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思い出はべっこう飴の味。(2)
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小酒井のお婆さんは、50年以上続く駄菓子屋を始めるきっかけとなる思い出話をぽつりぽつりと語り始めた。
「私の生まれは埼玉の外れ田舎でね。人口も多くなくて、周りは畑ばかりで、もちろん同世代の子どもたちもいないからねぇ、幼い頃から両親の畑仕事を手伝いをしていたんだよ。
決して裕福なわけではないけど、畑で採れたものを食べられるから『食』に困ることはなかったんだよ。
けどね、今でいうスイーツというのかい?お菓子やケーキなんていう甘いものはほとんど食べたことが無くてねぇ。」
優しい口調で語られる小酒井のお婆さんの言葉に、院長は静かに耳を傾けている。
「そんな生活の中で口にしたのが母が作ってくれたべっこう飴だったんだよ。」
「それが思い出の味という?」
「そうだねぇ。ある日、些細なことで母とケンカをして家出したのさ。
田舎道をとぼとぼ歩いて。足が棒のようになるまで歩いてさ、もう一歩も歩けないってところまで来てその場に座り込んだのさ。
日が暮れ始めて、ほとんど街灯のない田舎町だろ?幼心に不安でね。足も痛いし、心細いしでワンワン泣いていたのさ。」
小酒井のお婆さんは懐かしい日々を思い出し、優しい口調で続けた。
「泣き疲れて途方に暮れている頃に、母が私の元に来たのさ。
叱られると思ってビクビクする私を、何も言わずにそっと抱き寄せて、背中に私をおぶって、ゆっくり、ゆっくり家まで連れてってくれてねぇ。
家に着いてから、母が私に食べさせてくれたのがべっこう飴だったんだよ。
歩き疲れ、泣き疲れていた私の口の中に、優しい甘さが口いっぱいに広がってねぇ。
形は歪だけど、母の優しさが詰まっているのを感じたよ。
それまでに何度か母の作ったべっこう飴を食べたことがあったけど、その日のは格別に美味しく感じたねぇ。」
「そんな思い出があったんですね。」
「その時の『味』というか『感情』みたいのを忘れられなくてね。
値段が高いわけでもなく、いつだって食べられるものが、何かのきっかけで特別に感じることってあるからねぇ。
特に子どもって言うのはその感情に敏感さね。
それにさ、大人にとって10円のお菓子の価値なんてちっぽけかもしれないけど、子どもにとってはそうじゃないだろう?
小さな手で握りしめた10円玉で食べるお菓子っていうのは、それだけで特別なものさね。
私は子ども達にそんな気持ちを大切にしてもらいたくて駄菓子屋を始めたのさ。」
「そんな強い想いから始めていたんですね。確かに、子どもの頃、小銭を握りしめて駄菓子屋さんにかけて行ってた頃の事、今でも覚えています。不思議ですね。他にも、友達と遊んだり、どこかに出かけたりっていう思い出もあるのに、駄菓子屋さんであれを食べたとか、これをやったとかの方が鮮明に思い出せますね。」
「それは、院長にとってその思い出こそが特別なものになったからじゃないかねぇ。」
「小酒井さんのお店にはべっこう飴扱っているんですか?」
「ほっほっほ。今の子どもたちはもっとおいしい飴玉の方が好みさね。
それに、べっこう飴は私の思い出だからねぇ。
今の子どもたちには別の特別な思い出を作っていもらえればいいからねぇ。」
「なんだか小酒井さんのお話を聞いていると駄菓子を食べたくなりましたよ。」
「そうかい、そうかい。いつでもお店にいらっしゃい。営業時間は11時から夜の7時頃までやっているよ。」
小酒井さんのお婆さんは優しい笑顔でちゃっかりお店の宣伝をした。
「近々必ず伺いますよ。」
そうこうしている内に小酒井のお婆さんの施術が終了し、会計を済ませ、接骨院のドアに手をかけながら小酒井のお婆さんは言う。
「久しぶりにべっこう飴が食べたくなったねぇ。今晩当たり作ろうかね。院長も帰りによりなさいな。お土産を渡すよ。」
「必ず伺います。」
小酒井のお婆さんが立ち去った接骨院内には優しい空気が流れていた。
院内のラジオからは、リスナーのリクエストであろうオールディーズの曲が流れている。
流行り廃りに流されない名曲だ。
子ども達が、今も昔も駄菓子屋さんに足繁く通うのは、この曲を聴くのと同じ感覚なのかな。
