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歌留多
しおりを挟む「そいぢゃ、おクキがオヤツを持ってくる前にホントに歌留多を並べとこうかえ」
お花は朱漆塗りの飾り棚から金箔貼りの豪華な箱に収まった百人一首を取ってきた。
「わあっ、綺麗ぢゃなあ。わしゃ、ホントに歌留多したことないんぢゃ。歌は和歌集を読んで知っとるんぢゃが」
サギは美麗な色刷りの絵札に見入る。
「そうかえ?小梅は?」
お花は取り札を畳の上に並べながら好戦的に小梅を見やる。
「あたし?そりゃあ得意さ。姐さん芸妓にだって負けやしないんだから」
小梅はもう取り札を見渡して位置を頭に入れている。
お座敷でも客と歌留多遊びはするので芸妓なら百人一首を覚えるのも必須だ。
「そいぢゃ、まずサギがその読み札を読んで、あたし等が取るのを見て遊び方を覚えておくれな」
「うんっ」
サギは張り切った。
そして、
「いにしへの~」
「それっ」
パシッ。
「あっ、なんぢゃあ、読んどる途中なのにっ」
サギは文句を言う。
「途中で素早く取るものなんだわな」
「早う取ったもの勝ちなんさ」
「ええ~?そいぢゃ、読み手はつまらんのう」
サギはしぶしぶと読み札を読んだ。
「花の色は~」
「それっ」
パシッ。
お花と小梅の実力は五分五分のようだ。
三人は春画のことなどなかったかのように娘らしく歌留多に興じた。
そこへ、
「お花様?」
またおクキが二階へ上がってきた。
「奥様が歌留多なら是非とも階下でミノ坊様とお枝坊様も一緒にとおっしゃっておいでにござりまするが――」
おクキがオヤツも一緒にとお花にお伺いを立てる。
「ええ?イヤだわな。どっおせミノ坊が手習い所から帰ってきてサギと遊びたがっとるんだえ?知らんわな」
お花はツンとして突っぱねる。
「お花、ええぢゃろうがあ?みんなで遊ぼう」
サギが口を出す。
同い年の娘より小僧みたいな童と遊ぶほうがサギには性に合っているのだ。
「あ、ええと、あたしはそろそろ――」
小梅はやにわにソワソワとして立ち上がった。
奥様と顔を合わせるのはさすがにマズいと思ったらしい。
「――おや?こちらのお嬢様は初めてにござりまするなあ?」
おクキは小梅を見ても夕べの屋根船にいた半玉とは気付かぬようだ。
それどころか蜂蜜の狂暴な印象が強烈で他の松千代と小梅のことなど目にも留めていなかった。
「ああ、長唄の稽古仲間だわな」
お花はケロッと嘘をつく。
「ええ、あたしはこれから稽古に参りますので、これでお暇を致しとう存じます」
小梅は丁寧にお辞儀して三味線の袋を抱えて部屋を出た。
お侠だろうが厳しい花柳界で行儀作法はきちんと身に付いている。
おクキと小梅は一緒にしずしずと階段を下りていく。
「お邪魔を致しました」
小梅はついお座敷の癖で艶っぽく笑んで会釈して玄関を出ていった。
「おクキや、今の娘はお花のお客かえ?」
お葉が座敷の簾戸を開けて足を引きずりながら廊下へ出てきた。
いつもは長い廊下の先の奥の棟にいるのだが昨夜のお百度参りのせいで足が痛むので茶の間で過ごしていたのだ。
簾戸は簾がはまった引き戸で簾越しに座敷の中から明るい玄関先は見えていた。
「へえ、長唄のお稽古仲間だそうにござります」
「まあ、あれほどの器量良しの娘がおったとは。けど、稽古仲間の器量良しはとっくに嫁ぎ先がお決まりだったわなあ」
お葉は残念そうに吐息した。
「へえ、どうりで。嫁ぎ先のお決まりのお嬢様には妙に色香がござりますること」
「あの娘に比べたらお花はまだまだ幼いネンネだわなあ」
「ほんに。奥様、夕べの舟遊びでお花様ときたら――」
おクキは思い出し笑いして、忍び逢いの男女の船の喘ぎ声の一件を話して聞かせた。
「まあ、お花がそのようなはしたない真似を?さぞかし錦庵さんも気まずい思いをされたろう」
お葉は恥じ入って、おクキのように笑うどころではなかった。
いくら色事に関して無知とはいえ殿方のいる前でお花が逢い引きの男女を覗こうとするような振る舞いをしたとは。
お花には『恋は仕勝ち』よりも先に肝心な教えておくべきことがあったのだ。
「ほんに、うっかりしとったわなあ」
お葉はどうしたものかと考えあぐねた。
そこへ、
「あのう、奥様。船宿のご主人がお出にござります」
小僧の一吉がやって来て取り次ぎをした。
船宿の主は裏木戸から訪ねてきていた。
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