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5杯目

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「オーナーさん?」

 顔を真っ青にしていたオーナーに驚いてしてしまい、肩を叩く。すると我に戻ったのか首をブンブンと振り言った。

「そ、それでお返事は!!」
「あぁ。今は全く彼女とか作る気ないって事で断りました。でもまぁ……狙う宣言されちゃいましたけど」
「むむむ……」

 何かを考え込んでいた。俺がモテる理由が分からないんだろうなと思う。早めに店から出ようと立ち上がると、オーナーは俺の肩をガッと掴んだ。

「な、なんです?」
「また来てくれますよね!」
「えぇ、もちろん」
「良かったあ。待ってますね」

 店から出て、久しぶりに1号店に顔を出そうとタクシーを拾う。数十分走った後に1号店に着く。中に入ると中鼻オーナーはにこやかな笑みで言った。

「あれれ、店長どうしたん!」
「お久しぶりです。オーナー」
「うんうん。久しいねえー!」
「ちょっと顔を出そうかと」
「そうか。ゆっくりしてってよ」

 オーナーにお茶を出してもらう。温かい適温のお茶だった。少し心が楽になるような感覚が襲う。お茶の美味しさでひとつため息を吐くと、オーナーは肩を叩く。

「どうした?」
「ああ、いや、ちょっと」
「相談?」
「実は」

 2号店で告白されたことを報告する。店の関係上悪くは無いように断ったが、今後気まずさがあるからこそ、1号店から新たな人材を2号店に送ってもらい、1号店にナツコを送るという提案をした。

「んーでもナツコさんは結構有能だしなあ」
「ですよね。2号店が今上手く立ち回ってるのもナツコさんのおかげはあるんで」
「んー、まぁナツコさんと俺が話してみるよ」
「頼みます。中鼻オーナー」
「任された!」

 ナツコについては中鼻オーナーに任せることにする。1号店から出ようとした時だった。待ってという声が聴こえる。後ろを振り向くと中鼻オーナーの妹さんだった。

「あれ、まだいらっしゃったんですか?」
「事務の仕事残っててね。あはは」
「えっと何かご用事でしたか?」
「んとさ、今度デートしない?」
「はい?」
「いやだから……。あ、お兄ちゃん来ちゃった。ごめん忘れて!!」
「おい、どうした? 我が妹よ」
「なんでもないし。来るタイミング悪すぎ。死ねば?」
「辛辣な妹よ、そんな妹でも俺は愛すぜ!!!」
「……じゃあね。店長」
「あ、はい。お疲れ様です。中鼻オーナーもお疲れ様です」

 デートを誘われてしまったことに頭がフリーズしていた。こんなに数人の女性からアプローチされることなんて人生でも無かったからこそ、この状況が飲み込めなかった。そこまで身長も高くない顔も良くない、そして性格も良くないときた。誰がこんなやつ好きになるんだろうと思いながら生きてきた分、思わぬ状況にプチパニック状態だった。

 ゆっくり頭を休めるためにシャワーを浴びてベッドに倒れ込む。

「ああああああ」

 枕を口元に当てて思いっきり叫んだ。少しスッキリした。明日は仕事が休みということもあって趣味でずっと続けていた柔道の市民大会に参加することにしていた。

 ☆☆☆

「次の方、どうぞ」

 翌日、試合会場に来ていた。日比谷カフェのオーナーに昨晩、試合出るのを報告していた。何故報告したかは自分でも覚えていなかった。

 体重測定が終わる。無事クリアする。そして試合時間が迫る中で柔道の大会には似合わない綺麗な桃色の髪の毛を見つける。

「あ、オーナーさん!」
「あ、えっと、ユウジさん!」
「……名前教えましたっけ?」
「あ、いやそのえっと」
「あはは。僕が忘れっぽいだけなので、教えてたかも!」
「あははは……」
「来てくれてありがとうございます。急なお誘いだったのに」
「う、ううん。良いんです。にしてもガタイが良い方ばかりだあ」
「勝ち抜くので見ててくださいね」