そんなくだらないことを考えながら、時間がたちぬるくなった缶コーヒーの残りを啜った。
「私の生まれは埼玉の外れ田舎でね。人口も多くなくて、周りは畑ばかりで、もちろん同世代の子どもたちもいないからねぇ、幼い頃から両親の畑仕事を手伝いをしていたんだよ。
決して裕福なわけではないけど、畑で採れたものを食べられるから『食』に困ることはなかったんだよ。
けどね、今でいうスイーツというのかい?お菓子やケーキなんていう甘いものはほとんど食べたことが無くてねぇ。」
優しい口調で語られる小酒井のお婆さんの言葉に、院長は静かに耳を傾けている。
「そんな生活の中で口にしたのが母が作ってくれたべっこう飴だったんだよ。」
「それが思い出の味という?」
「そうだねぇ。ある日、些細なことで母とケンカをして家出したのさ。
田舎道をとぼとぼ歩いて。足が棒のようになるまで歩いてさ、もう一歩も歩けないってところまで来てその場に座り込んだのさ。
日が暮れ始めて、ほとんど街灯のない田舎町だろ?幼心に不安でね。足も痛いし、心細いしでワンワン泣いていたのさ。」
小酒井のお婆さんは懐かしい日々を思い出し、優しい口調で続けた。
「泣き疲れて途方に暮れている頃に、母が私の元に来たのさ。
叱られると思ってビクビクする私を、何も言わずにそっと抱き寄せて、背中に私をおぶって、ゆっくり、ゆっくり家まで連れてってくれてねぇ。
家に着いてから、母が私に食べさせてくれたのがべっこう飴だったんだよ。
歩き疲れ、泣き疲れていた私の口の中に、優しい甘さが口いっぱいに広がってねぇ。
形は歪だけど、母の優しさが詰まっているのを感じたよ。
それまでに何度か母の作ったべっこう飴を食べたことがあったけど、その日のは格別に美味しく感じたねぇ。」
「そんな思い出があったんですね。」
「その時の『味』というか『感情』みたいのを忘れられなくてね。
値段が高いわけでもなく、いつだって食べられるものが、何かのきっかけで特別に感じることってあるからねぇ。
特に子どもって言うのはその感情に敏感さね。
それにさ、大人にとって10円のお菓子の価値なんてちっぽけかもしれないけど、子どもにとってはそうじゃないだろう?
小さな手で握りしめた10円玉で食べるお菓子っていうのは、それだけで特別なものさね。
私は子ども達にそんな気持ちを大切にしてもらいたくて駄菓子屋を始めたのさ。」
「そんな強い想いから始めていたんですね。確かに、子どもの頃、小銭を握りしめて駄菓子屋さんにかけて行ってた頃の事、今でも覚えています。不思議ですね。他にも、友達と遊んだり、どこかに出かけたりっていう思い出もあるのに、駄菓子屋さんであれを食べたとか、これをやったとかの方が鮮明に思い出せますね。」
「それは、院長にとってその思い出こそが特別なものになったからじゃないかねぇ。」
「小酒井さんのお店にはべっこう飴扱っているんですか?」
「ほっほっほ。今の子どもたちはもっとおいしい飴玉の方が好みさね。
それに、べっこう飴は私の思い出だからねぇ。
今の子どもたちには別の特別な思い出を作っていもらえればいいからねぇ。」
「なんだか小酒井さんのお話を聞いていると駄菓子を食べたくなりましたよ。」
「そうかい、そうかい。いつでもお店にいらっしゃい。営業時間は11時から夜の7時頃までやっているよ。」
小酒井さんのお婆さんは優しい笑顔でちゃっかりお店の宣伝をした。
「近々必ず伺いますよ。」
そうこうしている内に小酒井のお婆さんの施術が終了し、会計を済ませ、接骨院のドアに手をかけながら小酒井のお婆さんは言う。
「久しぶりにべっこう飴が食べたくなったねぇ。今晩当たり作ろうかね。院長も帰りによりなさいな。お土産を渡すよ。」
「必ず伺います。」
小酒井のお婆さんが立ち去った接骨院内には優しい空気が流れていた。
院内のラジオからは、リスナーのリクエストであろうオールディーズの曲が流れている。
流行り廃りに流されない名曲だ。
子ども達が、今も昔も駄菓子屋さんに足繁く通うのは、この曲を聴くのと同じ感覚なのかな。
そんなくだらないことを考えながら、時間がたちぬるくなった缶コーヒーの残りを啜った。
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