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第五章「千子山縣と言う男」
第107話 作戦会議2(待機)
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六波羅から一時間ほど歩き、時計の長針が六を指すころには陰陽寮に到着した。
玄関前の守衛の一人が双魔たちに気づいて中に入っていった。
しばらくすると見知った顔、紗枝がわざわざ出迎えに来てくれた。
「こんにちは。本日もどうかよろしくお願いします」
軽く双魔たちに頭を下げる。どうやら今はオンの状態のようだ。雰囲気が適度に張っている。
「ん、こちらこそ」
「よろしゅうな」
「では、こちらへ」
紗枝に先導されて奥へと進んでいく。
「あらぁ、昨日と同じ部屋と違うの?」
「はい、昨日は伏見さんの提案を直ちに採用しのでああいう形になってしまいましたが、本日の作戦は事前に協議を済ませてあるので、正式な会議室で行います」
「へー、そうなん……双魔は入ったことある?会議室」
「ん、ないな…………そもそも陰陽寮なんてそうそうくる場所じゃないからな」
「せやね。うち、ちょっと楽しみやわぁ!」
鏡華のテンションが妙に上がっている。普段は澄ましているくせに妙なところで子供っぽい。
一方、ティルフィングは見知らぬ人が行きかいしているのが不安なのか、双魔の後ろにぴったりとくっついて一言も発しない。
「…………」
きょろきょろと視線を動かしてかなり警戒しているようだ。
そうこうしているうちに建物の造りが洋風から和風に変化する。
聞いたところによると、今の陰陽寮は役所としてより効率的な運営を図るために建て増しされた部分であって、この和風建築の場所からが正式な陰陽寮らしい。
「履き物はこちらでお脱ぎください」
紗枝に言われた通りに双魔たちは靴を脱いで下駄箱にしまって床の間に上がる。
「このまま進んで突き当りの部屋が会議室となっています。私はご当主と課長を呼んでまいりますのでお待ちください」
「ん、わかった」
「それでは、後ほど」
紗枝は一礼すると元来た廊下を戻っていった。
「ん、じゃあ、行くか」
「うん」
「む…………何だか妙な気配がするな」
ティルフィングの言う通り、和式の場所に足を踏み入れてから、通常の魔力とは一味違った魔力が漂っているのを双魔と鏡華も感じていた。
流石、七大国の一角、大日本皇国の魔導における重要拠点の一つと言ったところだろうか。
紗枝に言われた通りに廊下を進んで突き当りの襖をそーっと開く。
畳敷きの広い部屋の中心には座布団が数枚、円状に敷かれ、いくつもの行灯が室内を照らしていた。
「………………」
「………………」
室内に一人、姿勢よく座っている女性がこちらを見た。視線が合ったが、双魔も女性もお互い一言も発さない。
年の頃は剣兎や檀と同じくらいだろうか。胸元辺りまで伸ばした黒髪を二つ房に纏めて両肩の前に垂らしている。白い陰陽寮の制服を着こなし、顔には疲れた表情を浮かべている。
「双魔、入らないの?」
何故か部屋に入らない双魔に後ろから鏡華が声を掛ける。
「そうま……双魔……ああ、貴方が剣兎と檀が言っていた、天全様のご子息ですか。お入りになってください、後ろにいる方々もどうぞ」
双魔たちのことはすでに聞いているのか女性は膝の上に置いていた右手を上げて自分の前に置いてある座布団を勧めた。
「……それでは、失礼して」
先頭の双魔が部屋に入ると鏡華とティルフィングも後に続いた。
双魔と鏡華は勧められた通りに女性の前の座布団に座る。ティルフィングはまたも登場した見知らぬ人物を警戒しているのか双魔の後ろに隠れ、肩越しに女性をジーっと見つめている。
「ああ、自己紹介をしたほうがいいですかね?私、姓を賀茂、名を春日と申します。現当主、賀茂葱子の孫にあたり、一応は賀茂家一門の跡目ということになっておりますので、以後お見知りおきを」
自己紹介を済ませると春日と名乗った女性はペコリと頭を下げた。
「あらぁ、ご丁寧に、うちは……」
鏡華が自己紹介をしようとすると春日が右手を軽く上げてそれを制した。
「いえいえ、お二人、伏見双魔さんと六道鏡華さんのことは聞き及んでおりますので結構ですよ」
「あらぁ、そう?それならええわ。よろしゅう」
疲れた顔を頑張って綻ばせるように笑みを浮かべる春日に警戒を少し解いたのかティルフィングは前に回って胡坐をかいている双魔の足の間にちょこんと座った。
「ああ、そちらが双魔さんの遺物、ティルフィングさんですか。貴女のことも聞き及んでいます…………えーと……確かこの辺りに…………ああ、ありましたありました、こちらをどうぞ」
春日は背後に置いてあった巾着袋の中に手を入れてごそごそと漁ると、何やら紙包みを取り出してこちらに差し出してきた。
春日が剣兎から話を聞いていると言った所から中身は大体見当がつく。
「ありがたくいただきます」
双魔は腕を伸ばして紙包みを受け取ると、そのままティルフィングに手渡した。
「む?我にか?」
「ああ、開けてみろ。お礼を言ってからな」
「む…………そうか、カスガとやら、礼を言うぞ。かたじけない」
「いえいえ」
双魔に言われた通り春日に謝意を伝えてからティルフィングは紙包みを開けた。
「…………む?なんだこれは?」
双魔も包みの中を覗き込む。中には木の葉や花の形をした色とりどりの菓子が入っていた。
言うまでもないが、ティルフィングはこれが何かは分からない。
「…………落雁か」
「ええ、祖母が好きなのが、私にも移ってしまいまして」
「ラクガン?」
「ああ、甘いお菓子だ。食べてみるといい」
「甘いのか!それでは、いただくぞ…………はむっ」
ティルフィングは木の葉の形をした落雁を一つ口の中に放り込んだ。
「…………!」
気に入ったのか楽しそうに口の中で落雁を転がしはじめた。
「お気に召したようですね。よかった」
「剣兎から何か聞きましたか?」
「はい、双魔さんの遺物と初対面の時は何か甘いものを差し上げるのがいいと…………」
双魔の脳裏には茶目っ気たっぷりに笑う剣兎の顔が思い浮かんだ。
噂をすれば影が差す。丁度襖が開き、檀が姿を見せた。
「双魔さん。鏡華さん、ティルフィングさんも連日申し訳ありません」
「ん、お気になさらず」
檀に続いて剣兎も部屋に入ってきた。いつもの帽子はかぶっていない。そして、夜中には確かに車椅子に乗っていたはずにもかかわらず、自分の足で歩いている。
「やあ、悪いね何度何度も」
吊られていない左腕を軽く上げ、朗らかな感じで双魔たちに声を掛けてきた。
「剣兎、お前、もういいのか?」
「いやぁ、治ったというか……無理やり立てるようにされたというか…………まあ、その辺はあまり聞かないでくれると…………痛たたたた!…………ふう」
何があったのかは分からないが取りあえず自力で歩けるようになったらしい。が、やはり本調子とまでは行かないのか、座布団に座るときに痛みが走るのか、目元には涙を浮かべている。
そんな様子の剣兎を心配そうに見ながら檀も座布団の上に腰を下ろした。その手には何かの巻物が握られている。
「失礼します、お茶をお持ちしました」
紗枝がお盆を持って部屋に入ってくる。
そして、テキパキと全員にお茶を配るとすぐに部屋を出ていった。
「紗枝はんは一緒にお話せぇへんの?」
「はい、今は山縣の方に力を集中させたいので、他の件が発生するのを未然に防ぐ目的で警邏を強化していますので、紗枝さんはそちらに」
「まあ、当然だな」
