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後の祭り
しおりを挟む「ニャッ」
にゃん影は錦庵の裏庭の縁側にヒタッと飛び下りた。
「おお、にゃん影、ご苦労ぢゃのう」
我蛇丸が縁側の座敷で出迎える。
ずっと今までもこうしてにゃん影に話し掛けていたが自分が猫使いだったと知ると妙な気分だ。
「にゃん影が来たぞえ。ハト、『アレ』を出しとくれ」
シメが調理場に声を掛ける。
「おう」
ハトは調理場に這いつくばると床板をパカッと持ち上げた。
じわっと湿った土のニオイがする。
床下の石積みの貯蔵庫の深さはハトの背丈の倍もある。
縄をスルスルと手繰ると深い底から縄の先に結んだ風呂敷包みが上がってきた。
以前、サギが推察したとおり、錦庵の調理場の床下の貯蔵庫には『金鳥』の玉手箱が隠されていたのだ。
いつまた将軍様の食膳に毒が盛られるやも知れぬので用心のために江戸城へは金煙の小瓶を二日置きに送っていた。
玉手箱から小瓶に分けた金煙は三日で消え失せてしまうからだ。
金煙には重みがないので鶏卵ほどの小さい小瓶一つなら猫のにゃん影でも首に掛けて持ち運べる。
我蛇丸が恭しく濃紫色の風呂敷包みをスルリと解く。
『金鳥』の玉手箱の見事な金蒔絵が現れた。
だが、
「――むん?」
我蛇丸が不審げに目を凝らした。
「おや?金蒔絵の輝きが失せたような?」
「ああ、いつもはヒュルリと怪しげな光を放つものを」
シメとハトも訝って玉手箱をまじまじと見つめる。
「――むむう」
三人で額を突き合わせ、矯めつ眇めつ、ニオイまで嗅いでみる。
これは本当に秘宝『金鳥』の玉手箱だろうか。
ぞっと背筋が寒くなった。
「えいっ、ままよっ」
我蛇丸がやけっぱちのように玉手箱の蓋を持ち上げる。
果たして、
「ああっ?金煙が噴き出ないっ」
「に、偽物っ?」
「まさかぢゃあっ」
我蛇丸、ハト、シメは驚愕のあまり石像のように固まった。
息をするのも忘れ、心の臓も止まったかと思った。
いつの間にか『金鳥』を偽物とすり替えられてしまった。
何者かに秘宝『金鳥』を盗まれてしまった。
なんたる失態。
「わし等が三人揃って猫魔との会合へ出かけた晩ぢゃろうか?」
「それより他に考えられんのう」
「ぢゃが、あの晩は雉丸の子守りを文次に頼んで、文次がここで留守番しておったんぢゃ。何者かが店に忍び込んできたら文次が気付くはずぢゃ」
そこへ、
ちょうど貸本屋の文次が桔梗屋から戻ってきた。
「うう、実は、あの晩は晩飯の後でにわかに腹具合が悪うなって、厠にだいぶ長いこと籠っておったんぢゃ」
文次は知らぬうちに『金鳥』が盗まれていたという思わぬ事態に顔面蒼白でわなないた。
錦庵の住まいの裏庭の縁側の端っこにある厠から店の調理場まではかなり離れている。
何者かが店の表口から出入りしたのなら厠で唸っていた文次は気付かないだろう。
我蛇丸、ハト、シメ、文次は車座になり、いったい誰が『金鳥』を盗み出したのか推理した。
「一番、怪しいのは間者のお縞ぢゃ。なんせ錦庵の先代、錦太郎じっさんの孫娘ぢゃからの、店の中のことは知り尽くしとる」
「それなら、桔梗屋のおクキどんも店へは出入りしとるぢゃろ」
ハトと我蛇丸はどちらが怪しいか決めかねたが、
「いや、おクキどんはわし等に攫われた時の草之介の文で『金鳥』と引き換えにと書いてあっても何のことか分からんかったんぢゃ。桔梗屋の奉公人は誰も『金鳥』のことは知らんはずぢゃ」
シメは「やはり、間者のお縞ぢゃろ」と決め付ける。
江戸へ出てきて三年もおクキとはおしゃべり仲間ですっかり気を許しているのだ。
「やっ?よくよく見れば、この玉手箱、もしや、わし等が草之介を攫った時にすり替えた偽物の玉手箱ぢゃないかえ?」
「おお、そうぢゃ。偽物といえど本物と違わぬ見事な金蒔絵。富羅鳥の熟練の名工に作らせた玉手箱ぢゃ」
「しかし、何でお縞が持っとるんぢゃ?」
「ううむ、ホントにお縞が盗んだのかのう?そもそも何でお縞が『金鳥』を盗んだりするんぢゃ?」
「そんなこと知らんわ。ぢゃが、あの女は猫魔の間者なんぢゃし」
「ぢゃが、今や猫魔の頭領は我蛇丸ぢゃぞ。熊蜂姐さんが会合でそう決めたんぢゃからの」
やいのやいのと四人で言い合うが堂々巡りするばかり。
まんまと『金鳥』を盗み出されてしまった間抜けな面々は盗人が何者か皆目見当も付かなかった。
「この失態をサギが知ったら腹の皮が捻じ切れるほど馬鹿笑いするぢゃろうの――」
文次が陰鬱にボソリと呟いた。
「うああああああっ」
シメは絶叫して畳にうっ臥した。
忍びの名折れだ。面汚しだ。生き恥だ。
「いや、切腹ぢゃっ。サギめに笑い者にされるくらいなら腹を掻っ捌いたほうがマシぢゃあっ」
シメは頭を掻きむしって懊悩する。
ああ、サギにだけは知られたくない。
サギにも誰にも知られずに何としても盗まれた『金鳥』を取り返さなくては。
「ニャッ」
にゃん影がお使いの物はまだかと急かすように一声鳴いた。
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