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第三部『人形姫の危機一髪』エピローグ
第216話 行く空は竜胆の如く青く
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双魔の手を引いたイサベルは止まることなく、サロンの中を突っ切った。
「おい、どうしたんだよ……今日はなんかおかしくないか?」
後ろで双魔が何か言っているが耳には入らない。
そして、先週と同じ個室の前に着くと一旦手を離して、双魔の左腕に自分の右腕を絡めてドアをノックする。
「イサベルよ!」
「…………どうぞお入り」
暫しの沈黙の後、キリルの声が聞こえてきた。
イサベルは勢いよくドアを開けると部屋に踏み込んだ。最早、為されるがままの双魔を目を白黒させるばかりだ。
「あら、まあ……」
「…………よく来てくれたね。取り敢えず、座ってくれ」
部屋に入ってきた振たるを見たサラとキリルの反応は対照的だった。
サラは口元に手を当てて楽し王に笑みを浮かべたのに対して、キリルは表情、声がともに固く、座るように勧めただけだった。
勧められるがままに、イサベルはサラの前に、双魔はキリルの前に腰を下ろした。
この時点で、やっとイサベルは双魔から手を離した。
内心かなりホッとした双魔だったが表情には出さず、至って真面目な表情でキリルと向き合った。
「改めて、今日はわざわざ来てくれてありがとう」
「いえ、お気になさらないでください」
「それと、先週の件にもお礼を言わなくてはいけないね。詳しいことは聞かないが元凶であるあの巨人は君が対処してくれたようだから…………ヴォーダン殿が何か知っているようだったから、打ち合わせて各所への説明は上手くしておいたよ」
「そうですか……こちらこそありがとうございます」
双魔は軽く頭を下げて謝意を表した。
(……学園長が……)
確かヴォーダンは双魔の師とも交友があったはずだ。双魔の固有魔術について知っていてもおかしくはない。
無闇に注目を集めるのは避けたいことなのでキリルだけでなくヴォーダンも取り計らってくれたということに安心感がました。
「それと……オーギュスト君のことなんだが……」
そう言えば忘れていた。炎の巨人のが出現する恐らく直接の原因になったあの男はどうなったのだろうか。
キリルは沈痛な面持ちで一息ついた。
「医師に診せたところ、体内の魔力循環系がまるで燃え尽きたかのように完全になくなっていたらしくてね……あんな症状は見たことがないと、医師たちも驚いていたよ……」
「……つまり……もう魔術は…………」
「ああ、彼はもう一般人だ。ル=シャトリエの当主からは次期当主をオーギュスト君の弟に替えると連絡があった。あの家の財力があれば……はじめは戸惑うことがあっても問題なく生活はしていけるだろう」
「そうですか……」
(…………ムスペルヘイムの火が原因か?神代のものはよく分からないものも多いからな…………それにしても…………)
双魔にとっては終始気に喰わない相手だったがそうなってしまうと憐れなものだ。
仮にもフランスの王立魔導学園で議長をしていたというのだから魔術以外にも生きる術は持っているだろうが、あのある種選民的な思想で上手く生きていくのは難しいかもしれない。
「…………」
視線を横にやるとイサベルも沈痛な表情を浮かべていた。
『多分やけどね……そのオーギュストはん言うんは、裏の目的はあっても本気でイサベルはんのこと好きだったんとうちは思うよ?…………あ、またそないな顔して!疑うのは構へんけど、女にしか分からへんこともあるんやから!』
鏡華はそんなことを言っていたが、それが本当ならイサベルもその純粋な好意を幾分かは感じていたのかもしれない。
「ゴホンッ!……それでだね、伏見君」
「はい、何でしょうか?」
キリルの咳払いを話題を変える合図と受け取った双魔は思考を切り替えるために姿勢を正した。
「あー……そのだね……」
「…………」
「あー……うー……そのー……うーん…………」
「…………?」
キリルは何かを言おうとしていることは分かるのだが迷っているのか言い淀んでばかりで肝心の内容が出てこない。
その逡巡する様子はイサベルそっくりで思わず笑いそうになってしまったが双魔は何とか耐えた。
「うー……そのー…………えーと……」
「はいはい、いいわよ。私が話すから」
痺れを切らしたのか今まで口を閉じていたサラが「やれやれ」といった様子で会話に入ってきた。
「サラ…………」
「そもそも、こういう話は私がした方が良いわ、きっと。ベルともよく話したし…………一応確認するけど、あなたも賛成よね?」
(…………何の話だ?)
