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第12弾 ショウほど素敵な商売はない

Anyone is unconcerned about me (誰しもわたしに無関心です)

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「ども~」

 タウンに戻ったアランは保安官キャストのロッキーにIDカードを示してセキュリティゲートを通った。

「はい、どうぞ」

 体格も顔立ちもゴリラのようなロッキーは見るからに頼もしいゲートキーパーだ。

(こんな野性味に溢れるゴリラなオッサンと好き好んで結婚するくらいだから、やっぱり、ミーナさんって清楚な見た目に似合わずエロいんだろうな~)

 作戦会議ですっかりミーナへの認識を新たにしたアランがそんなことを考えていると、ふいに「あ、アラン」とロッキーに野太い声で呼び止められた。

「――はひっ?」

 何もやましいことはないがミーナと先ほどまでカラオケルームで密会していたのでドキリとする。

「さっき、これをショウの常連の女子高生から預かったんだが――」

 ロッキーはハート柄の可愛い紙袋を差し出した。


 一方、

 乗馬クラブのクラブハウスでは、

「いよいよ、明日なんです。明日が騎兵隊の実技オーディションなんです。それなのに、それなのに、もう、みんなとっくに俺のオーディションには興味が失せているんですよっ」

 太田はハムステーキトーストを食べながら愚痴っていた。

「ヘンリーもハワードもアランもケントもみんなバレンタインのダブルダブルデートのことで頭がいっぱいなんです。仲間より女のコなんですよ。すっかりエロ優先で浮かれきっているんですっ」

 愚痴る、愚痴る。

「まあ、みんなオーディションはバッキーお前がすでに合格確定だと思ってっからよ~」

「だよね~。強敵と思ったディカプリ似とブラピ似が幻と消えたし、最終選考に残ったショボイ候補者14人はアミダくじでテキトーに選んだカスじゃん」

 ジョーとメラリーもハムステーキトーストを食べながら、「もうオーディションは気分的には終わったようなもんじゃね?」という口振りである。

「……」

 太田は気難しげに眉根を寄せる。

「そういう油断は禁物なんです。最後まで気を引き締めて掛からないと、つまらない凡ミスをやらかしてしまうものなんですっ」

 学習塾の講師の頃から家庭教師のバイトの今でも受験生の教え子に「油断は禁物」と再三、注意してきた太田なのだ。

「ま、だいたい、お前が騎兵隊オーディションに受かったところで、俺等からしたらキャスト食堂でジャージの上下で定食を食ってるお前が4月から騎兵隊コスチュームで食ってるってくらいの変化しかねえしよ」

「あ、そうだよね。べつに代わり映えないじゃん」

 たしかに太田以外のキャストには大した変化ではない。

「俺にとってはキャラクターダンサーから騎兵隊キャストになるのは天と地ほどの違いなんです」

 太田にはバッキーの皮を脱いで、初めて自分自身が人前に出て観衆の注目を浴びるというドキドキの一大事なのだ。


「ま、油断しなきゃいいだけだろ~」

「バッキーはいつもキッチリしてるんだから、いつもどおりってことじゃん~」

 ジョーとメラリーは楽観的に安請け合いする。

「ええ、まあ、そうですけど」

「いつもどおり」と言われると太田も気が楽になってきた。

 実技の乗馬もインストラクターのダンから「いつもどおりの調子でやれば大丈夫」とお墨付きを貰っているのだ。


 そこへ、

 カララン♪

「あ、やっぱり、まだいた」

 アランがクラブハウスへやってきた。

「これ、メラリーファンの女子高生が『メラリーちゃんに渡して』ってセキュリティゲートに預けていったってさ」

 ロッキーから言付かったハート柄の可愛い紙袋をメラリーに手渡すとアランは早々そうそうに馬当番にモニュメント・バレーへ戻っていった。


「へええ、このハート柄からしてバレンタインのプレゼントだよね?」

 メラリーは(ついに自分にもバレンタインが――)とウキウキで包みのリボンに挟まったカードを開いた。

『メラリーちゃんへ まだ2月14日には早いけど誰よりも一番先に渡したいのでバレンタインのプレゼントです♪ 馬場崎ばばさき良夢 らむ

「――あ、あれ?チョコが入ってないっ」

 包みから毛糸を編んだ物体を引っ張り出す。

「ダサッ」

 広げてみると胸元にMのイニシャルを編み込んだピンク色の手編みのセーターだ。

「あ、なんて奴。初めてファンから貰ったプレゼントだろ~」

 ジョーが手編みのセーターとカードを手に取って検分する。

「チョコが良かった。チョコが良かった。チョコが良かった」

 メラリーはバレンタインはデパートのギフト菓子売り場にある有名店の高いチョコが食べられると期待したのだ。

良夢らむちゃんだってよ。可愛いキラキラネームじゃねえか。『名は体を表す』っていうから可愛いコかもだぜ?――ほれ、この手触り、アクリルじゃなくウール100%だぜ~」

「う~ん、捨てるのは毛糸がもったいないから部屋着にするけど。それに、やっぱり、ファンから貰った初めてのプレゼントだし~」

 メラリーは手編みのセーターを胸にあてがってみる。

 デザインはダサいがウール100%の毛糸はふんわりして高そうな上物だ。

 タダで貰える高い物はだいたい嬉しい。

「――あの、さっきから2人して『初めて、初めて』と言ってますけど、昨年のバレンタインに俺がメラリーちゃんに薔薇の花束を贈っていますから」

 太田が口を挟む。

「あ、ああ、薔薇の花束、カードに『あなたの謙虚なる従者 太田邦生』だっけか?ケロッと忘れてた」

「あの薔薇、ジョーさんのバレンタインチョコと取っ替えっこして、ジョーさんが薔薇風呂にしちゃったんだよね」

 ジョーはチョコが苦手なのでメラリーの薔薇と取り替えたのだ。

「えええ?俺がプレゼントした薔薇の花束をチョコと取っ替えっこ?」

 太田はギャフンである。

 まだショウの常連客でメラリーファンだった頃はメラリーのこんな性格を知らなかったのだ。

「薔薇風呂に浸かりながらハニーに『薔薇風呂、入りに来ねえ?』って電話してたらよ、手が滑ってケータイを水没させちまったんだよな~」

 ジョーは25人はいたハニーのアドレスをおじゃんにしてしまったことをいまだに悔やむ。

「まだ去年の2月のことなのに懐かしいよね~。長かったようでも俺のキャスト歴は2年足らずか~」

 メラリーはしみじみと感慨深げな顔をする。

「この4月から3年目に突入ですね?」

 太田が何の気なしに言う。

「――え?――あ、う、ん――」

 メラリーはハッとしてから、あやふやな調子で答えた。

「なんか中身の濃いぃ1年だったよな~」

 ジョーはこの3人で過ごす楽しい日々がずっと続くものと信じて疑いもしない。

 今年も、来年も、再来年もこうして3人でダラダラと無駄話しているのだと――。


「――あっ、ラムといえば、レッドストンのインディアン料理、まだ食べてなかったっ」

 メラリーが唐突に叫んだ。

 良夢らむの名前でマダムの言っていたラム肉のナバホシチューのことを思い出したのだ。

「そいじゃ、明日の騎兵隊オーディションが終わったら『アパッチ砦』でバッキーの祝勝会としゃれ込もうぜ~」

 ジョーがそう提案する。

「やった~。ラム肉、ラム肉~」

 メラリーは大喜びだ。

「いや、まだ合格と決まった訳では――」

 太田は謙遜しつつも「いつもどおりの調子でやれば大丈夫」と自分の合格をおおよそは信じていた。
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