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第一章
おにぎりは元気の出る食べ物
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テイクアウト専門店だから普段はラップに包んだりパック容器に入れて提供するおにぎりだけど、今日はお皿の上に三つ乗せられていた。
女性は確認するように朋子と由加の顔を見て、ゆっくり手を伸ばした。
「ありがとうございます」
「私たちも食べましょ」
朋子も、すっとおにぎりに手を伸ばす。
「私たちも食べるの?」
「そうよ、ご飯は誰かと一緒に食べた方が美味しいんだから」
一緒に食べた方が美味しいかどうかは相手によると思うが、今の状況で心細そうに泣いている女性客にだけ食べてもらうのは確かによくないだろう。由加も朋子に倣い、おにぎりに手を伸ばす。
炊きたてのご飯と揚げたてのからあげのおにぎりは温かく、お米の甘い香りの中に生姜と醤油の刺激が鼻腔をくすぐる。ふわっと磯の香りもして、とても心地よい。
「いただきます」
恐る恐るといったように、女性はゆっくりとおにぎりを口に運ぶ。小さくひと口含むように食べ、ぎゅっと目を閉じた。
「おいしい、です」
目の端から、また涙が滲む。おいしいと思ってもらえて良かった。女性は先程よりも大きく口を広げ、二口、三口と食べ進める。
由加もそれを見て、おにぎりを口に運ぶ。サクサクとしたからあげとほかほかのご飯の食感のおかげで、飽きずに食べ進められた。油っぽくならないよう、おにぎり用のからあげはしっかり油をきると良いと朋子が言っていたことを思い出す。
優しくほろりとほどける海苔は無理に噛み切る必要もなく、自然と口の中で溶けていく。
朋子が、おにぎりを飲み込んで口を開いた。
「食べられたから、体からエネルギーが湧いてくるでしょ。無理し過ぎず、頑張れる時は前向きに頑張ってみて。お腹がすいたらまたここに来ればいつでも作るからさ!」
朋子の言葉にうなずきながら、女性客はゆっくりとからあげおにぎりを食べきった。
料金はいらない、との申し出を頑なに断り、女性客は水とからあげおにぎりの代金を支払って店を後にする。これから、病院に戻るという。
頼りない背中で、ゆっくりと歩みを進める女性の姿を見て、朋子がぽそりと呟く。
「客商売してると、いろんな事情を持ったお客様に出会うけど……ウチの店に来てくれる人はみんな幸せになって欲しいわね」
まだ、大きな苦労を経験していない由加にとって、その言葉をすべて理解できていない気はする。しかし、来てくれた人が少しでも幸せであれと願う気持ちは同じだ。
*
「いらっしゃいませ~……あら!」
泣いた女性客にからあげおにぎりを提供してから数ヶ月後、その人が別の女性を連れて来店した。ちょうどピーク時間を過ぎたあたりで、店内に他の客はいない。
「こんにちは!」
泣いていた時とは違い、以前のように笑顔が見られ溌剌としている様子に安堵する。
「母を連れてきました。先日のことを話していて、ずっとご挨拶したいと言っていたので」
「あら! お元気になられたのね!」
「その節は娘がお世話になりました」
手術を受けると言っていたけれど、元気そうに見えた。とはいえ、あれから数か月経っている。治療の甲斐あって、ようやくここに来れる余裕が生まれたのかもしれない。
「はい、なんとか。娘が家のことをやってくれてるので、ゆっくり療養できています」
「こちらでおにぎりをいただいて、前向きになれたので頑張れました」
照れたように、女性客は母の顔をちらりと見た。
「珍しく頑張っているものだから、私が心配になってしまいそうなんですけどね」
「私がいつもダラダラしていたみたいに言うんだから!」
冗談交じりの言葉に、母娘は楽しそうに顔をほころばせた。良い雰囲気に、朋子と由加も笑顔で見つめ合う。
二人はおにぎりや総菜を購入し、店を後にした。ガラスのはめ込まれた横開きの扉越しに、桜が舞い始めた公園脇を歩いていく姿を見守る。
再び静寂が訪れた店内で、由加はぽそりと朋子に話しかけた。
「お母さんが、お父さんと離婚してでもおにぎり屋さんをやりたかったって気持ちが分かった気がする」
食べ物はひとの気持ちを温かくし、生きるためのエネルギーを与えてくれる。その手助けになれるというのは、とてもやりがいのある仕事だと思えた。特に朋子のように根が明るい人にとっては、天職なのではないだろうか。
「そこまで考えてやってないわよ。やりたいことを後悔のないようにやりたいって思っただけ」
嘘か本当か、飄々とした顔でからあげの下味付けを始めている。
「ま、お父さんとは離婚しないわよ。今はね」
由加にとって、離婚回避となったのは初耳だ。この数ヶ月ずっと会話らしい会話をしていなかったように見えたけれど。
「仲直りしたんだ」
気弱な父・修の姿が頭に浮かぶ。
「私が毎日楽しそうにしているから、まぁいいかと諦めたみたい」
認めてもらったというわりには、あまり面白くなさそうな言い方をしている。夫婦って、結婚って難しいなと思う。それすらも、独身の由加にはまだまだ分からないが。
