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鳥囚われても
しおりを挟む「ぐがごがぁ――ぐぁっっ」
サギは自分の高イビキで噎せて目が醒めた。
薄暗い。
いつの間にやら日が沈んでいる。
「げふっ?ここ、どこぢゃ?」
ここは裏長屋の座敷ではなかった。
立派な十畳間の座敷で床の間に水墨画の亀の掛け軸があり、活け花が飾られ、その手前に脇息と煙草盆が置かれている。
小梅と竜胆の姿はどこにも見えない。
「ええと、そうぢゃ、ブランディウェーとかいうのに浸したカスティラを食うて、フンガァッとなって――」
その後はよく覚えていない。
「なんぢゃか、頭がまだフワワァとしとるのう」
どうやらオヤツ時からずっと寝ていたようだ。
「ん~、寝過ぎぢゃ。う~ん、んんっ?」
伸びをしようとして身動きが取れない。
両腕が脇にくっ付いて動かぬのだ。
「――げっ?」
自分の姿を見ると胴体にグルグルと白紙が巻かれて二ヶ所に紐が掛けられている。
まるでお歳暮の熨斗を掛けた荒巻鮭のようだ。
「な、なんぢゃこりゃ?竜胆がやったのか?小梅か?こらっ、何の悪戯けぢゃっ。ほどけっ、たわけっ」
サギは足をバタバタさせて喚く。
すると、
障子に人影が差してスサッと開いた。
「ふふふ、まんまと生け捕りだねえ?」
熊蜂姐さんがにんまりとして座敷へ入ってきた。
その背後には月が見える。
「おうっ?熊蜂姐さんっ?こりゃあ何の真似ぢゃっ?わしゃ玄武一家に囚われる覚えなんぞないぞっ」
サギは両足を熊蜂姐さんに向けてバタバタした。
「玄武にはなくとも、このあたしには大有りなんだよ」
熊蜂姐さんはお引きずりの裾をバサッと払って床の間の前に片膝立てに座った。
「何を隠そう、あたしゃ猫魔の一族なのさ」
そう言って不敵な笑みを浮かべる。
「――へっ?猫魔?熊蜂姐さんが?」
「ああ、お前が知ってるかどうかは知らんがね、我蛇丸の母親は猫魔の三姉妹の次女なんだよ」
「うん、知っとる。兄様の亡うなった母様は猫魔の美人三姉妹のお玉という猫使いぢゃったと聞いとる」
「そんなら話が早い。耳をかっぽじって、いや、かっぽじれんだろうが、ようくお聞き。あたしゃね――」
熊蜂姐さんはおもむろに煙管を取ってプカリと吹かし、
カンッ。
煙管を煙草盆に叩き付けて灰を落とす。
「何もったい付けとるんぢゃあ。早よ言わんかあっ」
サギはイライラとせっつく。
「ちっ、風情の分からんガキだね。いいかい?あたしゃ、その美人三姉妹の母親なのさ」
なんと、
熊蜂姐さんは猫魔の三姉妹の母だったのだ。
猫魔の三姉妹、お虎、お玉、お三毛。
言うまでもなく虎也、我蛇丸、小梅の母だ。
「く、熊蜂姐さん、いったい何歳ぢゃっ?」
サギはのけぞった。
「うるさいね。女に年を訊くもんぢゃないよ」
熊蜂姐さんはキッとサギを睨み付ける。
実は熊蜂姐さんは五男四女の子沢山で末っ子の蜂蜜は四十歳の年に産んだ娘であった。
「え、ええと、待て。そいぢゃ、兄様には母方の婆様かっ」
サギは信じられぬように熊蜂姐さんの美しい顔を見つめた。
『金鳥』で若返って二十代半ばにしか見えぬが実年齢は五十八歳の婆なのだ。
長女のお虎が三十八歳なので熊蜂姐さんと母子でも年齢的にはおかしくはない。
この二十代半ばにしか見えぬ妖艶な美女が婆様だとは。
「ぶひゃひゃ、こりゃ兄様が聞いたらビックリして腰を抜かすぞっ」
サギは足をバタバタさせて大笑いした。
「そう、我蛇丸はあたしの孫。――いや、あたしの孫を富羅鳥で付けられた我蛇丸などという名で呼ぶなんざ穢らわしい。お玉の子だから、玉丸だよ」
やはり、熊蜂姐さんの名付けはあんまりであった。
「た、た、玉丸――っ、兄様が玉丸、うひゃひゃひゃっ」
サギはもう笑いが止まらなかった。
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