おじタン、ほぼムス。

流々(るる)

文字の大きさ
上 下
24 / 24
第四章 預金通帳はかく語りき

第四話 大いなる勘違い

しおりを挟む
「もう、もったいぶらずにさっさと教えてよ!」

 わざと明るく声を張ってみた。
 おじさんの様子だと――嫌な予感がする。

「あくまでも俺の推理だから」
「僕のことなら、大丈夫です。最悪なことを考えていたくらいなので」

 そういって穏やかに答える小林くんが、なんだか急に大きく見えた。
 おじさんはうなずいて話し出す。

「お母さん、新型ウイルスにかかっているんじゃないかな」
「えっ!」「うそぉ……」
「少なくとも検査済で、結果を待っている状況なのかもしれないけれど。それと……お父さんも感染していると思う」
「どういうことですか?」

 小林くんが身を乗り出してしまうのも分かる。
 わたしも同じ気持ちだよ。

「一番のポイントはお母さん自身が『自分は突然、家にいられなくなってしまうかもしれない』と予測していることだよね。それが通帳を渡すという行動になったり、小林くんに『死のうとしているのかも』と思わせた」

 確かにそうだ。
 ウイルスに感染して家にいることが出来なくなるのが分かっていたから、あんなこともし私がいなくてもを言ったんだ。

「新型ウイルスの感染者が隔離されることは二人も知っているでしょ? 感染を予測することは出来ないけれど、自分が感染者の濃厚接触者だとわかっていたなら話は別」
「北海道は感染者が増加して独自の緊急事態宣言を出してた……」

 小林くんがつぶやいたそのニュースはわたしも知ってる。
 解除されたあとも、また増えた時期があったっけ。

「お父さんが帰ってきたのが二週間くらい前ということは、ちょうど潜伏期間と同じくらいだ。札幌へ戻ってからお父さんの感染が分かったんだろう。それでお母さんも検査を受け、もしも感染していた時のために通帳を預けておいたのだと思う。隔離されると家族でも接触できないって聞くし」
「どうして父さんのことを教えてくれなかったんだろう」
「きっと無症状なんじゃないかな。きみに余計な心配を掛けたくなかったんだろう」

 塾に行っていたからお父さんとはあまり会ってない小林くんは、濃厚接触者と判断されなかったんだ。

「お母さんがぼぉっとしていたのも、だったんじゃないの? 結果が分かるまでは出来るだけ会話もしないようにしようとか」
「それなら、ちゃんと話をしてくれればいいのに」

 小林くんは怒ったように息を吐く。

「いや、これはあくまでも俺の推理だから。きみが心配していることを伝えて、お母さんから本当のことを聞くのが一番だよ。どんな理由であろうと、それなら納得も出来るし安心もするだろ?」

 少し間をおいてから、座りなおした彼が答えた。

「そうですね。帰ったら母と話をしてみます」



「加納さん、ちょっといいかな」

 待ってましたっ!
 どうなったか朝から気になってたんだけど、教室だとなかなか話す機会がなくて。
 部活が始まる前に小林くんの方から声をかけてくれてよかったよ。



「ほんとぉーっ⁉ うわー超びっくり。でもよかったね。それと、おめでとう」
「ありがとう。それでさ――」



 小林くんとの話が終わり、スケッチの準備をしていると右後方からすすーっとすり寄ってくる小さな影が。

「なんかいい感じじゃないのぉ」

 楓、まるで忍者みたいだよ。

「別に何でもないよ。このまえ相談された話の続きだよ」
「でも土曜日がなんとか、って聞こえた気がするけれど……デート?」
「違うって。紹介した探偵さんのところへ報告に行くだけ」
「ま、そういうことにしておきましょ」 

 上目づかいの楓から溢れでるニヤニヤ感。
 ホント、そんなんじゃないからね!



 小林くんとは改札で待ち合わせた。
 二人で報告に行くことをおじさんにもショートメールで伝えてある。
 五分くらい遅れて行くと、青い薄手のパーカーにデニムといった少しラフな服装の小林くんが立っていた。
(制服姿のまじめな感じと全然違うじゃない!)

「ごめんね、遅くなって」
「いや……やっぱり私服だと感じが違うね」

 制服のスカートは膝上だけど、着てきたのは長めの小花柄ワンピース。
 ヒールのある靴だから、並んだ背の高さもちょうど同じくらいだ。
 お互い微妙にぎこちない。
 ちょっと遠回りでも今日は表通りから行こう。

「ただいまー」
「おかえり。いらっしゃい」

 小林くんと並んでソファに座る。
 答えを知っているから、つい勝ち誇った気分で背もたれへ寄りかかった。

「で、どうだった?」

 おじさんには何も伝えていない。
 どうぞ、と手のひらを上に向けて彼の話を促した。

「帰ってからすぐに母と話をしたら、新型ウイルスではありませんでした」
「そう、それはよかった。でも、それじゃ何が理由だったの?」

 本当にほっとした表情を見せたおじさんだったけれど、すぐに好奇心が湧きあがってきたみたい。

「母は……妊娠していたんです」

 小林くんは照れくさそうに下を向いた。
 一瞬きょとんとしたおじさんが「そういうことかぁ」とゆっくり大きな声を出した。

「母も照れがあったのか、なかなか僕に話すきっかけがなかったようです。でも高齢出産になるので、緊急入院する場合もあるとお医者さんから言われていたみたいで……」
「それで通帳を、という訳か。考えごとも赤ちゃんやきみのこと……いやぁまいった。とんだ勘違いをして、心配させてすまなかったね」
「ホントよぉ。わたしも心配で一日やきもきしていたんだからね」
「いえ、水城さんのおかげで母と話す勇気も持てたし、相談に乗っていただいてありがとうございました」

 小林くんが頭を下げる。やっぱり真面目できっちりした性格だね。

「ということで、推理を外したおじさんがそのお詫びとして、わたし達にランチをご馳走してくれる、ってのはどう?」
「それでこの時間にしたんだな?」

 わたしたち二人の視線がぶつかる。
 先に外したのはおじさんだ。

「まぁ朋華の言うとおり、推理も外したし、小林君には心配かけちゃったからごちそうするよ」
「やったー」「すいません」
「なにがいい?」
「オムライス!」
「なんで朋華が決めるんだよ。ここは彼が選ぶんじゃないの?」

 などと言いながら事務所を出た。
 お店を探しに駅の方へ向かう途中、おじさんがボソッとささやく。

「それにしてもさ、二人はイイ感じじゃ――ぁがっ!」
「余計なことは言うな」

 おじさんの左脇腹へ右こぶしをめり込ませながら、低い声で脅しておいた。



―預金通帳はかく語りき  終わり―
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...