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鬼が出るか仏が出るか
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サギが屋根の上をピョンピョンと飛んでいくと、眼下の通りにおクキの姿が見えた。
今日もいつもどおりに錦庵の手伝いに行っていたおクキが桔梗屋へ戻っていくようだ。
(おクキどんが帰ったばかりなら吟味はまだぢゃなっ)
サギは錦庵の裏庭にヒラリと飛び下りると、虎也が囚われている長屋の一軒の縁側へ足音も立てずに忍び寄った。
(抜き足、差し足、忍び足――)
閉められた雨戸の隙間から障子戸に竹串でプスリと穴を空けて中をそっと覗いてみる。
虎也は足枷で繋がれたまま座敷にゴロゴロと寝転がっていた。
角盆の上には食べ終えた蕎麦のせいろが十枚重ねで置いてある。
今朝から虎也は食っちゃ寝、食っちゃ寝していたようだ。
(なんぢゃ。ええ待遇ぢゃの)
そういうサギこそ猫魔の熊蜂姐さんに上等な菓子や料理をたらふくご馳走になったのだから蕎麦くらいで大して良い待遇とは言えぬのだが。
(けど、わしゃ荒巻鮭にされたんぢゃからのっ)
サギはしつこく根に持つ性質なので、お返しに虎也をグルグル巻きにしてやらねば気が収まらぬのだ。
自分が虎也に何か不快なことをされたかといわれたら何もされた覚えはないのだが。
(うんにゃ、これは児雷也の恨みぢゃ。わしが児雷也に代わってグルグル巻きにするんぢゃっ)
坊主頭だって児雷也に代わって虎也の尻をグリグリと踏み付けただけでは飽き足らず、簀巻きにして川へ投げ込むと言っていたではないか。
あの坊主頭は本気だ。
おそらく今までにも児雷也に不心得を起こした不埒者を数十人は簀巻きにして川へ投げ込んでいるに違いない。
錦庵の縁側に面した座敷も覗いてみると、我蛇丸、ハト、シメが遅い昼ご飯を食べている。
(人の食事の邪魔をするのは犬畜生にも劣る所業ぢゃ)
サギは仕方なく縁側に座って足をブラブラさせながら、みなが食べ終えるのを待つことにした。
ほどなくして、
「なんぢゃ、サギ、来よったのかえ」
シメが座敷から縁側に出てきた。
「来なくてもいいのに来よったわ」とでもいうような邪険な口振りだ。
「当たり前ぢゃっ。虎也はわしの獲物ぢゃぞ。わしが捕らえてきたんぢゃからの。わしがっ」
サギは自分の鼻の頭を指して訴える。
「ふんっ、何を自分の手柄のように。眠りこけとる虎也を背負ってきたのは鬼武一座の坊主頭ぢゃろうが」
シメは鼻で笑って裏庭へ下りるや、
パーン!
パーン!
土俵入りの力士のように力強く手を叩いた。
吟味への気合いか。
「そ、そうぢゃ。背負ってきたのは坊主頭ぢゃが指示したのはわしぢゃぞっ。虎也はわしがグルグル巻きの荒巻鮭にしてやるんぢゃからのっ」
サギはシメの気合いにビビるが虎也を荒巻鮭にすることだけは譲れない。
「まあ、好きにせえ。それより、吟味ぢゃ」
我蛇丸がそう言いながら努めて落ち着き払った顔で座敷から縁側へ出てきた。
ハトは雉丸の子守りで錦庵の座敷に残っている。
ガラッと長屋の一軒の雨戸を開くと、
「痛ててっ」
シメが虎也の首根っこを掴んで裏庭へ引っ立ててきた。
「ほれ、そこへ座らんかっ」
乱暴に虎也を裏庭の真ん中へ放り投げる。
さすがに鬼だけあって鬼の迫力だ。
ドサッ。
虎也は裏庭に尻餅を突くように倒れた。
「痛てえっ」
尻っぺたにズキーンと痛みが走る。
「シメ、手荒な真似はよさんか。わし等はヤクザでもゴロツキでもない。忠も義も重んじる忍びぢゃけぇのう」
我蛇丸は淡々とシメを嗜めると、おもむろに裏庭の虎也のほうへ向き直って縁側に腰を下ろした。
いよいよ吟味だ。
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