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55 グルーミング
しおりを挟む三人はすぐに騎士団によって取り押さえられ、拘置所へと送られた。
これから先は警察との共同捜査が進められることになる。
腹をくくったフローリアンが全てを打ち明けたことで、これまでの彼らの悪行が次々と日の下にさらされることとなったのだった。
エルンは早速フローリアンから研究ノートを受け取り、その中身の解読に取り掛かった。
しかし、魔術具に関する段階に差し掛かると、一人では難しかったため、アカデミーの魔術具スペシャリストの助けを借りることにした。同時に、拘置所にいるフローリアンとも連携を取りながら、少しずつ読解を進めていった。
フローリアンたちが捕まってから、既に二週間が経過している。
その間、エルンとルーヴェルは夜になると魔獣に変わってしまうため、観測小屋で夜を明かす生活がすっかり日常となってしまっていた。
もう春になっている。夜はまだ少し肌寒かったが、暖炉に火をくべるほどでもない。
エルンはルーヴェルの隣で本日の研究の成果を説明する。
『だいぶ、仕組みはわかってきたよ。やっぱり、フローリアンさんは天才なんだなって思った。僕じゃ思いつかない仕組みで研究を進めていたようなんだ。具体的には……』
詳しいことは省いて、大まかな説明をする。それでも話が専門的になってしまうので、ルーヴェルが理解しているかはわからなかった。
『つまり、あの光線がアシュヴァリーの木から発せられる特別な物体と体内で結合して、魔獣の姿になっているようなんだ。僕達が昔住んでいた家も比較的ダンジョンに近かったから、物質が風に乗って流れてきていたんだろうね。そしてその物質は夜になれば量が二倍になる。だから、僕達はこうして夜の間はこの姿にならなくちゃいけないようなんだ』
ルーヴェルは黙って頷きつつ、疑問を呈した。
『なら何故、光を二度受けたら元に戻ったんだ?』
『光は微小な物質を皮膚から体内に投与するんだけど、木から発せられる物質と極めて精妙な均衡を保たなくちゃいけないみたいなんだ。この均衡が崩れることなく維持されることで、魔獣としての姿を保たせていたんだけど、もし投与量が急激に増加すると、両物質が互いに干渉しすぎてしまって、結果的にエネルギーが中和されるみたいで……。そうすると、魔獣化が解除され、人間の姿へと戻る、という仕組みみたいなんだ』
これについてはフローリアンのノートから導き出したエルンの仮説なので、今後さらなる検証が必要そうだった。
『……そうか。それで、元に戻れそうなのか?』
こてん、とルーヴェルが首をかしげる。
ダンジョンに入る前は、エルンとルーヴェルは自然に寄り添っていたのに、今はどこか微妙な距離が生まれてしまっている。
エルンに好きな人がいるとルーヴェルに知られてしまってから、二週間が経ったというのに、二人の距離感は以前のようには戻らず、それが、エルンには寂しく感じられた。
エルンは目を伏せる。
『……うん、なんとか頑張ってみるね』
真面目な彼なので、好きな人のいる相手に近寄りづらいのだろうと考えていたが、それにしても長い。
けれどそもそも、以前までの距離感が近すぎたのかも知れないとこのところのエルンは考えるようになっていた。
『……やっぱり、ルーヴェル君は早く人間に戻りたいよね』
答えがわかりきっているのにも関わらず尋ねてみると、ルーヴェルはコクリと頷きを返した。
ちく、と胸が痛む。
今の状態であれば、二人きりの時間でいられるが、やはりそれはルーヴェルからすると不本意なのだろうと突きつけられたような心地になった。
『いっそ、赴任先を変えてもらうかい? アーランドに戻ったら、夜は人間の姿でいられるみたいだし』
へにょり、と耳が下がってしまうのを止められない。ルーヴェルはゆっくりと首を横に振った。
