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第12弾 ショウほど素敵な商売はない
Carefree abandon (屈託のない放棄)
しおりを挟む「このへんでいいか」
レッドストンは人気のない廊下の片隅まで太田を引っ張っていった。
「あの、人目を忍ぶのなら、その頭の羽根飾りが目立ち過ぎでは?」
太田はレッドストンが普段も着けているインディアンのウォーボンネットと呼ばれる羽根飾りを見やる。
50メートル先からでもレッドストンがいると一目瞭然だ。
「俺からウォーボンネットを取ったら、ただの高身長のイケメンになっちまうだろうが?」
レッドストンはシレッと言って羽根飾りをバサッと掻き上げた。
「ああ、なるほど~」
以前、レッドストンが「だいたい人前でパフォーマンスして見せようってショウのキャストなんざ自分大好きのナルシストばっかしだろ?自惚れの自己チュー同士で上手くいきっこねえんだよ」と言っていたのは彼自身のことかと太田は納得した。
「それより、お前に話ってのは――」
レッドストンが太田の耳元で声を潜めてコソッと告げる。
「――ええっ?」
太田は思わず大声を上げたが、慌てて周囲を見回して小声になった。
「メラリーちゃんがレッドストンの?実家のペンションに泊まっているということですか?」
「ああ、画像を観て、なんか見覚えのある壁紙に器だと思ったからよ。昨日、久々に実家のペンションに行って食堂を覗いてみたら、メラリーの奴がうちの自慢料理の創作和風フレンチをモリモリ食っていたぜ」
レッドストンはキャスト宿舎暮らしなので実家には滅多に帰らないのだ。
「創作和風フレンチ?だから和食の店でもなく和食器だったんですね」
レッドストンの話によると、メラリーはタウンを出ていった2月1日から今まで荒刃波高原にあるペンション『若草の切妻屋根の小さな家』にずっと宿泊しているというのだ。
あの日、
メラリーは送迎バスを降りると駅前に停まっていた荒刃波高原行きのバスをふと目にして、
(――荒刃波高原?たしかレッドストンの実家のペンションのある――そうだっ。創作和風フレンチだっ)
メラリーは昨年末、ペンション『若草の切妻屋根の小さな家』に泊まった東京の友達、伊集院、二階堂、西園寺の3人が見せびらかすようにメールに添付してきた創作和風フレンチの画像を思い出した。
箸で熱々のご飯と食べる創作和風フレンチだという説明だった。
(創作和風フレンチが食べたいっ)
(舌平目のムニエルに醤油をちびっと掛けて熱々のご飯と食べたいっ)
それを食べる前に東京へ帰る訳にはいかない。
そう激しく創作和風フレンチに心を揺さぶられたメラリーはすぐさま荒刃波高原行きのバスに飛び乗った。
駅前でタウンの送迎バスを降りてから数秒で荒刃波高原行きのバスに乗ったので、アラバハ商店街の爺さん連中が誰もメラリーの姿を見掛けなかったのも道理だった。
ペンションには宿泊の予約もしていなかったが2月の閑散期なので部屋は空いていた。
メラリーは日中はペンションで行われる手作りパン体験、手作りチーズ体験、手作りウインナー体験、陶芸絵付け体験などを楽しみ、晩は日替わりの創作和風フレンチをたらふく食べ、食後はオーナーの弾くギターに合わせて『焼肉食べ放題の歌』をペンションのスタッフと熱唱し、夜はゆっくり温泉に浸かり、客室の天窓から満天の星を眺めつつ、ぐうすか眠って、荒刃波高原リゾートを満喫していたのだ。
「それで、レッドストンはメラリーちゃんには逢ったんですか?」
太田が注意深く訊ねる。
「いや、俺にバレたら逃げ出すといけねえと思って厨房の戸口から食堂を覗いてみただけで、メラリーは俺が来たことも知らねえぜ。うちの親にも口止めしておいたしな」
レッドストンはジョーのいるキャスト食堂のほうへ目を向けて、
「ジョーの奴に知られてペンションまでメラリーを連れ戻しに乗り込んで来られたら大騒ぎになって迷惑だからよ。それで、まず、お前に教えておこうと思ってよ」
そう面倒臭そうに言った。
2月の閑散期にわざわざペンションに訪れるのは常連の定年退職後の悠々自適の熟年層ばかりでペンションにとっては大事なお得意様なのだ。
ジョーに大暴れなどされたら長閑な高原のアットホームなペンションのイメージが台無しになってしまう。
「たしかに。今のジョーさんは常軌を逸していますから」
太田もレッドストンの警戒はもっともだと頷いた。
メラロスで情緒不安定のジョーは何も罪のない新キャストをいびり抜いて追い出してやるとまで言うほどヒトとしてヤバイ状態なのだからペンションの営業妨害だってしかねない。
「あ、そうだ。あの、ルルちゃんもペンションにメラリーちゃんが泊まっていることは知らないんですか?」
太田はルルを気にして訊ねた。
ルルはメラリーにフラれてからすっかり姿を見掛けなくなってしまったのだ。
おそらくメラリーと顔を合わせないように休憩時間もずらして避けているのだろう。
「ああ。ペンションと住まいは別棟で離れているし、ルルは接客の手伝いはしないからな」
ただ、ルルはタウンの仕事が休みの日にはペンションの陶芸絵付け体験で客が描いた絵皿をスタッフが窯入れするのを手伝いに来るという。
その時にルルと出くわしたらメラリーはすぐさまペンションから逃げて東京へ帰ってしまうに違いない。
「ルルちゃんの仕事が休みの曜日は?」
「日月だぜ」
「あ、じゃあ、もう明日ですね」
太田はしばし考えて、
「俺、今日これからメラリーちゃんに逢いに行きますっ」
なんとか自分が冷静沈着に説得してメラリーをタウンに連れ戻して来ようと決心した。
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