12 / 92
11 一緒にいよう
しおりを挟む「ルーヴェル君……!」
不安がどんどん膨らんでいく。
今の彼はエルンと同じくらいの身長がある巨大な獣だ。それが、こんなに探しても見つからないだなんて。
「お願い、返事をして、ルーヴェル君!」
ワゥ……ン……!
ふいに遠くから聞こえた鳴き声にエルンは止まる。
「ルーヴェル君?」
ワゥ……!
問いかけると、再びルーヴェルのものらしき鳴き声が響いた。とはいえ、魔獣の鳴き声である。万が一違った場合、襲われる危険もあった。
それでも、ようやく見えた希望に賭けたい。
エルンは箒の向きを変え、全速力でその方向へ飛んでいった。鳴き声を頼りに進んでいくと、つい最近崩れたと見られる大きな穴が目の前に現れる。その上には巨木が倒れ込み、茂った葉が覆い隠していた。
上空からでは到底見つけられなかっただろう。
深夜ということもあり、えぐれた地面の底は暗闇に沈み、全く見通せなかった。
「……ルーヴェル君。そこにいるのかい?」
「ワゥ!」
聞こえてきた声に、エルンは胸が一杯になる。
「よかった。すぐに助けに行くね!」
まずは木をどかさなければ、とエルンは重力操作魔法を使い、木を一本ずつ軽くしてどかしていく。
幹にはたくさんの爪の跡が残っていた。
「……これは、グリフォンの爪?」
ルーヴェルのものよりも大きい。きっとルーヴェルはグリフォンに襲われてここに落ちてしまったのだろう。
全ての木をどけ終わり、箒にまたがって穴の中に降りていく。ランプの明かりに照らされた下では、傷だらけのルーヴェルが寝転んでいた。彼の上にいくつか岩も落ちている。
「ルーヴェル君!」
小さく身体が上下に動いており、呼吸をしていることがわかる。
エルンは箒をその場に置くと、ルーヴェルに抱きついた。
「よかった……。ルーヴェル君……。無事で……」
涙が溢れて止まらない。彼がいなくなったと知ってからというもの、不穏な想像ばかりが頭を巡り、不安に押し潰されそうだった。
ぎゅう、と抱きついてから慌てて涙を拭う。帰らない友達を心配したのだから涙くらい流しても良いと思うのだが、恋心がバレるわけにはいかないのだ。
「じっとしていてね。すぐに治してあげるから」
エルンは杖を取り出すと呪文を唱える。光の粒子がゆらめきながら空を舞い、次第にルーヴェルへと集まっていった。
そのまま粒子は傷口を取り囲み、優しく照らす。徐々に傷が治っていった。
「えぐれた毛は流石に元に戻らないから、しばらくはその姿で過ごしてね」
ところどころ禿げた毛皮は哀れだが、どこか可愛らしく思えた。
「ワウ……」
「君、いつからここにいたんだい? 帰ったらいなくて、本当に心配したんだ」
ルーヴェルは一度頷いた。地面は硬い岩だったので、返事は書けない。
「……まぁでも、無事に見つかったんだから別にいいよ。何か食事があればいいんだけど、一日中飛び回って、今日はもうこれ以上力は使えそうにない。もう外へも出られないよ」
努めて明るい調子で告げると、ランプの明かりで周囲を照らした。なにか食べられる植物が生えていればいいのだが、と思ったのだが、何もなかった。
鞄の中を漁り、持ち歩いている飴を見つけ、口に入れる。
「ルーヴェル君も食べるかい?」
もう一つ取って、飴を眼の前に出すと、彼はぱくりと口に含んだ。
「今晩は一晩ここで寝よう。そして、明日になったら魔力が回復しているだろうから、一緒に帰ろう」
ルーヴェルの鼻のあたりを優しく撫でる。ゴロ……と彼の喉が鳴った。
返事は期待できないとわかっていて、エルンはつい口にしてしまった。
「君は、今の状況を不本意だと思っているんだろうね……。よくわかるよ。姿が変わったばかりに、周りの人や、お父さん、……ソフィアさんからも腫れ物を触るように扱われて……、挙句の果てに僕のせいでこんな姿になったのに、一緒に暮らさなくちゃいけなくなったんだからさ……」
ルーヴェルの四つの瞳がじっとこちらを見つめ、ゆっくりと首を横に振る。不本意ではないのだろうか。
その仕草に、エルンは驚きながらも、自然と口元がほころんだ。