「じゃあ、早速本題に入ろう。幸徳井殿」
「はい」
部屋の中の空気が張り詰める。いよいよ山縣捕縛の作戦会議が始まった。
玄関前の守衛の一人が双魔たちに気づいて中に入っていった。
しばらくすると見知った顔、紗枝がわざわざ出迎えに来てくれた。
「こんにちは。本日もどうかよろしくお願いします」
軽く双魔たちに頭を下げる。どうやら今はオンの状態のようだ。雰囲気が適度に張っている。
「ん、こちらこそ」
「よろしゅうな」
「では、こちらへ」
紗枝に先導されて奥へと進んでいく。
「あらぁ、昨日と同じ部屋と違うの?」
「はい、昨日は伏見さんの提案を直ちに採用しのでああいう形になってしまいましたが、本日の作戦は事前に協議を済ませてあるので、正式な会議室で行います」
「へー、そうなん……双魔は入ったことある?会議室」
「ん、ないな…………そもそも陰陽寮なんてそうそうくる場所じゃないからな」
「せやね。うち、ちょっと楽しみやわぁ!」
鏡華のテンションが妙に上がっている。普段は澄ましているくせに妙なところで子供っぽい。
一方、ティルフィングは見知らぬ人が行きかいしているのが不安なのか、双魔の後ろにぴったりとくっついて一言も発しない。
「…………」
きょろきょろと視線を動かしてかなり警戒しているようだ。
そうこうしているうちに建物の造りが洋風から和風に変化する。
聞いたところによると、今の陰陽寮は役所としてより効率的な運営を図るために建て増しされた部分であって、この和風建築の場所からが正式な陰陽寮らしい。
「履き物はこちらでお脱ぎください」
紗枝に言われた通りに双魔たちは靴を脱いで下駄箱にしまって床の間に上がる。
「このまま進んで突き当りの部屋が会議室となっています。私はご当主と課長を呼んでまいりますのでお待ちください」
「ん、わかった」
「それでは、後ほど」
紗枝は一礼すると元来た廊下を戻っていった。
「ん、じゃあ、行くか」
「うん」
「む…………何だか妙な気配がするな」
ティルフィングの言う通り、和式の場所に足を踏み入れてから、通常の魔力とは一味違った魔力が漂っているのを双魔と鏡華も感じていた。
流石、七大国の一角、大日本皇国の魔導における重要拠点の一つと言ったところだろうか。
紗枝に言われた通りに廊下を進んで突き当りの襖をそーっと開く。
畳敷きの広い部屋の中心には座布団が数枚、円状に敷かれ、いくつもの行灯が室内を照らしていた。
「………………」
「………………」
室内に一人、姿勢よく座っている女性がこちらを見た。視線が合ったが、双魔も女性もお互い一言も発さない。
年の頃は剣兎や檀と同じくらいだろうか。胸元辺りまで伸ばした黒髪を二つ房に纏めて両肩の前に垂らしている。白い陰陽寮の制服を着こなし、顔には疲れた表情を浮かべている。
「双魔、入らないの?」
何故か部屋に入らない双魔に後ろから鏡華が声を掛ける。
「そうま……双魔……ああ、貴方が剣兎と檀が言っていた、天全様のご子息ですか。お入りになってください、後ろにいる方々もどうぞ」
双魔たちのことはすでに聞いているのか女性は膝の上に置いていた右手を上げて自分の前に置いてある座布団を勧めた。
「……それでは、失礼して」
先頭の双魔が部屋に入ると鏡華とティルフィングも後に続いた。
双魔と鏡華は勧められた通りに女性の前の座布団に座る。ティルフィングはまたも登場した見知らぬ人物を警戒しているのか双魔の後ろに隠れ、肩越しに女性をジーっと見つめている。
「ああ、自己紹介をしたほうがいいですかね?私、姓を賀茂、名を春日と申します。現当主、賀茂葱子の孫にあたり、一応は賀茂家一門の跡目ということになっておりますので、以後お見知りおきを」
自己紹介を済ませると春日と名乗った女性はペコリと頭を下げた。
