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第一章「各々の悩み」
第137話 愚痴はいつもの場所で
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教室から脱出した双魔は学園を出て、ウエストミンスターの方へと歩いていた。
先ほどの電話を掛けてきたのは魔術科でイサベルたちのクラスの担当講師をしているロベルト=ケルナーからで「今週の金曜日の授業を代行して欲しい」という内容だった。
出られなかった遺物科の講義は後でハシーシュに聞けばいいので、双魔は迷うことなく二つ返事で引き受けた。
電話越しの声が病人のそれだったらしく、ケルナーに心配されてしまったが適当にごまかした。
手続きは済ませておいてくれるらしいので、そのまま学園を出て今は路地を歩いている。
(あー…………酷い目にあった…………鏡華は、まあ、大丈夫か)
いつの間にか消えていたがアッシュが付いているようなことを話していたので大丈夫だろう。
覚束ない足取りで路地から通りに出ると古惚けた木の看板が掲げられたパブ、”Anna”の入り口のドアノブに手を掛ける。
扉にはまだ”Close”の札が掛けてあり、休憩中のようだが双魔は迷いなく扉を押して店に入った。
来客を知らせるために扉の上部に取り付けられた小さな鐘がカラカラと軽い音を鳴らす。
そのまま、奥のカウンター席に倒れるように座る。
「誰かと思ったら……こんな時間に来るなんて珍しいね、双魔」
奥の厨房から銀縁眼鏡とカイゼル鬚がいかしたナイスミドル、このパブのマスターであるセオドア=ラモラックが顔を覗かせた。
「ん……悪いな、マスター…………それと明けましておめでとう」
「ああ、そう言えば年末以来だったね。明けましておめでとう、今年もどうか御贔屓に頼むよ」
そう言ってセオドアは口元に穏やかな笑みを浮かべた。
「それにしても随分疲れているようだけど、どうしたんだい?」
「今日の朝…………こっちに帰ってきたんだ」
「おや、日本に帰ったのかい?」
セオドアが冷凍庫から取り出した氷を砕きながら意外そうな表情を浮かべた。
「ん、まあ、色々あってな…………」
「そうか、何やら大変だったみたいだね……」
双魔の話に相槌を打ちながら手際よく氷をグラスに入れて、そこに黄金色と赤の液体を注ぎ込み、軽く混ぜる。最後に輪切りのレモンを添えてテーブルに突っ伏している双魔の目の前に静かに置いた。
「疲れているみたいだからね、とりあえずこれでも飲むといいよ」
「ん……ありがとう……ああ、土産も買ってきたから後で持ってくるよ」
「おや、本当かい?楽しみにしてるよ」
双魔は上半身を起こすとグラスを手に取り口に含んで、飲み込んだ。少しの苦みが喉を伝って体に染み込んでいく感覚が気持ちいい。
「……はー……」
無意識にため息が出た。グラスに刺さっているマドラーを抜いて弄ぶ。
その様子を見て、セオドアは再び微笑んだ。
「悩むのはある種、若者の特権だ。話なら聞くよ?どうしたんだい?」
「ん、実は…………」
セオドアの包容力には双魔も抗えない、いや双魔でなくても大半の人は胸襟を開いてしまうだろう。それほどセオドアの懐は深いのだ。
双魔はぶつぶつと自分の身に降りかかった出来事を語りだすのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「…………ってわけだ」
「ハハハハハ!それは大変だったね!」
双魔の話を笑みを絶やすことなく聞いていたセオドアは話が終わると笑い声をあげた。
「…………笑い事じゃない」
「いやいや、鏡華ちゃんと言ったっけ?その子。可愛いじゃないか、きっと双魔と離れているのが寂しくなったんだよ、ハハハハハ」
「万歩譲って…………まあ、そうだったとして、突然ブリタニアまで押しかけてくるか?」
「いやいや、そう言うものだよ。鏡華ちゃんは双魔のことがよっぽど好きなんだろうね…………うん、若い頃のシグリを思い出したよ」
セオドアはグラスを磨きながら遠くを見るような仕草を見せた。
微塵も興味がないので双魔は聞いたことはないが天全とシグリは大恋愛の末に晴れて結ばれたらしい。母はともかく、堅物の父からは想像もできない。
「まあ、彼女とよく話してみるといいよ。照れ臭いのも分かるけどそのうち慣れるさ」
「…………」
セオドアの言葉に双魔は拗ねたようにそっぽを向いた。
それを見たセオドアは相変わらず口元に笑みを浮かべたまま、双魔がいつも頼んでいるカクテルをテーブルに置いた。
双魔はそれを黙って飲みはじめる。二人だけの店内はしばらくの間、カチャカチャとグラスがこすれ合う音だけが響いた。
しばらくそうしてカクテルを味わっていたのだが、壁に掛けてある時計を見るとそろそろ開店の準備を本格的に始める時間だ。バイトのアメリアもそろそろ来るはずだ。
うわさ好きのアメリアは既に鏡華のことを色々と調べているかもしれない。今は顔を合わせたくない。双魔は持っていたグラスを静かに置くと立ち上がった。
「おや、もう帰るのかい?」
「ん、そろそろ準備もはじめるだろ?また来るよ。ごちそうさま」
双魔は財布を取り出すとテーブルの上に紙幣を一枚置いた。
「毎度、今度は鏡華ちゃんも連れてきてくれると嬉しいよ。会ってみたいからね」
「…………気が向いたらな」
双魔は苦笑いを見せると身を翻して店を出ていった。
「いやはや、青春と言うのかな?」
若人の背中を見送りながら独り言ちる。丁度その時、店の裏口が開く音がした。元気な足音が近づいてくる。
「こんにちは!お疲れさまっス!マスター!」
アメリアがいつも通り元気溌溂な様子で飛び込んできた。
「やあ、アメリアちゃん。お疲れさま、今日もよろしくね」
「はいっス!およ?誰か来てたんっスか?」
開店前にも関わらずセオドアの立っている目の前の席に置いてある空になったグラスと紙幣を見てアメリアが首を傾げてポニーテールを揺らす。
「ああ、ちょっとね……さて、準備を始めようかな。アメリアちゃんも着替えておいで」
「はーい!」
奥に引っ込んでいくアメリアを横目に、セオドアは笑みを浮かべたままテーブルの上に残されたグラスを片付けるのだった。
先ほどの電話を掛けてきたのは魔術科でイサベルたちのクラスの担当講師をしているロベルト=ケルナーからで「今週の金曜日の授業を代行して欲しい」という内容だった。
出られなかった遺物科の講義は後でハシーシュに聞けばいいので、双魔は迷うことなく二つ返事で引き受けた。
電話越しの声が病人のそれだったらしく、ケルナーに心配されてしまったが適当にごまかした。
手続きは済ませておいてくれるらしいので、そのまま学園を出て今は路地を歩いている。
(あー…………酷い目にあった…………鏡華は、まあ、大丈夫か)
いつの間にか消えていたがアッシュが付いているようなことを話していたので大丈夫だろう。
覚束ない足取りで路地から通りに出ると古惚けた木の看板が掲げられたパブ、”Anna”の入り口のドアノブに手を掛ける。
扉にはまだ”Close”の札が掛けてあり、休憩中のようだが双魔は迷いなく扉を押して店に入った。
来客を知らせるために扉の上部に取り付けられた小さな鐘がカラカラと軽い音を鳴らす。
そのまま、奥のカウンター席に倒れるように座る。
「誰かと思ったら……こんな時間に来るなんて珍しいね、双魔」
奥の厨房から銀縁眼鏡とカイゼル鬚がいかしたナイスミドル、このパブのマスターであるセオドア=ラモラックが顔を覗かせた。
「ん……悪いな、マスター…………それと明けましておめでとう」
「ああ、そう言えば年末以来だったね。明けましておめでとう、今年もどうか御贔屓に頼むよ」
そう言ってセオドアは口元に穏やかな笑みを浮かべた。
「それにしても随分疲れているようだけど、どうしたんだい?」
「今日の朝…………こっちに帰ってきたんだ」
「おや、日本に帰ったのかい?」
セオドアが冷凍庫から取り出した氷を砕きながら意外そうな表情を浮かべた。
「ん、まあ、色々あってな…………」
「そうか、何やら大変だったみたいだね……」
