上 下
163 / 297
第8弾 降っても晴れても

I can't get motivated.(やる気が出ない)

しおりを挟む
 

 カツカツ、

 バコ、
 ボコ、

 ボコ、
 バコ、

 それぞれの足音を地下通路に響かせながら、

 ガンマンキャストとキャラクタートリオは野外ステージへ向かった。

「あぢいぃ~」

 メラリーは早くも汗ダラダラだった。

 うっかり忘れていたがメラリーのコスチュームは早変わりのドレスの下にカウボーイのコスチュームを着ているので着ぶくれして暑いのだ。

 足はウェスタンブーツだし、頭は巻き毛のウィッグなので熱の逃げ場がなく暑い、暑い。


「はあぁ~」

 ドレスの裾をパタパタと扇いで風を送りながら野外ステージの楽屋へ入ると、

「――う、わっ?」

 メラリーは窓から外の観客席に化け物でも見たかのように後退あとずさった。

 観客席の最前列にあの恐ろしいドスコイ体型のギャルがいるではないか。

「へええ、今日もピンクのヒラヒラのワンピースだけど、デザインが違ってるから似たようなワンピースを何着も持ってるんだな」

 ジョーは昨日、しげしげとドスコイ体型のギャルを見ていたのでワンピースのデザインまで覚えていた。

「あの体格ならオーダーメイドっすね」

「冬休みとはいえ女子高生が連日、ショウのチケット買って観てるなんて小遣いに不自由しない金持ちの娘っすよ」

 トムとフレディも窓からドスコイ体型のギャルを観察する。

「……(うんうん)」

 キャラクタートリオも同意して頷く。

太客ふときゃくは大事にしなきゃだわね。あ、太客というのは身体が太いって意味じゃないわよ」

 ゴードンは金を落としてくれる太っ腹なファンが増えてしめしめという表情だ。

「ガンマンデビューしたら女のコにモテモテだと思って頑張ってきたのに~っ」

 メラリーは暑さのイライラも手伝ってムシャクシャとわめく。

「アテが外れたなあ?メラリー」

「追っ掛けギャルなんかブスしかいねえんだよ」

 トムとフレディは「ケケケ」と笑い飛ばす。

「あ、もう、モチベ失せた。やる気スイッチ切れた」

 メラリーはガックリと床にへたり込む。

「あ、コイツ、自分の追っ掛けファンがブスだから、やる気なくすって信じらんねえ奴」

「だなっ」

 トムとフレディは椅子にドッカリと座って缶コーヒーのプルトップをペシッと開けた。

「あのギャルはデブなだけでブスじゃないぜ~。目鼻立ち、ちゃんと見てみろよ」

 ジョーが口を挟む。

「たとえ可愛くても手荒な振る舞いをするファンは迷惑っすよ」

 メラリーはとにかく痛いのはイヤなのだ。

「そーいや、お前等はどういうモチベーションでやってんだよ?」

 ジョーが缶コーヒーをグビッと飲んでトムとフレディに訊ねる。

「俺はいつかガンマンデビューして格好良いところを彼女に見せたいからっすよ」

「俺もっす」

 そういえば、以前、誰かが言っていたが、これでもトムとフレディは彼女持ちなのだ。

「彼女ぉ?見たことないけど~」

 メラリーは疑いの眼差しで振り返る。

「見えなくたっているんだよ」

「大事なものは目に見えねえんだよ」

 トムとフレディの彼女はまるで真昼の星のような存在らしかった。

「……」

 そのかん、窓の外の観客席には目もくれず、ロバートは新聞を読んでいたし、マダムはカンカンのオーディションのための課題を考えていた。


 そうこうして、

 今日もガンファイトが始まった。

「メラリーちゃあああんっ」

 ドスコイ体型のギャルの野太い声援が飛ぶ。

(なんか、上手く命中するとあのギャルに自分の応援のおかげとか思われそうでイヤだな~)

 メラリーはまったくやる気が出ない。


 ガン!
 ガン!

『Hit!』

『Miss!』

 
 ジョーvsメラリーの4日目のガンファイトの結果、

『Victory of Joe!』

 ジョーはパーフェクト、メラリーは13発5中でボロ負けだった。


(ひやぁ、風が冷たい~)

 早変わりのドレスを脱いでカウボーイのコスチュームだけになったのでガンファイトが終わると急激に寒さを感じた。

(さ~む~い~)

 案の定、メラリーは汗が冷えてきた。

 背筋がゾクゾクしてくる。

 しかし、ジョーvsロバートのガンファイトでメラリーは命中と失中の旗を上げたり下げたりしてなくてはならない。

『Hit!』

『Hit!』

 実況アナウンスに合わせて旗を振り上げる。

 ヒュルルル。

 冷たい北風が野外ステージを吹き抜ける。

「ぶへっくしょんっ、くしゅんっ、ふぇくしょっ」

 くしゃみが3連発も出た。
しおりを挟む

処理中です...