植物時計

かぴも

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植物時計

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 カチ、カチ、カチ、、静かな春の宵、部屋に鳴り響く無機質な音。何年もの間、狂うことなく時を刻むそれは、不思議なもので温度は無いのに脈を打っているようだ。その音が鳴る度に嫌でも時の流れを思い知らされる。
 時間だけが過ぎ、何もしていないことに苛立つ。動かなくてはいけないと分かっていても根を張ってしまったかのごとく体が動かない。何を考えるでも無く、ただ秒針が動くのを見ていた。
 私の心は3月×日の12:00に置き去りにされている。そうとは知らず、周りは私を置いて前進し時を刻んでいる。去年の春に買ったシャープペンシルは塗装が禿げ、過去の私が必死に足掻いていたあの頃を思い出させる。本当に我武者羅だった。寝食を惜しんで勉学に励んだ。それだのに、、、怒りをぶつける相手が居るはずも無く、悲しみへと消化され、終いには虚無になる。分かっていた、受験戦争に勝者が居れば敗者も出るということくらい。そんなことを考えている内に、いつの間にか眠ってしまったようだ。

 私は見知らぬ森の中を彷徨い歩いていた。木々が茂り、空気は澄んでいる。道中、たくさんの芽吹きを見た。鳥のさえずりを聞いた。花の匂いを嗅いだ。あらゆる生命が春を讃えていた。あぁ、なぜ自然は暦を知らずとも春を知るのだろうか。森の中に居ると、時が止まっているのでは無いかとさえ疑う。あの無機質で冷淡なリズムとは違って、人に気付かれぬよう、産声もあげずにそれらは生まれ、時の流れに身を委ね自由気ままに育っていく。
 森を抜けると古びた民家が見えた。庭に艶やかな牡丹が咲き乱れていた。なんて強く美しいのだろう、その優雅な出で立ちにうっとりと溜息を漏らした。
「あら、お嬢ちゃん。その牡丹が気に入ったかえ?」
 どうやらここの家主のようだ。声のする方を見ると、立っているのがやっとのようなよぼよぼの老婆がにんまりと笑ってこちらを見ていた。
「その牡丹はねぇ、今年で150になるのよ。あたしよりもずっと歳上なのよ。」
 150歳!?にわかには信じ難い。水々しい花弁といい、魅惑的な真紅の発色といい、現役そのものでは無いか。事実を知った今、優艶な輝きにどこか怪しさを覚えた。

 そこで目覚めた。今日は久しぶりに田舎に住む祖母の家に行くことになっている。そういえば、祖母の家にも牡丹が植えてあった気がする。向こうに着いたらばあちゃんに聞いてみよう。
 数年ぶりに会ったばあちゃんは、腰の曲がり具合からしても、だいぶ老け込んでいるのが見てとれる。顔を覗き込むと、頰が垂れ、元々小さな目を瞼が覆っていて、前が見えているのかどうかさえ危うい。
 「久しぶりやねぇ、大きくなったねぇ」
 そう言って、笑顔のばあちゃんと目が合った瞬間、さっきよりも若く見えたのは気のせいだろうか。
「そうだ、ばあちゃん。ばあちゃんちに牡丹植えてなかったっけ?」
「あぁ、牡丹はもう枯れちまったよ、今年は暑いからねぇ。」
 ばあちゃんの視線の先には、牡丹と思われる枯れ木が弱々しく生えていた。そうか、長寿のようだけど、花開く蕾の一生は数週間程度の儚い命なのね。
 ばあちゃんちの庭にはたくさんの植物が育っていた。それらをじっと見ていても、ただ健気に日光を浴びているだけで、脈拍も呼吸も感じない。やはり、時が止まっているかのようだ。それなのに、数日後に見るそれらは成長が進み、今日とはまた違った顔を見せるのだろう。人間に体内時計が備わっているように、植物には植物の時間の測り方が遺伝子に組み込まれているのだ思い知らされる。物理の法則通り、毎秒何mmなどとは表せず、環境要因によって生体応答は変化する。一見時が止まっているかのように見えるが、その実ものすごいスピードで命を燃やしているのかもしれない。
 ここ数日、いくら勉強していても成長の実感が持てず、ただ時間だけが過ぎていくことに、苛立ち焦燥感に駆られていた。以前の私は、時の流れを数字で均等に区切った文明の利器に囚われすぎていたのかもしれない。楽しくてあっという間に時間が過ぎてしまうこともあれば、つまらない授業が永遠に終わらないのでは無いかとうんざりすることもある。つまり、私には私の時の流れがある。早くなったり遅くなったり、テンポは一定で無いことは確かだが、決して数値で表せられるものではない。今の私はあの日に取り残されているが、いつかまた歯車が動き出す日が来るのだろう。
 祖母の家から自分の家に帰宅すると、ふとあの古い時計が目に留まった。時刻は12:01を指していた。
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