おじタン、ほぼムス。

流々(るる)

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第二章 凶器はどこへ

第三話 四年二組

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 理科室へ行くと照明は消えているのが扉の小窓から見えた。

「今の時間は使っていないみたいだな」

 そう言いながらおじさんが扉に手を掛けると、すっと右に動いた。
 そのまま中に入っていく。

「ちょっと、入っていいの?」
「鍵が開いてるんだし、学校公開なんだからいいんだよ」

 並んでいる実験台のひとつから椅子を引き出して座ってる。

「俺、理科の実験が大好きだったんだよね。小学校の卒業文集に『生物学者になる』って書いたくらい」

 へぇーそうだったんだ。
 虫とか花とか詳しくて色々教えてくれるし、分かる気がする。

「今でも卒業文集って、将来の夢を書いたりする?」
「うん」
「朋華はなんて書いたの」
「忘れたー」
「えー? ほんの四年前のことじゃん」

 本当は覚えてる。パティシエになりたいって書いた。
 なんとなく恥ずかしいから、今は内緒にしておく。

 理科室を出て四年生の教室へ戻る途中でチャイムが鳴った。この後は二十分休みになる。
 校庭や体育館で遊ぼうという子どもたちが教室から一斉に飛び出していく。
 あっという間に人の波が通り過ぎると、のんびりした空気になった。
 四年三組の教室には数人しか残っていなくて、知っている顔はなかった。
 隣の二組を覗くと――廊下寄りの前の方の席にリンちゃんが座っていた。

「あ、朋華ちゃん。おじぃも」

 登校班一のツンデレなリンちゃんは、いつものようにクールな反応。

「だから、おじぃは止めろって言ってるだろ。『ぃ』を付けて伸ばすなよ」

 ニヤリとしたまま無言の彼女。
 完全におじさんは遊ばれてるね。
 わたしと入れ替わりで入学した四年生たちとは直接の接点がないけれど、登校時におしゃべりしながら仲良くなった。おじさんの事務所を借りて開いたハロウィンパーティーのときには、リンちゃんだけでなくカンナちゃんやメイちゃん、ナツキちゃんも来てくれた。

「外へ遊びには行かないの?」
「今日は寒いし、疲れちゃったから」

 リンちゃんはスポーツクラブの選手コースで水泳をやっていて、練習で一日七キロ、それを週六日も続けていると最近教えてもらった。
 どこにそんな体力があるの? と思うほど小柄な彼女。
 毎年夏に行われる区の水泳大会にも学校代表として二年連続して出場し、二回ともリレーで優勝してるなんてすごすぎる。
 とてもじゃないけれど、わたしには真似できない。
 おじさんは廊下側の壁に貼ってあった子どもたちの自己紹介を読んでいる。

「お、リンちゃんの後期の目標は算数を頑張る、ってなってるね」
「算数めんどくさいんだよ」
「あー分かる―。ねぇ、めんどくさいよねー」
「カンナの話だと、リンちゃんは成績が良いらしいから。朋華の面倒くさいとはレベルが違うと――ぉごっ!」
「みなまで言うな」

 まったく! ひとこと余計なんだから。

 そんなわたしたちを笑ったあと、リンちゃんが「他のクラスにも行った?」と聞いてきた。

「まだだよ。四年生の所へ来た時にチャイムが鳴ったから」
「メイとナツは一組だから行ってみる?」

 三人で廊下に出て隣の一組を覗くと、メイちゃんたちの姿はなく数人しか残っていない。
 その中の一人、机に座って何か書いている女の子へおじさんが声を掛けた。

「ノンちゃん」
「あー、おじさん!」

 顔を上げると途端に笑顔になった。
 わたしは会ったことないから、他の登校班の子なんだろう。
 すごく嬉しそうにおじさんと話をしてる。

「何ていう子?」

 隣にいるリンちゃんへ聞いてみた。

「のぞみちゃん。ナツと仲いいよ。リンは同じクラスになったことないから」

 なるほど、それで微妙な距離感なのね。
 おじさんは、のぞみちゃんとハイタッチをして戻ってきた。

「カンナは三組だよね。もう一度行ってみるか」
「あの子とも仲いいのね」
「ノンちゃんのお母さんと昔からの知り合いなんだよ。あの子が二歳ごろから知ってるんだ」
「ふーん」

 ずっとこの街で暮らしてきたおじさんは、当たり前といえば当たり前だけど意外と顔が広い。だから信頼されて、登校班の見守りも任されたんだろうけど。
 おじさんのこと、まだまだ知らないことも多いな。

「まだ帰って来てないね」

 リンちゃんが三組の教室を覗いて言った。

「チャイムが鳴るギリギリまで遊んでるんだろ。帰ってくるまで待ってるよ」
「休み時間の教室は静かだね」
 そう言ったわたしの声へ被さるように――。

「きゃー!」

 どこからか、女の子の叫び声が聞こえてきた。
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