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第四謎:赤鬼の唄 IQ100(全四話)
お姫様はどこに
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「こんなところに人が住んでいるなんて、僕は信じません」
「だけど鈴木くん。教えてもらった住所に間違いはないし、ナビもここを指してるよ」
ハンドルを握る先輩の愛車・ボルボV40のナビ画面からも「目的地に到着しました」という音声を確かに聞いた。
「でもどう見たって公園ですよ、ここは」
「ほんと、そのようですわね」
なぜか助手席に座る豪徳寺 美咲さんもあたりの様子をうかがう。
座るべき場所をとられてしまった助手の僕は後部座席のウインドウを下ろして、デニムブルーメタリックの車体から顔を出した。
初夏のあでやかな陽射しが降り注ぐ絶好の散歩日和ということもあって、青々と伸びた芝生では小さな女の子を連れたお母さんがシートを広げている。歩き始めたばかりなのか、お尻をもこもこさせながら両手でバランスをとる姿が愛らしい。
少し離れたベンチではお爺さんが日向ぼっこをしている。その視線の先を追うと、近くの保育園から来たのだろうか、小さな子供たちが引率の先生たちと駆け回って遊んでいた。
遊具こそないものの、この広さといい、目に映る光景からも公園としか思えない。
「とにかく降りてみようよ。肝心のお姫様に会わなきゃ話が始まらないし」
「今回のご依頼については鈴木さまが対応されるとお聞きしています。頑張ってくださいね」
めずらしく美咲さんが好意的なのは、この後で邪魔者の僕がいなくなることを喜んでいるのかもしれない。自称、先輩のフィアンセという彼女は、僕を恋敵のように見ているから。そんな趣味はないんだけどなぁ。
そもそも、どうして彼女が一緒についてきたのかも分からないし。
とりあえず車を近くのコインパーキングに停め、公園らしき敷地の中にあるという依頼主の家を探しに僕たち三人は奥へと進んでいった。
「今回もおじい様のご紹介ですか?」
全国的な展開をしている総合商社、エムケー商事の創業者であり現会長が、先輩のおじい様だ。ミステリー好きなおじい様の影響を受けて、先輩は生まれ育ったこの百済菜市に探偵事務所を開いた。出身大学も同じ、百済菜っ子の僕も縁あってこの「武者小路 名探偵事務所」に勤めている。
今回の仕事は、百済菜市の中心部から北西に約六十キロメートル離れた、ここ斜礼町のとある方からの依頼だった。
「そうだよ。何でも、依頼主は生まれつきのお姫様だから失礼がないように、だってさ」
「いいんですかね、僕で。こんなラフな格好してきちゃったし」
遊歩道を歩きながら、グレーの長袖Tシャツにデニムのパンツという服装の自分に目をやる。
「大丈夫。動きやすい服装じゃないとできない仕事だから」
「それはそうですけど。あ、ひょっとしてあれ……ですかね」
「まぁご立派な門ですこと」
木立が開けるとどうやら目指す場所が見えてきた。彼女が言うとおり、時代劇のロケでも出来そうなほどだ。近づいてみると、その迫力に圧倒される。
「どうやら、ここのようだね」
「まるでお寺かお城じゃないですか。いったいどんな人が住んでいるんだろう」
古風な門に不釣り合いなカメラレンズのついたインターホンを押すと、すぐに応答があった。
「武者小路と申します。直江様と十時のお約束でお伺いいたしました」
「どうぞお入りください」
女性の声とともに大きな木製の扉が音を立てて開いていく。
「凄いな、これが自動だなんて」
呆気に取られている僕を促しながら先輩が先に入っていった。
外観からの予想通り、中も見事に整えられている。
広い前庭を切り分けながら伸びる石畳を、奥に見えるお屋敷へと向かって進んでいく。その右には三メートルはあろうかという仁王像が年代を感じさせる祠の中に納まっていた。
