24 / 24
「宿り木」の夜の灯
しおりを挟む夜も更け、宿り木の灯りが順々に落ちていくころ。
台所の奥、小さな食卓の隅で、二人分の湯呑みから湯気が上がっていた。
甘く煮出した薬草茶の香りが、ひっそりと漂っている。
「……さて、本日の“宿り木会議”、議題は?」
椅子に深く座り直しながら、アベルがふざけた口調で言った。
向かいでは、ミーナが読みかけの帳簿を閉じて、柔らかく微笑む。
「まずは、トウマの“本の読みすぎ”について。昨日も、寝たふりして布団の中で文献読んでたわ。灯り、小さくしててもバレバレ」
「アイツ、俺が騎士団時代に使ってた戦術書まで引っ張り出してきてたぞ……。もしかして俺より読むの速いんじゃないか?」
「負けたくないなら、あなたも寝床で帳簿でも読んだら?」
「お断りだ」
ふたりでくすっと笑う。
「次、ユウマ。動物たちの食事を“手作りスープ”にしたのはいいけど……今朝、俺の朝食用スープがなくなってた理由、聞いた?」
「もちろん。クロミと喧嘩したリンリンの元気出してほしいと思ってって」
「くそぅ、正論すぎて何も言えない……。それにしても残った分はあったろ?」
「それは私の朝食用スープになったから、文句は私にどうぞ?」
アベルはお茶をすすりながら、ふうっと息を吐いた。
「……なんだかんだ言って、平和だよな」
ミーナは静かにうなずく。
「ええ。でも、“平和な今”がいつまでも続くとは限らないから。だからこそ、今日の“平和”をちゃんと笑っておくのよ」
「……ミーナ。たまにそういうこと言うと、かっこいいよな」
「たまにって言うなら、明日のスープは自分で作ってね」
アベルがむせかけて、ふたりの間にまた笑いがこぼれた。
しばらくして、ミーナが急に真顔になる。
「ねえ、アベル。……この宿、これからもっと不思議なことに巻き込まれていくと思う?」
アベルは湯呑みを置き、ミーナの方をまっすぐに見た。
「思う。 でもそれは“呼ばれてる”ってことだ。この宿が、トウマとユウマが“何かを迎える場所”になってる」
ミーナはふっと目を伏せ、ゆっくりと肩をすくめた。
「……だったら、ちゃんと守らなきゃね。私たちの大事な“帰る場所”」
「おう。それに俺は――」
「戦うのは得意! でしょ?」
「ちがう。“火の番”は得意だって言おうとした」
「……あら。やだ、かっこいいじゃない」
アベルは照れくさそうに顔をそらす。
ミーナは、テーブルの下でそっと彼の手を握った。
「私たち、ほんとに“宿屋の夫婦”になったのね」
「まだまだ、修行中さ。……でも、いいな。こんな夜が、ちゃんとあるのは」
夜風が、軋んだ窓を優しく撫でた。
遠くで猫が鳴き、屋根裏で幽霊たちのうたた寝の声が、ほのかに揺れる。
こうして、宿り木の夜は更けていく。
夫婦のあたたかな作戦会議とともに――
次の朝が来るその瞬間まで、静かに宿を守りながら。
【おわり】
10
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
【完結】異世界リメイク日和〜おじいさん村で第二の人生はじめます〜
天音蝶子(あまねちょうこ)
ファンタジー
壊れた椅子も、傷ついた心も。
手を動かせば、もう一度やり直せる。
——おじいさん村で始まる、“優しさ”を紡ぐ異世界スローライフ。
不器用な鍛冶師と転生ヒロインが、手仕事で未来をリメイクしていく癒しの日々。
今日も風の吹く丘で、桜は“ここで生きていく”。
異世界転生ファミリー
くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?!
辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。
アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。
アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。
長男のナイトはクールで賢い美少年。
ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。
何の不思議もない家族と思われたが……
彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。
神様の忘れ物
mizuno sei
ファンタジー
仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。
わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
一緒に異世界転生した飼い猫のもらったチートがやばすぎた。もしかして、メインは猫の方ですか、女神様!?
たまご
ファンタジー
アラサーの相田つかさは事故により命を落とす。
最期の瞬間に頭に浮かんだのが「猫達のごはん、これからどうしよう……」だったせいか、飼っていた8匹の猫と共に異世界転生をしてしまう。
だが、つかさが目を覚ます前に女神様からとんでもチートを授かった猫達は新しい世界へと自由に飛び出して行ってしまう。
女神様に泣きつかれ、つかさは猫達を回収するために旅に出た。
猫達が、世界を滅ぼしてしまう前に!!
「私はスローライフ希望なんですけど……」
この作品は「小説家になろう」さん、「エブリスタ」さんで完結済みです。
表紙の写真は、モデルになったうちの猫様です。
転生した子供部屋悪役令嬢は、悠々快適溺愛ライフを満喫したい!
木風
恋愛
婚約者に裏切られ、成金伯爵令嬢の仕掛けに嵌められた私は、あっけなく「悪役令嬢」として婚約を破棄された。
胸に広がるのは、悔しさと戸惑いと、まるで物語の中に迷い込んだような不思議な感覚。
けれど、この身に宿るのは、かつて過労に倒れた29歳の女医の記憶。
勉強も社交も面倒で、ただ静かに部屋に籠もっていたかったのに……
『神に愛された強運チート』という名の不思議な加護が、私を思いもよらぬ未来へと連れ出していく。
子供部屋の安らぎを夢見たはずが、待っていたのは次期国王……王太子殿下のまなざし。
逃れられない運命と、抗いようのない溺愛に、私の物語は静かに色を変えていく。
時に笑い、時に泣き、時に振り回されながらも、私は今日を生きている。
これは、婚約破棄から始まる、転生令嬢のちぐはぐで胸の騒がしい物語。
※本作は「小説家になろう」「アルファポリス」にて同時掲載しております。
表紙イラストは、Wednesday (Xアカウント:@wednesday1029)さんに描いていただきました。
※イラストは描き下ろし作品です。無断転載・無断使用・AI学習等は一切禁止しております。
©︎子供部屋悪役令嬢 / 木風 Wednesday
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる