードは、国王の補佐として様々な公務をこなしている。
 特に近衛騎士団の長を務めているため、軍の仕事が多い。……と言えば聞こえがいいが、実際は書類仕事だ。それも、側近が呆れるほど無茶な量が持ち込まれる。
 持ち込まれた装備品購入の書類を手に取って、ジークフリードは眉をひそめた。

「ディート。この申請はおかしくないか?」
「第三小隊ですね。……監査、入れますか?」
「……いや。これはこのまま通す。カールにひそかに追跡させろ。捕縛や阻止はするな。証拠を掴むのを優先」
「かしこまりました」

 緩やかに、この国の規律が緩み始めているのを、痛いほど感じるのはこういう時だ。
 戦乱が終わって五十年ほど。モンスターの跋扈以外はそれなりに平穏な時代がそうさせるのか、――それとも、王の権力に綻びが生じているのか。軍部の腐敗は目に余るようになってきた。不要な装備の発注、横領、癒着、不正な書類。
 どうしたら立て直せるのか、仕事は多いが権力はほとんど任されていないジークフリードには、いまだ見当もつかないままだ。

 ――自分の力でできることをやるしかない。今は。

 ため息をついて書類の精査に戻った時だった。
 乱れた複数の足音を聞いて、ジークフリードは再び顔を上げた。
 ディートリッヒは既に臨戦態勢に入っている。

「兄上、失礼します!」

 ノックもそこそこに執務室へ飛び込んできたのは、二歳年下の弟、ユリウスだった。

「……何事だ」
「謀反です! 兄上、ここは危険です。どうぞ脱出を!」
「謀反?」


 興奮にギラギラと光っているユリウスの目が、笑みを刻んだ。
 それが、すべての答えだった。
 謀反。その首謀者が、あるいは担ぎ上げられたハリボテの首謀者が、ユリウス=ライマー=エーレンフリートだという事が。

「《ワープ・ポータル》」
「殿下!」

 ユリウスの詠唱によって、ジークフリードの足元に転移魔方陣が展開される。
 その、あってはならない光景に、側近もジークフリードも息を飲んだ。王族の執務室には、魔術無効の結界が張られている。発動する筈のないワープ・ポータルが発動した。結界の解除、そんなものが一瞬でできるはずもなく。――何もかもが仕組まれた茶番だった。
 この転移先には、武装した兵士たちが待っているのだろう。

「《転移先書換》!」
「! 貴様――ッ」

 ディートリッヒの詠唱と、ユリウスの声を聞いたのが最後だった。
 転移魔方陣が稼働し、ジークフリードの視界が白一色に塗りつぶされ――


***

「……で、気が付いたらここにいた。なかなか間抜けな話だろう?」
「いや、何て言ったらいいか」

 困惑してその顔を見つめると、ジークは「ごめん」と苦笑した。

「ディート――側近の妨害で、一応は安全な場所に出ることはできた。ただ、咄嗟だったせいか、座標の指定が無茶苦茶で、辺境近くの山に飛ばされたようだ。所持品も少ないし、これは難儀だなと途方に暮れていたら、君が腕の中に落ちてきた」

 穏やかな表情の下に、荒れ狂う感情がちらりと見えた、気がした。

「王宮では今、何がどうなっているだろう。……私、は」
「ジーク……」

 謀反が成功していたなら、何かしらの汚名を着せられているだろう。
 失敗していたなら、たくさんの人がジークを探している筈だ。
 いずれにしても、大変な事態が起こったのにも関わらず、情報が何一つない。それはどれだけ不安な事だろう。

「弱音を吐いている場合じゃないな。とにかく、この山を下りて、一番近くの町へ向かう。状況が許せば、バウマン辺境伯の居城へ。この辺りは少し厄介なモンスターも多い。ナナミ、君も冒険者だから大丈夫だとは思うけれど、十分気を付けて」
「あうっ。……えーと、ですね。ジーク。その件で一つご報告が」
「?」

 私は深呼吸を一つして、告白した。

「ごめんなさい。私、STR1の純製造職なんです……っ」
「ストレングス、いち」
「サブジョブも鍛冶師なので、どこからどう見ても1です」

 つまりはモンスターと遭っても役に立たない可能性が高い。レベルが高めの辺境のモンスターならば更に。
 私が普段狩っているのはトレントが多い。植物系モンスターで、こちらから攻撃しない限り近づいてはこない、ノンアク――ノンアクティブモンスターだ。枝から木材が取れ、葉はキュアポーションの材料に、根からは睡眠薬の材料である粉が精製できるし、核の部分には、様々な効果を持つ魔石がある。捨てるところのないパーフェクトモンスターなのだ。経験値はちょびっとだから、好んで狩るのは錬金術師くらいだけど。

「……初めて見たよ、純製造職の冒険者」

 そうでしょうとも。
 珍獣を見るような目が痛い。

「ハイポーションなら素材もあるし、いくらでも作れますが、……それ以外はほぼ役立たずと考えてもらって大丈夫です」

 自分で言ってて何だか悲しいけれども。
 錬金術師と鍛冶師は、拠点登録した街でならば、『ホーム』が使える。自分だけのスペースで、そこには倉庫、製造設備が揃っている。逆にホーム外ではランクのそう高くないアイテムしか作成することができない。
 錬金術ならハイポーションやキュアポーション、マジックポーションが限界。鍛冶なら製鉄、装飾具、ダガー、弓、矢くらいだろうか。

「あっ、武器の手入れはできますよ。ジークの剣、研いでおきましょうか?」
「……いや、これは」

 ジークは、地面に鞘ごと置いていた剣を掴んだ。少しだけ抜いて見せてくれる。

「触れない方がいい。……分かるかい?」
「え、何、これ。え……気持ち、悪い」

 銘ある剣だろうというのは分かる。鞘や柄の細工も素晴らしく美しい。けれど。
 何と表現したらいいのだろう。
 力の流れが正しくない。
 これを装備したら、持ち主には不運が訪れるだろう――そんな歪みがある。

「呪いだね」
「呪い!?」

 こともなげにジークが言う。
 ……いや、呪われている剣、というのは、良くはないけど、まぁいい。時折聞く話だ。
 でも、わざわざそれを装備している人間はいない。
 間違って装備して解除できなくなってしまったなら、その足で聖職者のところへ駆け込むのが普通だと思う。

 もしかして、ジークは好き好んで呪いを受けているの?
 それ何てドM。
 いや、ドM通り越してやべぇ奴では。

「こらこら。不穏なことを考えないように。不敬罪でしょっぴくよ」
「何モ考エテナドオリマセンガ」
「棒読み。だから、奇妙な解釈はしないように。単に、断れない人物から下賜されたんで持ち歩かない訳にはいかないだけだ」

 王族であるジークに『下賜』できる人間?

「王妃だ。……一応、血縁上は私の母になる」
「王妃――母、って、ジークあなた!」
「ん?」

 ん? じゃない!

「王族の端っこって、嘘じゃない!」
「ああ」

 恐ろしいことに、ジークは軽く笑って言った。

「信じたのか、すまなかった。この国の人間なら、名前を名乗れば分かるからな。――改めて自己紹介しておこう。私はジークフリード=アルノー=エーレンフリート。
エーレンフリートの第一王子だ」
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