「あらぁ、ご丁寧に、うちは……」
鏡華が自己紹介をしようとすると春日が右手を軽く上げてそれを制した。
「いえいえ、お二人、伏見双魔さんと六道鏡華さんのことは聞き及んでおりますので結構ですよ」
「あらぁ、そう?それならええわ。よろしゅう」
疲れた顔を頑張って綻ばせるように笑みを浮かべる春日に警戒を少し解いたのかティルフィングは前に回って胡坐をかいている双魔の足の間にちょこんと座った。
「ああ、そちらが双魔さんの遺物、ティルフィングさんですか。貴女のことも聞き及んでいます…………えーと……確かこの辺りに…………ああ、ありましたありました、こちらをどうぞ」
春日は背後に置いてあった巾着袋の中に手を入れてごそごそと漁ると、何やら紙包みを取り出してこちらに差し出してきた。
春日が剣兎から話を聞いていると言った所から中身は大体見当がつく。
「ありがたくいただきます」
双魔は腕を伸ばして紙包みを受け取ると、そのままティルフィングに手渡した。
「む?我にか?」
「ああ、開けてみろ。お礼を言ってからな」
「む…………そうか、カスガとやら、礼を言うぞ。かたじけない」
「いえいえ」
双魔に言われた通り春日に謝意を伝えてからティルフィングは紙包みを開けた。
「…………む?なんだこれは?」
双魔も包みの中を覗き込む。中には木の葉や花の形をした色とりどりの菓子が入っていた。
言うまでもないが、ティルフィングはこれが何かは分からない。
「…………落雁か」
「ええ、祖母が好きなのが、私にも移ってしまいまして」
「ラクガン?」
「ああ、甘いお菓子だ。食べてみるといい」
「甘いのか!それでは、いただくぞ…………はむっ」
ティルフィングは木の葉の形をした落雁を一つ口の中に放り込んだ。
「…………!」
気に入ったのか楽しそうに口の中で落雁を転がしはじめた。
「お気に召したようですね。よかった」
「剣兎から何か聞きましたか?」
「はい、双魔さんの遺物と初対面の時は何か甘いものを差し上げるのがいいと…………」
双魔の脳裏には茶目っ気たっぷりに笑う剣兎の顔が思い浮かんだ。
噂をすれば影が差す。丁度襖が開き、檀が姿を見せた。
「双魔さん。鏡華さん、ティルフィングさんも連日申し訳ありません」
「ん、お気になさらず」
檀に続いて剣兎も部屋に入ってきた。いつもの帽子はかぶっていない。そして、夜中には確かに車椅子に乗っていたはずにもかかわらず、自分の足で歩いている。
「やあ、悪いね何度何度も」
吊られていない左腕を軽く上げ、朗らかな感じで双魔たちに声を掛けてきた。
「剣兎、お前、もういいのか?」
「いやぁ、治ったというか……無理やり立てるようにされたというか…………まあ、その辺はあまり聞かないでくれると…………痛たたたた!…………ふう」
何があったのかは分からないが取りあえず自力で歩けるようになったらしい。が、やはり本調子とまでは行かないのか、座布団に座るときに痛みが走るのか、目元には涙を浮かべている。
そんな様子の剣兎を心配そうに見ながら檀も座布団の上に腰を下ろした。その手には何かの巻物が握られている。
「失礼します、お茶をお持ちしました」
紗枝がお盆を持って部屋に入ってくる。
そして、テキパキと全員にお茶を配るとすぐに部屋を出ていった。
「紗枝はんは一緒にお話せぇへんの?」
「はい、今は山縣の方に力を集中させたいので、他の件が発生するのを未然に防ぐ目的で警邏を強化していますので、紗枝さんはそちらに」
「まあ、当然だな」
「じゃあ、早速本題に入ろう。幸徳井殿」
「はい」
部屋の中の空気が張り詰める。いよいよ山縣捕縛の作戦会議が始まった。
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