「……優しいね。大丈夫。何年、何十年かかっても、絶対に君の呪いを解いて、元の姿に戻してみせるよ。僕のせいでこうなったんだ。だから、僕の人生をかけてもいい……」
ルーヴェルの毛皮のそばに腰を下ろし、硬くしっかりとした毛をゆっくり撫でた。初めてこの姿になった時は近づくたびに鼻を突くような悪臭が漂っていたのに、最近はこまめに風呂に入っているせいか、それとも単に慣れてしまったのか、その匂いも気にならなくなっていた。
「……だからさ、せめて戻るまでは、一緒に居てほしいんだ。……ちゃんと、僕の所に帰ってきて欲しい」
彼の角度からはエルンの顔は見えない。だからだろう、エルンは本音を口にした。呟いた願望は、自分でも恥ずかしくなる願いだった。
「……一人で死のうとなんて、しないで」
呟くように言葉を続けると、ルーヴェルは、ワウ? と不思議そうな声を漏らした。視線を向けると、彼はぶんぶんと首を振りながら、片方の足で傷があった場所を指している。
「……自殺しようとしたんじゃない?」
ルーヴェルはコクコクと頷く。
「……よかったぁ」
ほぅ、とエルンは肩の力を抜いた。ルーヴェルはどこか呆気にとられたようにエルンを見続けている。
何となく気まずくて、無理に笑った。
「ごめん、早とちりをしていたみたいだ。でも、本当に今の状態だと心配で仕方がないんだ。危ないことはあまりしないでほしい。もしも僕と一緒に住みたくないのなら、僕は別の所に家を借りるから……」
そこまで語っていると、ふわさ、としっぽがエルンの身体に巻き付く。ルーヴェルは身体を横たえ、毛皮としっぽでエルンを包みこんでくれた。
「……一緒に居てくれるの?」
彼の優しい仕草に、期待を込めて尋ねる。
「ワウ」
コクリと頷いてくれたので、エルンの表情がぱっと明るいものになった。
「ワゥ……」
ふわぁ、と大きな狼があくびをする。
「ああ、もう眠いんだね……。時間はわからないけど、夜も遅いんだし、今日は寝ようか」
毛皮の奥からルーヴェルの体温が伝わる。
「……温かい。ありがとう」
次第にうとうととしてきた。ワウ、とルーヴェルは返事をして、睡眠の体制に入る。
多くの人が恐ろしいと言った、獣になったルーヴェルの外見だが、今のエルンからすると愛しくてたまらなかった。中身がルーヴェルだとわかっているからだろうか。自分を気遣ってルーヴェルが毛皮でくるんでくれているのだと思うと、浮かれて踊りだしそうだった。
目をつむり、脳内で羊を数える。すぐに眠りに落ちていった。
485
あなたにおすすめの小説
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました
あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」
穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン
攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?
攻め:深海霧矢
受け:清水奏
前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。
ハピエンです。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
自己判断で消しますので、悪しからず。
殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?
krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」
突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。
なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!?
全力すれ違いラブコメファンタジーBL!