キリルとサラの会話が何を指しているのか分からない。
「…………?」
「……っ!…………」
イサベルなら何か知っているのではないかと思いそちらを見ると、イサベルはソワソワと落ち着かない様子で、双魔の視線に気づくと露骨に逸らした。
「ああ、うん……申し分ないと思うよ。その、例の件については必要な時に来てくれればいいし……それにイサベルの気持ちが一番大事だしね……」
「そ、それならいいわ。伏見くん」
「はい」
サラの少し吊り上がった威圧感のある視線がこちらに向いた。
「お判りでしょうけど、オーギュスト=ル=シャトリエとの見合いが破談になり、イサベルの将来の相手は今、空席です。でも、イサベルのためにも早めに相手を決めておくに越したことはないわ」
「は、はあ」
「ということで、貴方さえよければ、イサベルとの結婚を真剣に考えてもらえないかしら?」
「…………はい?」
一瞬、双魔は何を言われているのか理解できなかったが、すぐに己の失策に気づいた。
(しまった!イサベルとは恋人の振りをしてるのを言ってない!)
そう、現状、キリルとサラがイサベルと双魔が相思相愛であり、将来を見据えていい関係だと考えるのは当然だった。
(不味い!ここはイサベルのためにも本当のことを!…………)
イサベルから申し込んできたとは言え、あくまで二人の関係は仮初だ。
素直に双魔の心を量ればここ数週間でイサベルに対して異性としての好ましさを感じているが、それはイサベルに対しても鏡華に対してもあまりに誠意なき思いだ。
この一件は鏡華の発案ではじまったらしいが、鏡華の意図も微妙に読み取れないところがある。
(…………事情を話して誤解を解く他ないか……)
それが、双魔が一瞬で幾重にも思考を巡らして辿り着いた結論であり、誠意でもあった。
「……双魔君っ!」
それを口にしようとした時だった。不意に隣のイサベルに呼び掛けられた。反射的に双魔の顔はそちらに向く。
「なんっ……むぐっ!?」
そして首が回り切った瞬間、視界にはイサベルの顔しか映らなくなり、鼻腔には女の子特有の甘い、イサベルの香りに満たされ、唇は柔らかな、イサベルの唇で塞がれていた。
「んっ……ちゅっ……んちゅっ…………ぷはっ!」
「な、なな…………」
一度、二度と唇を触れ合わせた後、イサベルの顔が離れていった。
双魔は何かを口にしようとするが、混乱して言葉が出てこない。
その隙にイサベルは間髪おかずに畳みかけた。
「そ、双魔君、私と貴方はお友達だから……一歩進んで、私のことを一人の女性として見て欲しいの!」
「はっ?いや……その…………」
「鏡華さんのことが気になるなら問題はないわ!前にも言ったけど鏡華さんは了承してるから!」
「……いや、そんなこと言われてもな…………」
「私!ずっと前から双魔君のことが好きなの!一人の男性として!」
普段のイサベルらしからぬ直情的な言葉を矢継ぎ早に、それも顔を真っ赤にして、瞳を潤ませながら、見上げるように訴えかけてくる。
「っ!?っ!?」
最早、理性が働かない。顔が熱い。自分の顔も真っ赤になっているに違いない。
「一応説明しておくと、伏見くんが女の子を何人囲ってもイサベルのことを幸せにしてくれるなら、私たちガビロール宗家は何も言うことはないわ」
「えっ?あの…………」
何と、イサベルにサラが加勢してきたのだ。
そちらに視線をやるとサラがニコニコとこちらを見ていた。
「…………」
視界の端に映ったキリルは娘が男に求愛する姿に耐えることができなかったのか両耳を塞いでこちらに背を向けていた。
「まあ、一応将来的にはガビロール宗家当主の伴侶ってことになるから必要なときはイサベルに協力してあげて欲しいけど。あっ、それと跡継ぎね!しっかりイサベルに仕込んで上げてね!」
「お母様!」
サラの過激な発言にイサベルが大きな声を出したが、そのおかげで双魔にも理性が戻ってきた。
「いや……そうは言っても婚約は……うちの親が何と言うか…………」
双魔がそう言い訳じみたことを口にした時だった。
ヴー!ヴー!ヴー!
胸元に突っ込んでいたスマートフォンがタイミングよく振動した。
「どうぞ、出ても構わないわ」
それを聞いたサラがそう言ったので仕方なく、双魔はスマートフォンを取り出すと相手の名前も確認せずに通話ボタンを押した。
「もしも…………」
『チャオ!双ちゃん元気!?』
電話の向こうから聞こえてきたのは大人とは思えないほどのハイテンションな声、双魔の母、シグリの声だった。
母から電話が掛かってくるにはタイミングが良すぎる、そして、何故かサラが微笑ましいものを見るようにこちらに笑みを向けている。
「…………何の用だ?」
『なんか鏡華ちゃんから双ちゃんにもう一人恋人が出来たって電話があったの!その後にその子、イサベルちゃん?からご挨拶のテレビ電話があってね?お母さんもどうかよろしくって!二人ともとってもいい人だと思うの!今度、お茶するの約束もしちゃった!』
「…………」
双魔はサラが微笑んでいる理由を理解した。イサベルを見ると、若干不安そうにしてはいるが、それよりも期待が勝るのか、毛先を弄びながら、ジッと好意の純度が高い熱視線を双魔に送っている。
『それでね?閻魔さまも篁さまも鏡華ちゃんがいいならいいって言ってるし、ダーリンもしっかりイサベルちゃんのことを幸せにしてやれって!だから、双ちゃんが良ければイサベルちゃんと婚約してもいいと思うよ?もしもし!?双ちゃん?聞いて……』
ブツッ!ツーツーツーツー…………
双魔はシグリの話を聞き終わる前に通話を断った。
「……………………」
最早、外堀は全て埋められていた。各方面の許しを必要とする人物の全てが口を揃えて双魔が二人目の恋人に思いを向けることに賛意を示したようなものだった。
「…………」
スマートフォンを片手に持ったままイサベルの方に顔を向けると相変わらず期待の籠った瞳で双魔のことを見つめていた。
「…………」
双魔は今自分がどんな表情をしているか全く見当がつかなかった。
一度、考えを整理しようとこめかみに手を持っていきかけたが、その手を下に戻し、もう片方の手に持ったスマートフォンをスーツの内ポケットに押し込んで立ち上がった。
「っ?」
突然、腰を上げた双魔にイサベルは驚いたようだ。サラといつの間にかこちらに向き直っていたキリルは二人を静かに見守っている。
「…………」
双魔は言葉を探したが見つからず、結局、黙ってイサベルに右手を差し出した。
「っ!」
イサベルは双魔の意図を察したのか、満面の笑みを浮かべて、差し出された手を取ると立ち上がった。
「……その、なんだ……」
「…………」
自分と視線を合わせて、口をぽしょぽしょと動かして何かを言おうとするをイサベルはただ、ただありったけの好意を込めて見つめた。
「…………不幸にはしない……ゆっくりになるとは思うが……よろしく頼む」
双魔はイサベルが恋人役を依頼した一週間前と同じように素っ気ない風を装って照れくささを隠しながら確かにそう言った。
「…………ええ!よろしくね、双魔君!」
「……ん……っと!」
双魔の短くも温かい返事を耳にしたイサベルは両親の目など忘れて、否、しばらく前から忘れていたのだが。双魔の胸に飛び込んだ。
「…………」
双魔はそれを優しく受け止める。
イサベルの紫紺の瞳からは喜びの雫がぽろぽろと零れ落ちた。
愛しき娘の幸せを前に、キリルとサラはお互いの手を取り、微笑み合った。
後日、イサベルと梓織の部屋にて報告を受けた梓織、アメリア、愛元の三人は友人の想いが叶ったことに喜びに喜んだ。
三人に抱き着かれて、もみくちゃにされ少し困りながらも嬉しそうなイサベルを机の上に置かれた一輪挿しの紫色の竜胆が見守っていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
竜胆の花言葉『正義』『誠実』『貞操』
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「おい、どうしたんだよ……今日はなんかおかしくないか?」
後ろで双魔が何か言っているが耳には入らない。