 そして数十分後、俺の試合の番が回ってくる。畳に立ち相手と向かい合い、始めという審判のコールから試合は始まった。オーナーからの熱い応援も飛んでくるのが聴こえる。それが力になる。

 そして気づけばあっという間に決勝戦だった。結果は負けてしまったものの、人生で二度目の準優勝となった。

「お疲れ様です!」
「応援ありがとうございます。負けちゃいました」
「かっこよかったです。あの頃みたいで」
「あの頃……?」

 オーナーから出た、あの頃というワードに引っかかる。それを問い詰めようとした時だった。

「ユウジくぅん、みてたよぉー」
「……テメェ」
「怖い顔しないでえ。カフェのこと謝るからあ」
「お前のせいで数年間カフェ来れなかったんだぞ……!!!」
「ごめぇん」

 ウザったらしく、わざとらしい顔と身振りで俺に近寄る。あのカフェの1件以来会うことは無かったが、今日ここに何故かこいつは居た。オーナーの方をちらっと見ると怒ったような顔をしている。

 すると。

「あなたには二度と私と日比谷カフェとこの方に近づかないでと言ったはずですが」
「ここあんたの私有地じゃないし」
「聞いていましたか? 私と彼と日比谷カフェに。と言いました」
「こわぁい。ユウジ、たすけてえ」
「近づくな。オーナー帰りましょう」
「うん」

 俺はあの女から離れたいがために少し早足で大会場を出ようとした時だった。

「いいんだ。あのことバラしても」
「……は?」
「あんたが中学の頃」
「テメェ……」
「ふん。バラされたくなきゃ来い」
「クソアマ……。オーナー先帰ってください」
「え、でも」
「いいから」
「……」

 明らかな愛想笑いでオーナーは帰って行った。俺は意図的に彼女の罠に捕まった。

「……なんのつもりだ」
「だから言ってんじゃん」
「は?」
「私とヨリ戻せって」
「お前が悪いんだろうが」
「怖いなあ。そんな怒るなよ」
「お前のそういうとこが嫌いなんだよ」
「嫌いってことは、無関心じゃないよね?」
「は?」
「嫌いってことは好きになってもらうチャンスがあるわけだ。だって無関心なら誰に何言われようが関係ないもーん」

 ツラツラと喋るこの女を俺は殺したくなって来てしまった。だが店長になった事、日比谷カフェから離れたくないということで、グッと我慢する。ペラペラと永遠と話を続ける彼女を放っておいて帰ろうとした時だった。

「ねえ、あんた中学の時なんで人を殺したわけ?」
「……」
「少年Aくん」
「それ、バラしたらお前ごと殺すからな」
「……分かってるよ。あんたの生活大事だからね」

 そう、俺は元犯罪者だ。少年法によって守られては居たが、少年Aとしてテレビを騒がせた。

 何故事件を起こしたのか。それは。

 ☆☆☆

 夜中に飛び起きる。嫌な汗が出ていた。一度も忘れない。人を殺した時の感触を。

「クッソ」

 今でも呪縛のように殺した男の怨念が幽霊がまとわりつくようにずっと居る。深夜日比谷カフェに気持ちを晴らせるように向かった。

「いらっしゃいませ」
「あの、モカコーヒーとティラミスを、あとすみませんおしぼりをふたつ頂けますか」
「かしこまりました」

 いつものようにオーナーが運んできてくれる。ゆっくりとコーヒーを啜り、ティラミスを食べた。

「口元にチョコついちゃってますよ。可愛いですね!」
「……」
「お兄さん?」
「あ、すみません。取ってもらって」
「ううん、食べちゃお」

 俺の口元から取ったチョコをオーナーはペロッと食べる。自分でも顔が赤くなっているのが分かる。

「あはは、慣れてないんだ!」
「オーナー、誰彼構わずやっちゃダメだよ」
「もちろん!」
「なんで、そんなに俺に優しくしてくれるんですか」
「……あのね、私昔暴漢に襲われたことがあるの。その時助けてくれた人が居てさ」
「……」
「決めたの。私、絶対色んな人に感謝されるお店作るんだって。誰でも良い気分で帰られるように」
「そうですか。ご馳走様でした」


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