「さ、今日も明日も、私とお客様の元気のために頑張るわよー!」
女性は確認するように朋子と由加の顔を見て、ゆっくり手を伸ばした。
「ありがとうございます」
「私たちも食べましょ」
朋子も、すっとおにぎりに手を伸ばす。
「私たちも食べるの?」
「そうよ、ご飯は誰かと一緒に食べた方が美味しいんだから」
一緒に食べた方が美味しいかどうかは相手によると思うが、今の状況で心細そうに泣いている女性客にだけ食べてもらうのは確かによくないだろう。由加も朋子に倣い、おにぎりに手を伸ばす。
炊きたてのご飯と揚げたてのからあげのおにぎりは温かく、お米の甘い香りの中に生姜と醤油の刺激が鼻腔をくすぐる。ふわっと磯の香りもして、とても心地よい。
「いただきます」
恐る恐るといったように、女性はゆっくりとおにぎりを口に運ぶ。小さくひと口含むように食べ、ぎゅっと目を閉じた。
「おいしい、です」
目の端から、また涙が滲む。おいしいと思ってもらえて良かった。女性は先程よりも大きく口を広げ、二口、三口と食べ進める。
由加もそれを見て、おにぎりを口に運ぶ。サクサクとしたからあげとほかほかのご飯の食感のおかげで、飽きずに食べ進められた。油っぽくならないよう、おにぎり用のからあげはしっかり油をきると良いと朋子が言っていたことを思い出す。
優しくほろりとほどける海苔は無理に噛み切る必要もなく、自然と口の中で溶けていく。
朋子が、おにぎりを飲み込んで口を開いた。
「食べられたから、体からエネルギーが湧いてくるでしょ。無理し過ぎず、頑張れる時は前向きに頑張ってみて。お腹がすいたらまたここに来ればいつでも作るからさ!」
朋子の言葉にうなずきながら、女性客はゆっくりとからあげおにぎりを食べきった。
料金はいらない、との申し出を頑なに断り、女性客は水とからあげおにぎりの代金を支払って店を後にする。これから、病院に戻るという。
頼りない背中で、ゆっくりと歩みを進める女性の姿を見て、朋子がぽそりと呟く。
「客商売してると、いろんな事情を持ったお客様に出会うけど……ウチの店に来てくれる人はみんな幸せになって欲しいわね」
まだ、大きな苦労を経験していない由加にとって、その言葉をすべて理解できていない気はする。しかし、来てくれた人が少しでも幸せであれと願う気持ちは同じだ。
*
「いらっしゃいませ~……あら!」
泣いた女性客にからあげおにぎりを提供してから数ヶ月後、その人が別の女性を連れて来店した。ちょうどピーク時間を過ぎたあたりで、店内に他の客はいない。
「こんにちは!」
泣いていた時とは違い、以前のように笑顔が見られ溌剌としている様子に安堵する。
「母を連れてきました。先日のことを話していて、ずっとご挨拶したいと言っていたので」
「あら! お元気になられたのね!」
「その節は娘がお世話になりました」
手術を受けると言っていたけれど、元気そうに見えた。とはいえ、あれから数か月経っている。治療の甲斐あって、ようやくここに来れる余裕が生まれたのかもしれない。
「はい、なんとか。娘が家のことをやってくれてるので、ゆっくり療養できています」
「こちらでおにぎりをいただいて、前向きになれたので頑張れました」
照れたように、女性客は母の顔をちらりと見た。
「珍しく頑張っているものだから、私が心配になってしまいそうなんですけどね」
「私がいつもダラダラしていたみたいに言うんだから!」
冗談交じりの言葉に、母娘は楽しそうに顔をほころばせた。良い雰囲気に、朋子と由加も笑顔で見つめ合う。
二人はおにぎりや総菜を購入し、店を後にした。ガラスのはめ込まれた横開きの扉越しに、桜が舞い始めた公園脇を歩いていく姿を見守る。
再び静寂が訪れた店内で、由加はぽそりと朋子に話しかけた。
「お母さんが、お父さんと離婚してでもおにぎり屋さんをやりたかったって気持ちが分かった気がする」
食べ物はひとの気持ちを温かくし、生きるためのエネルギーを与えてくれる。その手助けになれるというのは、とてもやりがいのある仕事だと思えた。特に朋子のように根が明るい人にとっては、天職なのではないだろうか。
「そこまで考えてやってないわよ。やりたいことを後悔のないようにやりたいって思っただけ」
嘘か本当か、飄々とした顔でからあげの下味付けを始めている。
「ま、お父さんとは離婚しないわよ。今はね」
由加にとって、離婚回避となったのは初耳だ。この数ヶ月ずっと会話らしい会話をしていなかったように見えたけれど。
「仲直りしたんだ」
気弱な父・修の姿が頭に浮かぶ。
「私が毎日楽しそうにしているから、まぁいいかと諦めたみたい」
認めてもらったというわりには、あまり面白くなさそうな言い方をしている。夫婦って、結婚って難しいなと思う。それすらも、独身の由加にはまだまだ分からないが。
「さ、今日も明日も、私とお客様の元気のために頑張るわよー!」
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