支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。
のほほんオメガは、同期アルファの執着に気付いていませんでした
こたま
BL
オメガの品川拓海(しながわ たくみ)は、現在祖母宅で祖母と飼い猫とのほほんと暮らしている社会人のオメガだ。雇用機会均等法以来門戸の開かれたオメガ枠で某企業に就職している。同期のアルファで営業の高輪響矢(たかなわ きょうや)とは彼の営業サポートとして共に働いている。同期社会人同士のオメガバース、ハッピーエンドです。両片想い、後両想い。攻の愛が重めです。
【完結】この契約に愛なんてないはずだった
なの
BL
劣勢オメガの翔太は、入院中の母を支えるため、昼夜問わず働き詰めの生活を送っていた。
そんなある日、母親の入院費用が払えず、困っていた翔太を救ったのは、冷静沈着で感情を見せない、大企業副社長・鷹城怜司……優勢アルファだった。
数日後、怜司は翔太に「1年間、仮の番になってほしい」と持ちかける。
身体の関係はなし、報酬あり。感情も、未来もいらない。ただの契約。
生活のために翔太はその条件を受け入れるが、理性的で無表情なはずの怜司が、ふとした瞬間に見せる優しさに、次第に心が揺らいでいく。
これはただの契約のはずだった。
愛なんて、最初からあるわけがなかった。
けれど……二人の距離が近づくたびに、仮であるはずの関係は、静かに熱を帯びていく。
ツンデレなオメガと、理性を装うアルファ。
これは、仮のはずだった番契約から始まる、運命以上の恋の物語。
5回も婚約破棄されたんで、もう関わりたくありません
くるむ
BL
進化により男も子を産め、同性婚が当たり前となった世界で、
ノエル・モンゴメリー侯爵令息はルーク・クラーク公爵令息と婚約するが、本命の伯爵令嬢を諦められないからと破棄をされてしまう。その後辛い日々を送り若くして死んでしまうが、なぜかいつも婚約破棄をされる朝に巻き戻ってしまう。しかも5回も。
だが6回目に巻き戻った時、婚約破棄当時ではなく、ルークと婚約する前まで巻き戻っていた。
今度こそ、自分が不幸になる切っ掛けとなるルークに近づかないようにと決意するノエルだが……。
冤罪で追放された王子は最果ての地で美貌の公爵に愛し尽くされる 凍てついた薔薇は恋に溶かされる
尾高志咲/しさ
BL
旧題:凍てついた薔薇は恋に溶かされる
🌟2025年11月アンダルシュノベルズより刊行🌟
ロサーナ王国の病弱な第二王子アルベルトは、突然、無実の罪状を突きつけられて北の果ての離宮に追放された。王子を裏切ったのは幼い頃から大切に想う宮中伯筆頭ヴァンテル公爵だった。兄の王太子が亡くなり、世継ぎの身となってからは日々努力を重ねてきたのに。信頼していたものを全て失くし向かった先で待っていたのは……。
――どうしてそんなに優しく名を呼ぶのだろう。
お前に裏切られ廃嫡されて最北の離宮に閉じ込められた。
目に映るものは雪と氷と絶望だけ。もう二度と、誰も信じないと誓ったのに。
ただ一人、お前だけが私の心を凍らせ溶かしていく。
執着攻め×不憫受け
美形公爵×病弱王子
不憫展開からの溺愛ハピエン物語。
◎書籍掲載は、本編と本編後の四季の番外編:春『春の来訪者』です。
四季の番外編:夏以降及び小話は本サイトでお読みいただけます。
なお、※表示のある回はR18描写を含みます。
🌟第10回BL小説大賞にて奨励賞を頂戴しました。応援ありがとうございました。
🌟本作は旧Twitterの「フォロワーをイメージして同人誌のタイトルつける」タグで貴宮あすかさんがくださったタイトル『凍てついた薔薇は恋に溶かされる』から思いついて書いた物語です。ありがとうございました。
【完結】婚約者の王子様に愛人がいるらしいが、ペットを探すのに忙しいので放っておいてくれ。
フジミサヤ
BL
「君を愛することはできない」
可愛らしい平民の愛人を膝の上に抱え上げたこの国の第二王子サミュエルに宣言され、王子の婚約者だった公爵令息ノア・オルコットは、傷心のあまり学園を飛び出してしまった……というのが学園の生徒たちの認識である。
だがノアの本当の目的は、行方不明の自分のペット(魔王の側近だったらしい)の捜索だった。通りすがりの魔族に道を尋ねて目的地へ向かう途中、ノアは完璧な変装をしていたにも関わらず、何故かノアを追ってきたらしい王子サミュエルに捕まってしまう。
◇拙作「僕が勇者に殺された件。」に出てきたノアの話ですが、一応単体でも読めます。
◇テキトー設定。細かいツッコミはご容赦ください。見切り発車なので不定期更新となります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる