この契約結婚は君を幸せにしないから、破棄して、逃げて、忘れます。

箱根ハコ

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11 一緒にいよう

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「ルーヴェル君……!」

 不安がどんどん膨らんでいく。
 今の彼はエルンと同じくらいの身長がある巨大な獣だ。それが、こんなに探しても見つからないだなんて。

「お願い、返事をして、ルーヴェル君!」

 ワゥ……ン……!
 ふいに遠くから聞こえた鳴き声にエルンは止まる。

「ルーヴェル君?」

 ワゥ……!
 問いかけると、再びルーヴェルのものらしき鳴き声が響いた。とはいえ、魔獣の鳴き声である。万が一違った場合、襲われる危険もあった。
 それでも、ようやく見えた希望に賭けたい。
 エルンは箒の向きを変え、全速力でその方向へ飛んでいった。鳴き声を頼りに進んでいくと、つい最近崩れたと見られる大きな穴が目の前に現れる。その上には巨木が倒れ込み、茂った葉が覆い隠していた。
 上空からでは到底見つけられなかっただろう。
 深夜ということもあり、えぐれた地面の底は暗闇に沈み、全く見通せなかった。

「……ルーヴェル君。そこにいるのかい?」

「ワゥ!」

 聞こえてきた声に、エルンは胸が一杯になる。

「よかった。すぐに助けに行くね!」

 まずは木をどかさなければ、とエルンは重力操作魔法を使い、木を一本ずつ軽くしてどかしていく。
 幹にはたくさんの爪の跡が残っていた。

「……これは、グリフォンの爪?」

 ルーヴェルのものよりも大きい。きっとルーヴェルはグリフォンに襲われてここに落ちてしまったのだろう。
 全ての木をどけ終わり、箒にまたがって穴の中に降りていく。ランプの明かりに照らされた下では、傷だらけのルーヴェルが寝転んでいた。彼の上にいくつか岩も落ちている。

「ルーヴェル君!」

 小さく身体が上下に動いており、呼吸をしていることがわかる。
 エルンは箒をその場に置くと、ルーヴェルに抱きついた。

「よかった……。ルーヴェル君……。無事で……」

 涙が溢れて止まらない。彼がいなくなったと知ってからというもの、不穏な想像ばかりが頭を巡り、不安に押し潰されそうだった。
 ぎゅう、と抱きついてから慌てて涙を拭う。帰らない友達を心配したのだから涙くらい流しても良いと思うのだが、恋心がバレるわけにはいかないのだ。

「じっとしていてね。すぐに治してあげるから」

 エルンは杖を取り出すと呪文を唱える。光の粒子がゆらめきながら空を舞い、次第にルーヴェルへと集まっていった。
 そのまま粒子は傷口を取り囲み、優しく照らす。徐々に傷が治っていった。

「えぐれた毛は流石に元に戻らないから、しばらくはその姿で過ごしてね」

 ところどころ禿げた毛皮は哀れだが、どこか可愛らしく思えた。

「ワウ……」

「君、いつからここにいたんだい? 帰ったらいなくて、本当に心配したんだ」

 ルーヴェルは一度頷いた。地面は硬い岩だったので、返事は書けない。

「……まぁでも、無事に見つかったんだから別にいいよ。何か食事があればいいんだけど、一日中飛び回って、今日はもうこれ以上力は使えそうにない。もう外へも出られないよ」

 努めて明るい調子で告げると、ランプの明かりで周囲を照らした。なにか食べられる植物が生えていればいいのだが、と思ったのだが、何もなかった。
 鞄の中を漁り、持ち歩いている飴を見つけ、口に入れる。

「ルーヴェル君も食べるかい?」

 もう一つ取って、飴を眼の前に出すと、彼はぱくりと口に含んだ。

「今晩は一晩ここで寝よう。そして、明日になったら魔力が回復しているだろうから、一緒に帰ろう」

 ルーヴェルの鼻のあたりを優しく撫でる。ゴロ……と彼の喉が鳴った。
 返事は期待できないとわかっていて、エルンはつい口にしてしまった。

「君は、今の状況を不本意だと思っているんだろうね……。よくわかるよ。姿が変わったばかりに、周りの人や、お父さん、……ソフィアさんからも腫れ物を触るように扱われて……、挙句の果てに僕のせいでこんな姿になったのに、一緒に暮らさなくちゃいけなくなったんだからさ……」

 ルーヴェルの四つの瞳がじっとこちらを見つめ、ゆっくりと首を横に振る。不本意ではないのだろうか。
 その仕草に、エルンは驚きながらも、自然と口元がほころんだ。

「……優しいね。大丈夫。何年、何十年かかっても、絶対に君の呪いを解いて、元の姿に戻してみせるよ。僕のせいでこうなったんだ。だから、僕の人生をかけてもいい……」

 ルーヴェルの毛皮のそばに腰を下ろし、硬くしっかりとした毛をゆっくり撫でた。初めてこの姿になった時は近づくたびに鼻を突くような悪臭が漂っていたのに、最近はこまめに風呂に入っているせいか、それとも単に慣れてしまったのか、その匂いも気にならなくなっていた。

「……だからさ、せめて戻るまでは、一緒に居てほしいんだ。……ちゃんと、僕の所に帰ってきて欲しい」

 彼の角度からはエルンの顔は見えない。だからだろう、エルンは本音を口にした。呟いた願望は、自分でも恥ずかしくなる願いだった。

「……一人で死のうとなんて、しないで」

 呟くように言葉を続けると、ルーヴェルは、ワウ? と不思議そうな声を漏らした。視線を向けると、彼はぶんぶんと首を振りながら、片方の足で傷があった場所を指している。

「……自殺しようとしたんじゃない?」

 ルーヴェルはコクコクと頷く。

「……よかったぁ」

 ほぅ、とエルンは肩の力を抜いた。ルーヴェルはどこか呆気にとられたようにエルンを見続けている。
 何となく気まずくて、無理に笑った。

「ごめん、早とちりをしていたみたいだ。でも、本当に今の状態だと心配で仕方がないんだ。危ないことはあまりしないでほしい。もしも僕と一緒に住みたくないのなら、僕は別の所に家を借りるから……」

 そこまで語っていると、ふわさ、としっぽがエルンの身体に巻き付く。ルーヴェルは身体を横たえ、毛皮としっぽでエルンを包みこんでくれた。

「……一緒に居てくれるの?」

 彼の優しい仕草に、期待を込めて尋ねる。

「ワウ」

 コクリと頷いてくれたので、エルンの表情がぱっと明るいものになった。

「ワゥ……」

 ふわぁ、と大きな狼があくびをする。

「ああ、もう眠いんだね……。時間はわからないけど、夜も遅いんだし、今日は寝ようか」

 毛皮の奥からルーヴェルの体温が伝わる。

「……温かい。ありがとう」

 次第にうとうととしてきた。ワウ、とルーヴェルは返事をして、睡眠の体制に入る。
 多くの人が恐ろしいと言った、獣になったルーヴェルの外見だが、今のエルンからすると愛しくてたまらなかった。中身がルーヴェルだとわかっているからだろうか。自分を気遣ってルーヴェルが毛皮でくるんでくれているのだと思うと、浮かれて踊りだしそうだった。
 目をつむり、脳内で羊を数える。すぐに眠りに落ちていった。
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