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火花が散る
しおりを挟むそうして、
桔梗屋の二階のお花の部屋に三人が顔を揃えた。
いずれ菖蒲か杜若などというが、
花に喩えるなら、サギは桜、お花は桃、小梅は梅というくらいに美しさに差がない。
だが、せっかく小梅を連れてきたのにお花はちっとも嬉しそうな顔を見せなかった。
器量良しで着物の趣味も江戸の粋で洗練されていて、おまけに人気のお侠で、美味い甘酒もお土産に持ってきていて、
こんな非の打ち所のないような娘なのに何故だかお花は小梅を気に入らぬらしい。
まったくサギには解せない。
しかし、小梅は売れっ子の半玉らしく「あたしゃ、そこいらの娘とは違う」という高飛車な顔をしていた。
そして、お花も評判の小町娘らしく「あたしゃ、そこいらの娘とは違う」という高飛車な顔をしていた。
両者、睨み合いが続く。
「――あっ、小梅とはな、朝早う川を見に行ったら逢うたんぢゃ」
サギはなんとか座を取り持とうと話を切り出した。
「へええ、なあ?川ぢゃ、あたしの銀のピラピラ簪を探しとったろう?お父っさんが新しく買うてやるとお言いなさったけど、あの蝶の簪は児雷也から貰うた大切な簪だもの。金では買えんわな」
お花はここぞとばかりに児雷也から貰ったということを強調して言った。
「ええっ?あの浅草奥山で大評判の児雷也が?お花様に簪を?へええ、児雷也ってそんな真っ当な趣味?小町娘のお花様に?へええ、なんっか意外っ」
小梅はビックリして思わず普段の調子に戻った。
「嘘ぢゃないわな。なあ?サギ?」
お花がムキになってサギに承認を促す。
「うんっ。わしが鬼武一座の木戸番から簪を預かったんぢゃ。児雷也からお花にって渡されたんぢゃ」
サギはしっかと頷く。
「へええ、そいぢゃ、児雷也とお花様は相惚れってぇ訳なんだ」
小梅はあっさりと納得した。
「うん、まあな。けど、内緒だえ?」
お花はヒラヒラと浴衣の袂で顔を扇いで照れ臭そうにもったいぶる。
本音では江戸中に自分と児雷也が相惚れだと言いふらして欲しいくらいだ。
「ああ、そりゃあ、勿論、内緒にすっさ。児雷也は人気の花形芸人だからね、贔屓の娘等にバレたらお花様がやっかまれて大変だよ」
「なあ、小梅、お前も児雷也の舞台は見たんだろう?半玉や芸妓にも児雷也の贔屓はいっぱいおるんぢゃないかえ?」
「うん、見たよ。投剣は見事でめっぽう面白かったさ。児雷也は仲間内でも大人気だけどさ。あたしゃ、あんな美しい若衆なんざぁ興味ないんだ。四十過ぎの渋い旦那が好みだもん」
お花と小梅はサギをそっちのけで十五歳の娘同士、話も弾んでいるように見える。
「ええ?お父っさんと変わらん年齢の旦那なんぞが?」
お花は信じられぬという顔をする。
「うん。あたしゃ、おっ母さんも芸妓でお父っさんなんざぁ知らんからさ。そのせいもあんのかも」
芸妓を母に持つ娘にとって父などどうでもいいことであった。
「ふうん、そいぢゃ、小梅は児雷也には興味ないんだわな」
お花はたちまち小梅に対する敵対心が失せた。
小梅が美しい娘だけに恋敵だと思い込んでいたのだ。
「ふんふん」
サギはお花と小梅の顔をキョロキョロと交互に見る。
おそらく仲良しになったであろうと思った。
そこで、
「さっきな、小梅はわしに男女の交わりのことを教えてくれたんぢゃ。お花にも教えてやろう思うて連れてきたんぢゃ」
サギはいきなり本題に入った。
「えっ?ホントに?」
お花の目が輝く。
いつか来たるべき児雷也との逢い引きに備えて是非とも知っておきたいのである。
「へへん、まずは見てみい。すっごいんぢゃ。見てビックリぢゃっ」
サギは三味線を指差して小梅に例のモノを出すようにせっつく。
「ああ、ほれっ」
小梅は三味線の袋から春画を取り出して、六枚を二列に並べて置いた。
すると、
「ひょえっ」
お花は素っ頓狂な声を上げ、のけぞった拍子に正座が崩れて畳に手を突いた。
「どうすんぢゃ?どうすんぢゃ?お花?お前、児雷也と逢い引きで、こんなことや、あんなことや、そんなことをするのかっ?」
サギはあっちこっちと春画を指差しながら迫った。
明らかに面白がっている。
「じ、児雷也はこんなことしないわなっ」
お花はキッパリと否定した。
「へ?馬鹿だね。するに決まってんだろ?児雷也だって人の子だよ」
小梅はすっかりお花に遠慮がなくなってケラケラと笑う。
「そうぢゃ。児雷也だって鼻の穴に豆も詰めるし、別の穴にマ、マ、まあ、言わんとくが、とにかく詰めるんぢゃっ」
サギはキッパリと断定した。
「……」
お花はムッとして春画を睨み付ける。
こんな馬鹿みたいなことを児雷也がする訳がない。
自分だって児雷也の前でこんな馬鹿みたいな格好は出来ない。
お花はそう思った。
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