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第10弾 マイフェアレディ
People without the marriage luck(結婚運のない人々)
しおりを挟む一方、
斜め横のテーブルではゴードン、マダム、サンドラが遅い夕食を摂り始めた。
「あぁあ、せっかくタウンにも双子のアイドル誕生と思ったのにねぇ」
ゴードンは豚肉の梅マヨ炒めをモグモグしながら惜しそうに呟く。
隣のウェスタン牧場にはモーリンとモーレンという可愛い双子のカウガールのアイドルがいるのでゴードンは対抗心があったのだ。
「ゴードンさんがうちの娘達を推してくれたのは嬉しいけど、わたしは娘達と同じステージで踊るなんて真っ平だわ」
サンドラは本音を漏らした。
そもそも伊砂原姉妹がオーディションに応募したのも母親のサンドラには何の相談もなく事後承諾だったのだ。
「だいたい、あんな大きな娘がいるなんてゲストに知れたら年齢がバレちゃうじゃない」
タウンのオープン時からカンカンの踊り子を続けているサンドラには常連の男性ファンも多く、わざわざ年齢をバラしてファンをガッカリさせたくはない。
ショウのキャストは公式サイトのプロフィールでも年齢は非公開だし、サンドラは見た目では28歳くらいに見えるのだから。
「あら、そしたら、親子じゃなく姉妹ってことにしたら?双子ちゃんはサンドラちゃんの8歳下の妹ってことにすればいいのよ。嘘も方便よ」
ゴードンは寛大に何でも有りだ。
「そんな嘘までオッケーなの?――姉妹で通るかしらねぇ」
サンドラはケータイを開いて娘達の画像を思案げに眺める。
「あら、双子ちゃんの成人式の?見せて、見せて」
ゴードンがサンドラのケータイを引ったくる。
伊砂原姉妹が午前中の成人式で会場の立て看板の横に2人並んで撮ってサンドラに送信してきた画像だ。
先ほどの悪態が嘘のように振り袖姿で幸せ淑やかに澄まし顔して映っている。
「まあ、綺麗~。そっくりの双子がお揃いの色違いの振り袖でお人形さんみたい~。うちの子は春から中学生だけど男のコだからつまらないのよね~」
いつの間にかやってきたコスチューム担当のタマラがゴードンの背後から画面を覗き込む。
「マリーのところも女のコでしょ?」
サンドラが訊ねる。
「ええ。これ」
マダムもケータイを出して画像を開いて見せた。
「まあ、マリーちゃんにそっくり~」
「このくらいの年頃が一番可愛い時ねぇ。やっぱりダンスを習わせているのね」
タマラとサンドラが画面を覗き込む。
画像はダンスの発表会でピンク色のチュチュ姿でガーベラの花束を抱えた8歳くらいの美少女だ。
「娘の画像はこの頃までしか持ってないの。発表会で花の精を踊った時のよ」
マダムは寂しげに画像を見つめた。
「マリーちゃんの子は別れたダンナさんのほうが引き取ったんだったわね?」
ゴードンもどれどれと画面に目を凝らす。
「ええ。わたしが引き取るつもりだったけど、小学生の娘に『パパとお姉さんと暮らすほうがいい』『完璧主義のママといると疲れる』って断られちゃったのよ」
マダムは苦笑した。
娘が「お姉さん」と呼ぶのは夫の再婚相手の20代の若い女のことだ。
マダムが離婚したのは夫が不倫した若い女と出来ちゃった再婚するためだった。
タウンのオープン前からカンカンの振り付けやダンス指導で多忙を極めていたマダムの知らないうちに小学生の娘までその不倫相手の若い女と仲良しになっていたのだ。
夫は猫グッズ専門の輸入雑貨店の経営者で不倫相手の若い女はバイトの店員だった。
当時、マダムはなかなかの教育ママだった。
娘のためと思ってダンス、ピアノ、スイミング、英会話、書道など習い事をいくつも掛け持ちさせていた。
育ち盛りには良い食材を摂らないといけない、粗末な食事では粗末な身体が出来てしまうとジャンクフードを禁じてヘルシーな手料理だけを食べさせていた。
それが娘にはありがた迷惑だったのだ。
離婚後の娘は口うるさいママのいない生活を伸び伸びと楽しく満喫していると別れた夫から聞かされた。
再婚相手の若い女は次々と3人も子供を産み、専業主婦で育児に専念して家庭円満だそうだ。
マダムは娘に逢うことは一度もなかった。
「まあ、たしかにマリーちゃんは完璧主義だけど、娘のためを思ってのことなのにあんまりだわね~」
「わたしは家事なんて同居してる母親任せで何もしないのよ。仕事しながらマリーと同じように手料理までは至難の技だわね」
タマラとサンドラは溜め息した。
タマラもサンドラも離婚歴のあるシングルマザーだった。
以前、ジョーが言っていたようにこのタウンは結婚運のない職場なのだろうか。
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