異世界宿屋の小さな相談役

月森野菊

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「宿り木」の夜の灯

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 夜も更け、宿り木の灯りが順々に落ちていくころ。

 台所の奥、小さな食卓の隅で、二人分の湯呑みから湯気が上がっていた。  
 甘く煮出した薬草茶の香りが、ひっそりと漂っている。

「……さて、本日の“宿り木会議”、議題は?」

 椅子に深く座り直しながら、アベルがふざけた口調で言った。
 向かいでは、ミーナが読みかけの帳簿を閉じて、柔らかく微笑む。

「まずは、トウマの“本の読みすぎ”について。昨日も、寝たふりして布団の中で文献読んでたわ。灯り、小さくしててもバレバレ」
「アイツ、俺が騎士団時代に使ってた戦術書まで引っ張り出してきてたぞ……。もしかして俺より読むの速いんじゃないか?」
「負けたくないなら、あなたも寝床で帳簿でも読んだら?」
「お断りだ」

 ふたりでくすっと笑う。

「次、ユウマ。動物たちの食事を“手作りスープ”にしたのはいいけど……今朝、俺の朝食用スープがなくなってた理由、聞いた?」
「もちろん。クロミと喧嘩したリンリンの元気出してほしいと思ってって」
「くそぅ、正論すぎて何も言えない……。それにしても残った分はあったろ?」
「それは私の朝食用スープになったから、文句は私にどうぞ?」

 アベルはお茶をすすりながら、ふうっと息を吐いた。

「……なんだかんだ言って、平和だよな」

 ミーナは静かにうなずく。

「ええ。でも、“平和な今”がいつまでも続くとは限らないから。だからこそ、今日の“平和”をちゃんと笑っておくのよ」
「……ミーナ。たまにそういうこと言うと、かっこいいよな」
「たまにって言うなら、明日のスープは自分で作ってね」

 アベルがむせかけて、ふたりの間にまた笑いがこぼれた。
 しばらくして、ミーナが急に真顔になる。

「ねえ、アベル。……この宿、これからもっと不思議なことに巻き込まれていくと思う?」

 アベルは湯呑みを置き、ミーナの方をまっすぐに見た。

「思う。 でもそれは“呼ばれてる”ってことだ。この宿が、トウマとユウマが“何かを迎える場所”になってる」

 ミーナはふっと目を伏せ、ゆっくりと肩をすくめた。

「……だったら、ちゃんと守らなきゃね。私たちの大事な“帰る場所”」
「おう。それに俺は――」
「戦うのは得意! でしょ?」
「ちがう。“火の番”は得意だって言おうとした」
「……あら。やだ、かっこいいじゃない」

 アベルは照れくさそうに顔をそらす。
 ミーナは、テーブルの下でそっと彼の手を握った。

「私たち、ほんとに“宿屋の夫婦”になったのね」
「まだまだ、修行中さ。……でも、いいな。こんな夜が、ちゃんとあるのは」

 

 夜風が、軋んだ窓を優しく撫でた。

 遠くで猫が鳴き、屋根裏で幽霊たちのうたた寝の声が、ほのかに揺れる。

 こうして、宿り木の夜は更けていく。

 夫婦のあたたかな作戦会議とともに――  
 次の朝が来るその瞬間まで、静かに宿を守りながら。


 【おわり】
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