そして、先週と同じ個室の前に着くと一旦手を離して、双魔の左腕に自分の右腕を絡めてドアをノックする。
「イサベルよ!」
「…………どうぞお入り」
暫しの沈黙の後、キリルの声が聞こえてきた。
イサベルは勢いよくドアを開けると部屋に踏み込んだ。最早、為されるがままの双魔を目を白黒させるばかりだ。
「あら、まあ……」
「…………よく来てくれたね。取り敢えず、座ってくれ」
部屋に入ってきた振たるを見たサラとキリルの反応は対照的だった。
サラは口元に手を当てて楽し王に笑みを浮かべたのに対して、キリルは表情、声がともに固く、座るように勧めただけだった。
勧められるがままに、イサベルはサラの前に、双魔はキリルの前に腰を下ろした。
この時点で、やっとイサベルは双魔から手を離した。
内心かなりホッとした双魔だったが表情には出さず、至って真面目な表情でキリルと向き合った。
「改めて、今日はわざわざ来てくれてありがとう」
「いえ、お気になさらないでください」
「それと、先週の件にもお礼を言わなくてはいけないね。詳しいことは聞かないが元凶であるあの巨人は君が対処してくれたようだから…………ヴォーダン殿が何か知っているようだったから、打ち合わせて各所への説明は上手くしておいたよ」
「そうですか……こちらこそありがとうございます」
双魔は軽く頭を下げて謝意を表した。
(……学園長が……)
確かヴォーダンは双魔の師とも交友があったはずだ。双魔の固有魔術について知っていてもおかしくはない。
無闇に注目を集めるのは避けたいことなのでキリルだけでなくヴォーダンも取り計らってくれたということに安心感がました。
「それと……オーギュスト君のことなんだが……」
そう言えば忘れていた。炎の巨人のが出現する恐らく直接の原因になったあの男はどうなったのだろうか。
キリルは沈痛な面持ちで一息ついた。
「医師に診せたところ、体内の魔力循環系がまるで燃え尽きたかのように完全になくなっていたらしくてね……あんな症状は見たことがないと、医師たちも驚いていたよ……」
「……つまり……もう魔術は…………」
「ああ、彼はもう一般人だ。ル=シャトリエの当主からは次期当主をオーギュスト君の弟に替えると連絡があった。あの家の財力があれば……はじめは戸惑うことがあっても問題なく生活はしていけるだろう」
「そうですか……」
(…………ムスペルヘイムの火が原因か?神代のものはよく分からないものも多いからな…………それにしても…………)
双魔にとっては終始気に喰わない相手だったがそうなってしまうと憐れなものだ。
仮にもフランスの王立魔導学園で議長をしていたというのだから魔術以外にも生きる術は持っているだろうが、あのある種選民的な思想で上手く生きていくのは難しいかもしれない。
「…………」
視線を横にやるとイサベルも沈痛な表情を浮かべていた。
『多分やけどね……そのオーギュストはん言うんは、裏の目的はあっても本気でイサベルはんのこと好きだったんとうちは思うよ?…………あ、またそないな顔して!疑うのは構へんけど、女にしか分からへんこともあるんやから!』
鏡華はそんなことを言っていたが、それが本当ならイサベルもその純粋な好意を幾分かは感じていたのかもしれない。
「ゴホンッ!……それでだね、伏見君」
「はい、何でしょうか?」
キリルの咳払いを話題を変える合図と受け取った双魔は思考を切り替えるために姿勢を正した。
「あー……そのだね……」
「…………」
「あー……うー……そのー……うーん…………」
「…………?」
キリルは何かを言おうとしていることは分かるのだが迷っているのか言い淀んでばかりで肝心の内容が出てこない。
その逡巡する様子はイサベルそっくりで思わず笑いそうになってしまったが双魔は何とか耐えた。
「うー……そのー…………えーと……」
「はいはい、いいわよ。私が話すから」
痺れを切らしたのか今まで口を閉じていたサラが「やれやれ」といった様子で会話に入ってきた。
「サラ…………」
「そもそも、こういう話は私がした方が良いわ、きっと。ベルともよく話したし…………一応確認するけど、あなたも賛成よね?」
(…………何の話だ?)
