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第8弾 降っても晴れても
Back In The Saddle Again(鞍に戻ろう)
しおりを挟むその頃、
モニュメント・バレーでは、
「ふぅん、馬って日が暮れても走れるんだ?」
「馬は夜目が利くんだぜ~」
ジョーとメラリーが横木の柵に寄り掛かって隣の乗馬クラブの馬場で特訓中の太田のライディングを見物していた。
この乗馬クラブは冬季は午後4時までなのだが、太田はインストラクターのダンの就業後に特別レッスンを受けているのだ。
「どうだい?バッキー、ずいぶんサマになっているだろ?」
ダンが自慢気にジョーに訊ねる。
「おお。身体がどっちにも傾いてない。左右均等。背筋は真っ直ぐ。バランス完璧じゃ~ん」
ジョーは馬上の太田の姿勢を馬の真横や尻尾側からチェックして感心した。
太田は以前にも増して上達している。
バッキーの中身でダンスも踊れるくらいなので元々の身体能力も高かったのだろう。
「さらにっ」
ダンはプラスチックの計量カップを取り出し、
カップになみなみとペットボトルの水を注いで馬上の太田に手渡した。
太田は左手にレイン(手綱)、右手にカップを持って水をこぼすことなく馬をスムーズに進めていく。
ウェスタン馬術ではレインはほとんど片手で持つのだ。(両手で持つのがいけないという決まりはない)
「おおっ。ちっとも水がこぼれないっ」
「すごぉい。スポ根漫画の特訓みたいっ」
ジョーとメラリーは目を見張った。
「そうだろ?バッキーが何かスポ根漫画みたいな特訓をやってみたいと言うんでね。これは本場アメリカのトレーナーも勧めている訓練法なんだよ」
ダンは太田のライディングに目を細める。
太田は計量カップ200ccの水をこぼすことなく馬場を一周して戻ってきた。
「あ~あ、乗馬、同じ日から始めたのに、もうバッキーに先、越されちゃったな~」
「メラリー、乗馬はサボってばっかだからだろ」
「だって、馬に跨がってるだけで足が突っ張ってくるし、太股がプルプルして筋肉痛になるし~」
メラリーは痛いのはイヤなのだ。
「……」
ダンはメラリーの言葉にちょっと気になる表情になって、
「バッキーはわたしのお下がりのサドル(鞍)を使ってるけどメラリーちゃんのサドルは?」
騎兵隊の馬屋のほうへ目をやって訊ねた。
「自分のサドルなんか持ってないし、騎兵隊の馬のテキトーに借りてるけど」
メラリーは馬具に関心などさらさらない。
サドリング(馬に鞍を着けること)もややこしいので騎兵隊キャストに頼んでやって貰っている。
「――あ、けどよ。オーディションで乗るのは騎兵隊の馬だろ?こっちの馬も借りて慣らしといたほうがいいんじゃねえの?」
ジョーが親指で肩越しに背後の騎兵隊の馬屋を差す。
「あ、そうか。そうですよね」
太田もハッと納得顔をした。
ウェスタン馬術では馬の自由度が高く、ライダーに支配されずに馬が自分で考えて動くように調教されているので初めての馬だと扱いづらいのだ。
ジョー、メラリー、太田、ダンは騎兵隊の馬屋へやってきた。
この一帯は西部開拓時代の考証で作ったフロンティア砦で、高い矢来で半周だけ囲った広い敷地に騎兵隊の兵舎や馬屋がある。
実際のフロンティア砦は当然ながら一周を矢来で囲っているが、ここはテーマパークなのでゲストが中を見られるように半周だけなのだ。
「久しぶりだなぁ。元気か?」
ダンが懐かしげに騎兵隊の馬を撫でる。
「メラリーが練習で乗ってるパールか、マーティのゴールド、ロバートさんのシルバー。この馬は気立てが良いから扱いやすいぜ」
「ジョーさんのダイヤは気が荒いからダメだね」
ジョーとメラリーも馬を撫でながら言う。
「うぅん」
太田は馬を見比べて難しい顔をしていたが、
「いや、やっぱり、やめておきますっ。騎兵隊の馬は借りませんっ」
振り払うようにキッパリと断った。
「へ?」
「なんで?」
ジョーとメラリーはキョトンとする。
「オーディションでは他の応募者と同じ条件でなければっ。俺だけ騎兵隊の馬に慣れているなんてズルイですからっ。正々堂々、勝負しますっ」
太田はグッと握り拳で力強く言い放った。
「おおっ、よく言った。それでこそ男だっ」
ダンが感極まったようにガシッと太田の肩を掴む。
「はいいっ。男ですからっ」
太田の目にメラメラと闘魂の炎が燃えている。
「よしっ。乗馬クラブの馬で特訓の続きだっ」
ダンがビシッと乗馬クラブの方向を指差し、
「はいいっ」
太田と2人、砦からモニュメント・バレーへ飛び出していく。
「やたらに燃えてるな」
「あ、熱い」
ジョーとメラリーはスポ根漫画のように夕日に向かって走っていく2人の黒いシルエットをやれやれと眺めていた。
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