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風雲急を告げる
しおりを挟む「にゃん影ええええっっ」
我蛇丸は橋の南詰めから江戸城へ向かって大声でにゃん影を呼んだ。
「ニャッ」
にゃん影がヒュンと風に吹かれた黒煙のごとく姿を現した。
やけに早い。
にゃん影はすぐ近くにいたのだ。
「我蛇丸殿ぉ、何事にござるぅぅ?」
にゃん影を追い掛け、橋の北詰めからお庭番の八木が走ってきた。
「すぐそこの金沢丹後を出た矢先にぃぃ、にゃん影を呼ぶ声が聞こえてきてぇぇ――」
八木は桔梗屋へ遊びに行く道すがら日本橋本石町の上菓子屋『金沢丹後』で手土産の有平糖を買っていたのである。
にゃん影はまた八木にくっ付いていたのだ。
八木のお供二人もゼイゼイと息を切らし走ってきた。
「八木殿、ちょうど良かったっ」
我蛇丸は伝書猫で八木を呼び出すつもりだったので手間が省けた。
「早急に富羅鳥に戻らねばならぬ。早馬を借りて下さらんか」
我蛇丸は橋の人混みを縫って歩きながら八木に用件を伝える。
ただの町人の蕎麦屋では早馬は借りられぬが、かといってサギのように無断で勝手に乗っていく芸当など我蛇丸は持ち合わせていない。
「早馬にござるか?」
八木は我蛇丸が早馬とは、サギの粟餅の買い物とは異なり尋常ならざる事態と察する。
大伝馬町の伝馬役所で八木と落ち合うことにして、我蛇丸はいったん錦庵へ戻った。
「――ええっ?これから富羅鳥へっ?」
シメもハトもいったい何事かと目を丸くする。
「話しとる暇はない。急ぐんぢゃ」
我蛇丸は普段は使うことのない麺打ち棒を手に取った。
スッと引き抜くと白刃がキラリと光る。
これは仕込み麺打ち棒で蕎麦屋仕様の隠し武器なのだ。
「我蛇丸、くれぐれも気を付けるんぢゃぞ」
ハトは渋面して富羅鳥への路銀を渡す。
「おう」
我蛇丸は通行手形の鑑札に旅支度の縞の合羽と菅笠、手甲に脚絆、仕込み麺打ち棒を手に裏木戸から走り出ていった。
その時、
「……?」
裏長屋で雉丸の子守りをしていたおクキは旅支度で出ていく我蛇丸を怪しむような目で見ていた。
我蛇丸が大伝馬町の伝馬役所に着くと、八木が二匹の馬を引いて待っていた。
伝馬役所で借りたらしく八木は馬乗り袴に履き替えている。
「八木殿?」
「それがしも一緒に参るでござる。富羅鳥までならば途中の宿場で馬を替えねばなるまいし――」
馬はそれほど長くは走れぬゆえ富羅鳥まで休みなく同じ馬を使う訳にはいかない。
馬を取り替える時にも宿場の駅で八木に借りて貰わねばならぬのだ。
八木は馬の振り分け荷の中に飲み水の竹筒や馬草鞋の替えもふんだんに用意しておいてくれた。
おまけに桔梗屋への手土産に買った上等な有平糖が四十六人分もある。
「忝ないっ」
我蛇丸はすぐさま馬に飛び乗った。
八木も慌てて馬に飛び乗る。
「はいどうっ」
我蛇丸は馬の脇腹を蹴って一気に駆け出した。
「――は、速い」
八木は我蛇丸の馬を見失わぬように追い掛けるのが精一杯であろうと冷や汗が出た。
パッカ、
パッカ、
パッカ、
パッカ、
二匹の馬が前後して伝馬役所の冠木門を駆け抜けていく。
その時、
ヒュン、
冠木門の上から黒い影が馬上の八木の背に飛び付いた。
やはり、にゃん影も忍びの猫として富羅鳥まで一緒に付いていく気満々なのだ。
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