双魔の話に相槌を打ちながら手際よく氷をグラスに入れて、そこに黄金色と赤の液体を注ぎ込み、軽く混ぜる。最後に輪切りのレモンを添えてテーブルに突っ伏している双魔の目の前に静かに置いた。
「疲れているみたいだからね、とりあえずこれでも飲むといいよ」
「ん……ありがとう……ああ、土産も買ってきたから後で持ってくるよ」
「おや、本当かい?楽しみにしてるよ」
双魔は上半身を起こすとグラスを手に取り口に含んで、飲み込んだ。少しの苦みが喉を伝って体に染み込んでいく感覚が気持ちいい。
「……はー……」
無意識にため息が出た。グラスに刺さっているマドラーを抜いて弄ぶ。
その様子を見て、セオドアは再び微笑んだ。
「悩むのはある種、若者の特権だ。話なら聞くよ?どうしたんだい?」
「ん、実は…………」
セオドアの包容力には双魔も抗えない、いや双魔でなくても大半の人は胸襟を開いてしまうだろう。それほどセオドアの懐は深いのだ。
双魔はぶつぶつと自分の身に降りかかった出来事を語りだすのだった。
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「…………ってわけだ」
「ハハハハハ!それは大変だったね!」
双魔の話を笑みを絶やすことなく聞いていたセオドアは話が終わると笑い声をあげた。
「…………笑い事じゃない」
「いやいや、鏡華ちゃんと言ったっけ?その子。可愛いじゃないか、きっと双魔と離れているのが寂しくなったんだよ、ハハハハハ」
「万歩譲って…………まあ、そうだったとして、突然ブリタニアまで押しかけてくるか?」
「いやいや、そう言うものだよ。鏡華ちゃんは双魔のことがよっぽど好きなんだろうね…………うん、若い頃のシグリを思い出したよ」
セオドアはグラスを磨きながら遠くを見るような仕草を見せた。
微塵も興味がないので双魔は聞いたことはないが天全とシグリは大恋愛の末に晴れて結ばれたらしい。母はともかく、堅物の父からは想像もできない。
「まあ、彼女とよく話してみるといいよ。照れ臭いのも分かるけどそのうち慣れるさ」
「…………」
セオドアの言葉に双魔は拗ねたようにそっぽを向いた。
それを見たセオドアは相変わらず口元に笑みを浮かべたまま、双魔がいつも頼んでいるカクテルをテーブルに置いた。
双魔はそれを黙って飲みはじめる。二人だけの店内はしばらくの間、カチャカチャとグラスがこすれ合う音だけが響いた。
しばらくそうしてカクテルを味わっていたのだが、壁に掛けてある時計を見るとそろそろ開店の準備を本格的に始める時間だ。バイトのアメリアもそろそろ来るはずだ。
うわさ好きのアメリアは既に鏡華のことを色々と調べているかもしれない。今は顔を合わせたくない。双魔は持っていたグラスを静かに置くと立ち上がった。
「おや、もう帰るのかい?」
「ん、そろそろ準備もはじめるだろ?また来るよ。ごちそうさま」
双魔は財布を取り出すとテーブルの上に紙幣を一枚置いた。
「毎度、今度は鏡華ちゃんも連れてきてくれると嬉しいよ。会ってみたいからね」
「…………気が向いたらな」
双魔は苦笑いを見せると身を翻して店を出ていった。
「いやはや、青春と言うのかな?」
若人の背中を見送りながら独り言ちる。丁度その時、店の裏口が開く音がした。元気な足音が近づいてくる。
「こんにちは!お疲れさまっス!マスター!」
アメリアがいつも通り元気溌溂な様子で飛び込んできた。
「やあ、アメリアちゃん。お疲れさま、今日もよろしくね」
「はいっス!およ?誰か来てたんっスか?」
開店前にも関わらずセオドアの立っている目の前の席に置いてある空になったグラスと紙幣を見てアメリアが首を傾げてポニーテールを揺らす。
「ああ、ちょっとね……さて、準備を始めようかな。アメリアちゃんも着替えておいで」
「はーい!」
奥に引っ込んでいくアメリアを横目に、セオドアは笑みを浮かべたままテーブルの上に残されたグラスを片付けるのだった。
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