キリルとサラの会話が何を指しているのか分からない。
「…………?」
「……っ!…………」
イサベルなら何か知っているのではないかと思いそちらを見ると、イサベルはソワソワと落ち着かない様子で、双魔の視線に気づくと露骨に逸らした。
「ああ、うん……申し分ないと思うよ。その、例の件については必要な時に来てくれればいいし……それにイサベルの気持ちが一番大事だしね……」
「そ、それならいいわ。伏見くん」
「はい」
サラの少し吊り上がった威圧感のある視線がこちらに向いた。
「お判りでしょうけど、オーギュスト=ル=シャトリエとの見合いが破談になり、イサベルの将来の相手は今、空席です。でも、イサベルのためにも早めに相手を決めておくに越したことはないわ」
「は、はあ」
「ということで、貴方さえよければ、イサベルとの結婚を真剣に考えてもらえないかしら?」
「…………はい?」
一瞬、双魔は何を言われているのか理解できなかったが、すぐに己の失策に気づいた。
(しまった!イサベルとは恋人の振りをしてるのを言ってない!)
そう、現状、キリルとサラがイサベルと双魔が相思相愛であり、将来を見据えていい関係だと考えるのは当然だった。
(不味い!ここはイサベルのためにも本当のことを!…………)
イサベルから申し込んできたとは言え、あくまで二人の関係は仮初だ。
素直に双魔の心を量ればここ数週間でイサベルに対して異性としての好ましさを感じているが、それはイサベルに対しても鏡華に対してもあまりに誠意なき思いだ。
この一件は鏡華の発案ではじまったらしいが、鏡華の意図も微妙に読み取れないところがある。
(…………事情を話して誤解を解く他ないか……)
それが、双魔が一瞬で幾重にも思考を巡らして辿り着いた結論であり、誠意でもあった。
「……双魔君っ!」
それを口にしようとした時だった。不意に隣のイサベルに呼び掛けられた。反射的に双魔の顔はそちらに向く。
「なんっ……むぐっ!?」
そして首が回り切った瞬間、視界にはイサベルの顔しか映らなくなり、鼻腔には女の子特有の甘い、イサベルの香りに満たされ、唇は柔らかな、イサベルの唇で塞がれていた。
「んっ……ちゅっ……んちゅっ…………ぷはっ!」
「な、なな…………」
一度、二度と唇を触れ合わせた後、イサベルの顔が離れていった。
双魔は何かを口にしようとするが、混乱して言葉が出てこない。
その隙にイサベルは間髪おかずに畳みかけた。
「そ、双魔君、私と貴方はお友達だから……一歩進んで、私のことを一人の女性として見て欲しいの!」
「はっ?いや……その…………」
「鏡華さんのことが気になるなら問題はないわ!前にも言ったけど鏡華さんは了承してるから!」
「……いや、そんなこと言われてもな…………」
「私!ずっと前から双魔君のことが好きなの!一人の男性として!」
普段のイサベルらしからぬ直情的な言葉を矢継ぎ早に、それも顔を真っ赤にして、瞳を潤ませながら、見上げるように訴えかけてくる。
「っ!?っ!?」
最早、理性が働かない。顔が熱い。自分の顔も真っ赤になっているに違いない。
「一応説明しておくと、伏見くんが女の子を何人囲ってもイサベルのことを幸せにしてくれるなら、私たちガビロール宗家は何も言うことはないわ」
「えっ?あの…………」
何と、イサベルにサラが加勢してきたのだ。
そちらに視線をやるとサラがニコニコとこちらを見ていた。
「…………」
視界の端に映ったキリルは娘が男に求愛する姿に耐えることができなかったのか両耳を塞いでこちらに背を向けていた。
「まあ、一応将来的にはガビロール宗家当主の伴侶ってことになるから必要なときはイサベルに協力してあげて欲しいけど。あっ、それと跡継ぎね!しっかりイサベルに仕込んで上げてね!」
「お母様!」
サラの過激な発言にイサベルが大きな声を出したが、そのおかげで双魔にも理性が戻ってきた。
「いや……そうは言っても婚約は……うちの親が何と言うか…………」
双魔がそう言い訳じみたことを口にした時だった。
ヴー!ヴー!ヴー!