『それは根本的な解決になっていない』
彼の正論に、エルンも頷きを返した。
『……そうだよね。でも、もし急ぐんならって思って』
再びルーヴェルは首を横に振る。
『急いではいない。エルンのことを信じてる』
じん、と胸が熱くなる。
同時に、以前シーダを励ましていた彼の姿が脳裏に浮かぶ。
中隊長を務めるだけの器を持つ彼は、落ち込んでいる人の心に寄り添い、自然と励ます言葉をかけるのが巧みだった。
やはり、集団の中に入ればすぐに頭角を現し、その実力をもって着実に出世し、満足の行く人生を送っていける人なのだ。エルンはそのことを改めて実感していた。
『……うん、頑張るね』
相変わらず、へにょりとエルンの獣の耳は垂れ下がっている。ルーヴェルは迷ったように立ち上がると、エルンの近くに寄った。
『やはり、なかなか難しいのか』
ワウ、という鳴き声にしか聞こえないはずなのに、どこか心配そうだった。
慌ててエルンは首をふる。
『ううん……! なんとかやってみるよ!』
まさか、この二人きりの空間が終わってしまうのが寂しいだなんて言えるわけがない。
『それに、これが上手く行けば、フローリアンさんは恩赦で刑期が短くなるかもしれないんでしょう?』
出来るだけ元気な声を出すが、ルーヴェルはやはり心配そうに見続けるだけだった。
『……ああ。彼の貢献具合にもよるが』
『そっか。彼はたくさん僕に助言をくれているよ。……がんばらないとね』
やはり、なかなか調子が乗らない。今度はルーヴェルも耳をへにょりと下げた。
『もしかして、プレッシャーになっているか?』
彼の言葉に、慌てて首を横に振る。
『そんな、まさか! 一応僕も被害者なんだし……』
じ、と彼の四つの瞳が見つめてきた。う、とエルンは視線をそらす。
どうにかして、自分の身勝手な恋心がバレなければいいと考えていた。
ふわ、とルーヴェルがエルンの近くに寝転び、耳から肩にかけて舐めてくれる。ふわりと彼の匂いが広がり、頭が蕩けそうなほどに気持ちよくなった。それからまるで本物の狼のようにグルーミングをしてくれる。
『ふわぁ……』
気持ちよさのあまり、不意に間の抜けた声が漏れてしまった。
この魔獣の場合はどうか分からないが、多くの動物にとって、相手の毛を舐めるグルーミングは親愛の証とされている。
こんなにも心地よいものだったのか。そう思いながら、エルンは動物たちがグルーミングをしている姿を思い返す。
彼らはお互いに舐め合いながら、こんな極上の快楽を得ていたのか。
『元気が出たか……?』
ルーヴェルの声はどこか心配気だった。エルンはコクコクと頷きを返す。
『うん……! 僕からもしていいかな?』
やってもらったのだから、と返すとルーヴェルは少し間をおいて、エルンの前に毛皮を差し出す。
舐めてみると、ルーヴェルは気持ちよさそうに目を閉じた。さらにぺろぺろと舐める。
彼から自分の匂いがして満たされた心地になった。
『獣のグルーミングが、こんなに気持ちいいものだっただなんてな』
ルーヴェルの言葉に嬉しくなる。心を込めて舐めていると、ルーヴェルの前足が伸びてきて、もう寝ようとでもいうようにエルンを横にした。
『……ありがとう』
もう終わりか、と思っていた所にルーヴェルの言葉が降ってきて心がくすぐられる。
『僕こそ。気持ちよかったよ』
返すと、ルーヴェルの前足がエルンの頬を優しく撫でた。
『……おやすみ』
彼は静かに寝息をたてはじめる。こんなに近づいてくれたのは久しぶりだ、とエルンは心がくすぐられた心地になったのだった。
それから、夜はまた柔らかい時間が到来するようになっていた。
エルンに元気がなかったからか、ルーヴェルは近寄ってきてくれて、エルンの毛皮を舐めてくれる。その時間が何よりも愛しく思うようになっていた。
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