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思いがけないアクシデント
②
代々竹野内家に仕えている柳本は、グループ内に留まらず竹野内家の内情にも詳しいようで、奏の弱いところを的確について考えを改めさせようとする。
「お言葉ですが。例の決まり事の件で、ご当主である恭一様にも口うるさく結婚を急かされてますよね。浅葱社長もそれを知っているからこそ、再三にわたって縁談話を持ちかけているのですよ。そうでもしなければ、あの古狸がそう易々と諦めるとは思えません」
そう切り出してきた柳本は、穂乃香の顔色を窺いながら「しかしな」と二の足を踏む奏の様子を横目に見遣ると、今度は穂乃香に向けてさも当然のごとく言い放った。
「穂乃香さんも、社長には元婚約者の件で大きな借りがあるのですから、さぞかしお心苦しいことでしょう。社長の恩に報いるためにも、ご尽力いただけると非常に助かるのですが」
丁寧な口調だが、中身はこれ以上にないって程恩着せがましい言い草である。
「……そ、それはそうですけど、別に頼んだわけでは」
確かに少々心苦しくはあったが、穂乃香のせいではない。そもそも頼んだ覚えもない。
社長には母の残してくれた生命保険で立て替えてもらった分の返済を申し出たのだ。それなのに――
『あれは、穂乃香を傷つけた男のことがどうしても許せなくて、俺が独断でやったことだ。穂乃香が気に病む必要はない』そう言って取り合ってくれなかったのだ。
反論しかけた穂乃香の代わりに、再び奏の力強い援護射撃が飛び交った。
「柳本、恩着せがましいことを言うな。俺は穂乃香の気持ちを尊重したいんだ」
奏がピシャリと言い切った直後、柳本はスーツのポケットからハンカチを取り出したかと思えば、細面を苦しげにぐにゃりと歪ませた。
そうして顔をハンカチで覆うと嗚咽を漏らしつつ悲痛な声を漏らす。
「出過ぎた真似をして申し訳ございません。ですが……穂乃香さんのために、多忙な仕事の合間に睡眠時間を削って奔走された奏様があまりにも不憫で。そ、それなのに……穂乃香さんは……血も涙もない……ううっ」
とうとう泣き落としという姑息な手段に出た。
「柳本、みっともない真似をするな。穂乃香、柳本のことは気にしなくていい」
これには奏も呆れ果てた様子で、穂乃香にそう言って声をかけてくれた。
けれど酷い言われように黙っていられなかった穂乃香は、柳本の思惑通りの言葉を放ってしまう。
「わかりました。尽力させていただきます」
そんな経緯があり、穂乃香は奏の第二秘書としてだけでなく、〝奏の婚約者〟としても会食に臨むことと相成ったのである。
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