胸元に突っ込んでいたスマートフォンがタイミングよく振動した。
「どうぞ、出ても構わないわ」
それを聞いたサラがそう言ったので仕方なく、双魔はスマートフォンを取り出すと相手の名前も確認せずに通話ボタンを押した。
「もしも…………」
『チャオ!双ちゃん元気!?』
電話の向こうから聞こえてきたのは大人とは思えないほどのハイテンションな声、双魔の母、シグリの声だった。
母から電話が掛かってくるにはタイミングが良すぎる、そして、何故かサラが微笑ましいものを見るようにこちらに笑みを向けている。
「…………何の用だ?」
『なんか鏡華ちゃんから双ちゃんにもう一人恋人が出来たって電話があったの!その後にその子、イサベルちゃん?からご挨拶のテレビ電話があってね?お母さんもどうかよろしくって!二人ともとってもいい人だと思うの!今度、お茶するの約束もしちゃった!』
「…………」
双魔はサラが微笑んでいる理由を理解した。イサベルを見ると、若干不安そうにしてはいるが、それよりも期待が勝るのか、毛先を弄びながら、ジッと好意の純度が高い熱視線を双魔に送っている。
『それでね?閻魔さまも篁さまも鏡華ちゃんがいいならいいって言ってるし、ダーリンもしっかりイサベルちゃんのことを幸せにしてやれって!だから、双ちゃんが良ければイサベルちゃんと婚約してもいいと思うよ?もしもし!?双ちゃん?聞いて……』
ブツッ!ツーツーツーツー…………
双魔はシグリの話を聞き終わる前に通話を断った。
「……………………」
最早、外堀は全て埋められていた。各方面の許しを必要とする人物の全てが口を揃えて双魔が二人目の恋人に思いを向けることに賛意を示したようなものだった。
「…………」
スマートフォンを片手に持ったままイサベルの方に顔を向けると相変わらず期待の籠った瞳で双魔のことを見つめていた。
「…………」
双魔は今自分がどんな表情をしているか全く見当がつかなかった。
一度、考えを整理しようとこめかみに手を持っていきかけたが、その手を下に戻し、もう片方の手に持ったスマートフォンをスーツの内ポケットに押し込んで立ち上がった。
「っ?」
突然、腰を上げた双魔にイサベルは驚いたようだ。サラといつの間にかこちらに向き直っていたキリルは二人を静かに見守っている。
「…………」
双魔は言葉を探したが見つからず、結局、黙ってイサベルに右手を差し出した。
「っ!」
イサベルは双魔の意図を察したのか、満面の笑みを浮かべて、差し出された手を取ると立ち上がった。
「……その、なんだ……」
「…………」
自分と視線を合わせて、口をぽしょぽしょと動かして何かを言おうとするをイサベルはただ、ただありったけの好意を込めて見つめた。
「…………不幸にはしない……ゆっくりになるとは思うが……よろしく頼む」
双魔はイサベルが恋人役を依頼した一週間前と同じように素っ気ない風を装って照れくささを隠しながら確かにそう言った。
「…………ええ!よろしくね、双魔君!」
「……ん……っと!」
双魔の短くも温かい返事を耳にしたイサベルは両親の目など忘れて、否、しばらく前から忘れていたのだが。双魔の胸に飛び込んだ。
「…………」
双魔はそれを優しく受け止める。
イサベルの紫紺の瞳からは喜びの雫がぽろぽろと零れ落ちた。
愛しき娘の幸せを前に、キリルとサラはお互いの手を取り、微笑み合った。
後日、イサベルと梓織の部屋にて報告を受けた梓織、アメリア、愛元の三人は友人の想いが叶ったことに喜びに喜んだ。
三人に抱き着かれて、もみくちゃにされ少し困りながらも嬉しそうなイサベルを机の上に置かれた一輪挿しの紫色の竜胆が見守っていた。
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竜胆の花言葉『正義』『誠実』『貞操』
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