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第12弾 ショウほど素敵な商売はない

they are very motivated ② (彼等はやる気満々です)

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「――おお~っ」

 アランはおもむろにクララのワンピースの前を左右に開くと、照明の下に晒されたブラジャーに思わず歓声を上げた。

 それは純白のスベスベした生地で縁取りにヒラヒラとレースが付いて、フロントに小さなリボンが付いた、いかにも清純派の乙女に相応しいブラジャーだ。

 カラフルなブラジャーはまるで水着みたいでガッカリだし、黒のレースはエロっぽいし、霜降りグレイのジャージ素材のスポーツブラなどはムードもへったくれもない。

 目の前の純白のブラジャーはこれぞ下着という下着らしさにキラキラと輝いて目映いまばゆほどだった。

 さっそく外すべくブラジャーの構造を確かめる。

(――お♪肩ストラップが取れるタイプだ)

 ありとあらゆるブラジャーを外してきたが、肩ストラップを取ればワンピースを着たままでもホックを外してブラ本体をスルッと抜くことが出来るので便利だ。

(う~ん、クララちゃんは着痩せするんだな~)

 こうして見るとクララのバストはコンビニの高い特選肉まんくらいのサイズ感がある。

 てっきりクララはペチャパイでせいぜいコンビニの安いフツーの肉まんくらいだと思っていたアランには嬉しい誤算だった。

 BカップからCカップの間くらいが理想で、正直なところ、巨乳には興味がない。

「そもそも巨乳など重力に逆らえず、あっという間に肘の位置までブランブランに垂れ下がる運命なんだから。若い時期だけのほんの一時いっときの遊び相手なら巨乳も良かろうが、末永く付き合うオッパイなら何年経っても垂れにくいBカップ程度が最適なのさ」

 アランはつい熱を込めてアンチ巨乳を主張した。

 その時、

「う~ん」

 にわかにクララが顔をしかめてうめいた。

 よほどアランの独り言がやかましかったのだろう。

(――っ、そういえば――)

 アランはハッと思い出した。

 クララ攻略の司令官であるミーナから昨年のダンス大会の時に酔いつぶれたクララは1時間ほど爆睡してからパチッと目を覚ましたと聞いていたのだ。

 クララがレストルームで寝落ちしたと思われる時刻からすでに30分は経過している。

「ということは、残り30分もない?は、早くしないとクララちゃんが目を覚ましてしまうっ」

 そう言ってからアランはまたハッとした。

「ああっ、俺としたことがっ、クララちゃんが起きてるというていでワンピースの胸をはだけたのに、自分でクララちゃんが眠ってると認めてしまったっ」

 アランはとんだ不覚とばかりに両手で頭を抱えた。

 これではクララの寝込みを襲ったことになってしまうではないか。

「取り敢えず、ちょっと起こさなくては――クララちゃん?起きてる~?」

 アランはクララの頬っぺたをペチペチと軽く叩いた。

「うん~」

 クララは目を閉じたまま寝惚け声で返事した。

「ホントに起きてる~?」

 再度、確認する。

「うん~、起きてる~」

 ひょっとしたら寝言かもしれないが確かに「起きてる」とクララは答えた。

「よしっ、今度こそ起きてるっ。間違いなく起きてるっ」

 アランは性急にそう決め付ける。

 予測ではクララの覚醒まで残り30分弱。

 これ以上、1秒たりとも時間を無駄には出来ない。

(――い、急がねば――っ)

 アランは靴を脱ぎ飛ばしてダブルベッドに飛び上がると、ガバッとクララに覆いかぶさった。

 ほどなくして、

 床に転がったアランの黒い革靴の上にクララの純白のブラジャーが羽根のように軽くファサッと舞い落ちた。



 一方、

 その頃、タウンでは、

「――」

 まだジョーがバックステージの長い廊下をうつろに彷徨さまよっていた。

 アランはこれからという時だろうが、そんなことはジョーの知ったことではなかった。

 ふと、廊下の途中にある自動販売機が目に留まる。

 タウンのスポンサーであるコーヒー会社の缶コーヒーの自動販売機だ。

(メラリーの好きな一番高いブルーマウンテンブレンド)

 ジョーの脳裏に缶コーヒーをグビグビと飲むメラリーの姿が浮かんだ。


 あれは昨年の3月のこと。

「――(ゴクゴク)」
   
 ジョーはいつもの缶コーヒーを飲んでいる。

「ジョーさ~ん。ひとくち飲ませて」

 隣の椅子のメラリーがジョーに顔を向けた。

「グビ」

 ジョーがコーヒーを口に含んで、

「ん~」

 唇を突き出してメラリーに顔を近づけた。

「口移しじゃねぇだろっっ」

 ボカッ!

 メラリーのこぶしがジョーの顔面に炸裂する。

「ブッッ」

 口からコーヒーを噴出。

 ガターン!  

 ジョーは椅子ごと引っくり返った。

「お前が『飲ませて』って言ったんじゃん」

 ジョーは床に大の字のまま心外そうに呟いた。


「グスン、グスン」

 ジョーは自動販売機にオデコをくっ付けるように張り付いて、ひとしきり思い出し泣きにむせんだ。

 
 すぐ前方のキャスト控え室の中からはトムとフレディの話し声が聞こえていた。

 2人は今日も普段どおりに射撃の練習を終えて控え室で着替えてからダラダラとダベッているのだ。

「――ん?」

 やにわにジョーは耳をそばだてた。

 トムとフレディの会話で「メラリーが――」と耳に入ったからだ。

 いったい奴等はメラリーのことで何を言っているのかと扉の前で聞き耳を立てる。


「そうなんだよな。メラリーの奴が辞めたらせいせいするかと思ってたのによ。全然、そんな気しねえよな」

「アイツ、いなくなったからって、べつに俺等の立場が好転する訳じゃないしな」

 トムとフレディは憎たらしいメラリーがいないと練習にも張り合いがないと感じていた。

 思えば、自分達より先にガンマンデビューしたメラリーに対抗心を燃やし、「お前より射撃の腕前は上だかんな」「ほーれ、また命中だ。どんなもんだ」と威張りながらガンガンと撃つのが楽しかったのだ。

 あからさまに悔しそうな顔をするメラリーに見せ付けながら撃つのでなくては(絶対に外せない)という緊張感が失せて、この2週間の練習では自分達の命中率まで落ちてしまっていた。

 そこへ、

 ガタン!

 ジョーが乱暴に扉を蹴って室内に入ってきた。

「ジョ、ジョーさんっ」

 トムとフレディはビックリと戸口へ振り返る。

「ちっ、今頃、気付くなよ。遅せぇよ。お前等が『ここに、いることねぇ』だの『辞めちまえ』だの言うからよ。メラリー、ホントに辞めちまったじゃねえかよ。お前等もメラリー追い出したようなモンなんじゃねえのかよっ?」

 ジョーは今度はイライラの矛先ほこさきをトムとフレディに向けた。

「な、何すかっ?自分のことは棚に上げて、俺等、責めるの、お門違いっすよっ」

「そうっすよ。だいたいジョーさん、メラリー、メラリーって言うけど、アイツに何してやったんすか?何かしてやったことありましたっけ?」

 トムとフレディはムッとして言い返す。

「――?」

 ジョーは(何って?)という顔をした。

「アイツ、ガンマンデビューしてから伸び悩んでたし。けど、ロバートさんにはウルフ引き取ってから夜の練習、付き合ってもらえなくなったし。俺はどうせジョーさんがすぐメラリーの練習にベタベタ付き合うモンだとばっかり思ってた。ま、ジョーさん、一度も練習に来ませんでしたけどっ」

 トムが怒り口調で吐き捨てる。

「毎日、ショウのガンファイトでメラリーの下手っぷり見てて何にも関心持たなかったくせに、ジョーさん、今頃、何なんすか?」

 フレディは落ち着いて冷静な口調だ。

「メラリー、ジョーさんに練習、見てもらいたかったんじゃないっすかね?」

「そうっすよ」

「――」

 トムとフレディに思いがけず責められてジョーは唖然とした。
   
「俺に練習、見て欲しかったら、そう言えばいいじゃねえかよ。いつだって付き合ったのによ。何だよ?俺があれこれ気を回して先読みしてメラリーの要望に応えてやれば良かったのかよ?俺がそんな気の利く人間かよ?」

 メラロスの症状が一気に消えたようだった。

「だいたい、何だよ?お前等、急にまともなこと言いやがってよ」

 ジョーはうろたえていた。

 今更ながらメラロスだった自分が猛烈に恥ずかしくなったのだ。

「俺等はいつだって真面目っすよ。雑魚ざこなりに一生懸命に努力してるんっすよ。元から鯛や鮪の高級魚には分かんないだろうけど」

「そうっすよ」

 トムとフレディは不貞腐ふてくされて自嘲気味だ。

 イライラしているのはジョーだけではないのだ。

「こ、このやろっ。お前のどこが雑魚ざこだっ。強獣力ごうじゅうりきのくせにっ」

 ジョーは相撲のぶつかり稽古のようにトムの胸元をめがけて突進した。

 ビターンッ!

 いちじるしく肥えた巨漢にぶつかる音が響く。

「おうっ、相手になってやるっ」

 トムが土俵入りのようにパーンと両手を打ち鳴らす。

 唐突に肉弾戦の幕が切って落とされた。
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