左手には小さな石橋が架かった池があり、赤や白、黄金色といった鯉たちの泳ぐ姿も見える。
「こんなのテレビでしか見たことがないですよ」
「その陰からお供を連れたお殿様でも出てきそうですわ」
「おじい様がお姫様と言ったのも決してオーバーではないようだね」
門を入って数分歩き、やっとお屋敷にたどり着いた。
知識のない僕にもここが由緒ある建物だというのが分かる。けっして華美ではないけれど伝統的な美しさがあり、手入れも行き届いていた。
「武者小路様ですね、こちらへどうぞ。直江がお待ちしております」
お屋敷の前で出迎えてくれたお手伝いさんらしき女性にもどことなく品がある。
「大奥に出てきそうな和装の女中さんを想像していました」
小声で先輩に言うと、黙って肘で小突かれた。
板張りの廊下を進んで通された先には、一枚板のテーブルを前にして座っている老婦人がいた。背筋をすっと伸ばし、穏やかなまなざしには気品を漂わせている。
僕たちに気づくとゆっくり立ち上がった。
「本日は遠い所よくおいでくださいました。直江で御座います」
「はじめまして、武者小路です。こちらは助手の鈴木と事務所を手伝ってくれている豪徳寺さんです」
「あら、ではあなたが……。善之助さんからはお話をお聞きしていますよ、とてもいいお嬢さんで耕助にはもったいないと」
初対面の老婦人から思いがけない言葉を掛けてもらい、美咲さんはほんのりと顔を赤らめながら挨拶をした。
今回は主役のはずの僕も頭を下げて、勧められた木製の椅子へ腰を下ろす。柔らかなクッションがある訳でもないのに包み込まれるような座り心地だ。
「急なお願いで無理言ってごめんなさいね。たまたまお電話で善之助さんとお話をしていたら適任を紹介すると言われて」
「いえ、お気遣いいただかなくとも結構です。困っている方を助けるのが私たちの仕事ですから」
「そう言って頂けると気が楽だわ」
そんな話をしている間に、先ほど案内してくれた女性が彼を連れてきた。先輩は気付いていないみたいだけれど。
「今回のご依頼は鈴木が担当し――ひゃあっ!」
いきなり視界に現れた彼を見て先輩が変な声をあげた。
「だけど鈴木くん。教えてもらった住所に間違いはないし、ナビもここを指してるよ」
ハンドルを握る先輩の愛車・ボルボV40のナビ画面からも「目的地に到着しました」という音声を確かに聞いた。
「でもどう見たって公園ですよ、ここは」
「ほんと、そのようですわね」
なぜか助手席に座る豪徳寺 美咲さんもあたりの様子をうかがう。
座るべき場所をとられてしまった助手の僕は後部座席のウインドウを下ろして、デニムブルーメタリックの車体から顔を出した。
初夏のあでやかな陽射しが降り注ぐ絶好の散歩日和ということもあって、青々と伸びた芝生では小さな女の子を連れたお母さんがシートを広げている。歩き始めたばかりなのか、お尻をもこもこさせながら両手でバランスをとる姿が愛らしい。
少し離れたベンチではお爺さんが日向ぼっこをしている。その視線の先を追うと、近くの保育園から来たのだろうか、小さな子供たちが引率の先生たちと駆け回って遊んでいた。
遊具こそないものの、この広さといい、目に映る光景からも公園としか思えない。
「とにかく降りてみようよ。肝心のお姫様に会わなきゃ話が始まらないし」
「今回のご依頼については鈴木さまが対応されるとお聞きしています。頑張ってくださいね」
めずらしく美咲さんが好意的なのは、この後で邪魔者の僕がいなくなることを喜んでいるのかもしれない。自称、先輩のフィアンセという彼女は、僕を恋敵のように見ているから。そんな趣味はないんだけどなぁ。
そもそも、どうして彼女が一緒についてきたのかも分からないし。
とりあえず車を近くのコインパーキングに停め、公園らしき敷地の中にあるという依頼主の家を探しに僕たち三人は奥へと進んでいった。
「今回もおじい様のご紹介ですか?」
全国的な展開をしている総合商社、エムケー商事の創業者であり現会長が、先輩のおじい様だ。ミステリー好きなおじい様の影響を受けて、先輩は生まれ育ったこの百済菜市に探偵事務所を開いた。出身大学も同じ、百済菜っ子の僕も縁あってこの「武者小路 名探偵事務所」に勤めている。
今回の仕事は、百済菜市の中心部から北西に約六十キロメートル離れた、ここ斜礼町のとある方からの依頼だった。
「そうだよ。何でも、依頼主は生まれつきのお姫様だから失礼がないように、だってさ」
「いいんですかね、僕で。こんなラフな格好してきちゃったし」
遊歩道を歩きながら、グレーの長袖Tシャツにデニムのパンツという服装の自分に目をやる。
「大丈夫。動きやすい服装じゃないとできない仕事だから」
「それはそうですけど。あ、ひょっとしてあれ……ですかね」
「まぁご立派な門ですこと」
木立が開けるとどうやら目指す場所が見えてきた。彼女が言うとおり、時代劇のロケでも出来そうなほどだ。近づいてみると、その迫力に圧倒される。
「どうやら、ここのようだね」
「まるでお寺かお城じゃないですか。いったいどんな人が住んでいるんだろう」
古風な門に不釣り合いなカメラレンズのついたインターホンを押すと、すぐに応答があった。
「武者小路と申します。直江様と十時のお約束でお伺いいたしました」
「どうぞお入りください」
女性の声とともに大きな木製の扉が音を立てて開いていく。
「凄いな、これが自動だなんて」
呆気に取られている僕を促しながら先輩が先に入っていった。
外観からの予想通り、中も見事に整えられている。
広い前庭を切り分けながら伸びる石畳を、奥に見えるお屋敷へと向かって進んでいく。その右には三メートルはあろうかという仁王像が年代を感じさせる祠の中に納まっていた。
左手には小さな石橋が架かった池があり、赤や白、黄金色といった鯉たちの泳ぐ姿も見える。
「こんなのテレビでしか見たことがないですよ」
「その陰からお供を連れたお殿様でも出てきそうですわ」
「おじい様がお姫様と言ったのも決してオーバーではないようだね」
門を入って数分歩き、やっとお屋敷にたどり着いた。
知識のない僕にもここが由緒ある建物だというのが分かる。けっして華美ではないけれど伝統的な美しさがあり、手入れも行き届いていた。
「武者小路様ですね、こちらへどうぞ。直江がお待ちしております」
お屋敷の前で出迎えてくれたお手伝いさんらしき女性にもどことなく品がある。
「大奥に出てきそうな和装の女中さんを想像していました」
小声で先輩に言うと、黙って肘で小突かれた。
板張りの廊下を進んで通された先には、一枚板のテーブルを前にして座っている老婦人がいた。背筋をすっと伸ばし、穏やかなまなざしには気品を漂わせている。
僕たちに気づくとゆっくり立ち上がった。
「本日は遠い所よくおいでくださいました。直江で御座います」
「はじめまして、武者小路です。こちらは助手の鈴木と事務所を手伝ってくれている豪徳寺さんです」
「あら、ではあなたが……。善之助さんからはお話をお聞きしていますよ、とてもいいお嬢さんで耕助にはもったいないと」
初対面の老婦人から思いがけない言葉を掛けてもらい、美咲さんはほんのりと顔を赤らめながら挨拶をした。
今回は主役のはずの僕も頭を下げて、勧められた木製の椅子へ腰を下ろす。柔らかなクッションがある訳でもないのに包み込まれるような座り心地だ。
「急なお願いで無理言ってごめんなさいね。たまたまお電話で善之助さんとお話をしていたら適任を紹介すると言われて」
「いえ、お気遣いいただかなくとも結構です。困っている方を助けるのが私たちの仕事ですから」
「そう言って頂けると気が楽だわ」
そんな話をしている間に、先ほど案内してくれた女性が彼を連れてきた。先輩は気付いていないみたいだけれど。
「今回のご依頼は鈴木が担当し――ひゃあっ!」
いきなり視界に現れた彼を見て先輩が変な声をあげた。
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